《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》世間話は苦手なタイプ二人

「にしてもお似合いの新婚さんね! 結婚式もうあげたの? これから?」

ニコニコと質問を投げてくるおばさんにしのけぞった。新婚だなんて適當な設定、どう答えるべきかよく分からない。あまり世間話は得意な方ではないのだ。

「あは、は、これから……? ですかねぇ……?」

「まー! いいわねあなた綺麗だし素敵な花嫁さんね! いやでも旦那さんも期待しちゃうわねー! こんな綺麗な顔した男の人いるんだね! そこいらの俳優みたいねぇ」

「は、はは」

「子供はどうするの? この辺は靜かで子育ていいわよ! 最近遊ぶ場所も減ってきてるじゃない? 近くに公園あるし騒音で騒ぐような人も見ないしねぇ!」

「は、ははは」

おばさんのマシンガントークって凄い。隣の九條さんはまるで聞いてない。想笑いを浮かべる事もなく一點を見つめて考え事だ、集中力が高いと褒めるべきだろうか。

世間話の終わりを見出せず困っている私に、おばさんはあっと腕時計を眺めて申し訳なさそうに言った。

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「しまったわ私お稽古の時間だった。ごめんなさいね、もし引っ越されたら仲良くしてね」

「あ! いえこちらこそ、ありがとうございました!」

今日一番しっかりした聲で私は返事をすると、おばさんは急足で階段へと向かっていった。

ふうと安心して隣を見ると、九條さんが言う。

「やはりこの部屋のみの怪奇でしょうね。分かってはいましたが」

「それより世間話のヘルプもしてくださいよ、私ああいうの苦手なんです」

「私が得意だと思いますか」

「思いません」

「こういうのは伊藤さんの仕事です」

伊藤さんの仕事多すぎないか? 今更ながら彼が哀れになってきた。仕方ない、私も頑張ろう。伊藤さんほどにはなれなくても世間話を盛り上げるくらいには。報収集も大事だもんね。

ゆらりと足を踏み出した九條さんに続き、私も歩き出す。

「撮影しながらここに泊まるんですか?」

「今回の場合、様子を見て一旦帰宅するかと」

「え!」

「電気が通っていてもエアコンの設置はありませんし、この真冬にあの部屋で一晩過ごすのは厳しいですから」

「なんだ、じゃあ荷いらなかったんじゃないですか……」

「まだ分かりませんよ、その時々で判斷します」

二人で階段を降りて車へ向かう。九條さんがトランクを開けると、そこにはギッシリ見たことない機材が積まれていた。

真っ黒なカメラにモニター、何本もあるコード。実は家庭用カメラぐらいを想定していた私は驚く。でもうそうか、高能のカメラって言ってたか……。

「す、凄いですねこれ。プロ用ですか?」

「まあそんなところです。重いものが多いので、黒島さんはコードやあなたの荷を運び出してくれますか」

「あ、は、はい」

九條さんは両手でモニターを抱え、トランクからそれを引き出す。細ではあるが、意外とすんなり持ち上げた。

そのままUターンして再びアパートの外階段へと向かっていく。私はとりあえず、束になった大量のコードを取り出した。コードだけだが意外と重みもあるし両手いっぱいになる。

それだけを持ち一旦トランクの扉を閉めると、九條さんの後を追おうとしたが、ふと足を止めて例の部屋を見上げた。

今いる場所からやや離れている。真っ白な壁に新しいドア。それでも節々に古さをじさせる柱がややアンバランスだ。

2階に並んだ扉の一番奧、もうずっと誰も住んでいない部屋。

その扉の前に、

の人が立っていた。

「………あ」

セミロングの黒髪の後ろ姿が見える。上半のみだ、下半は手すりで隠れている。

離れているのに、その黒髪がやけにしい、とじた。

は微だにせずただあの部屋の前に立っていた。風が吹いても髪一本なびくことはない。

が人間でない事は、一目見てわかっていた。

は服を著ていなかった

この寒空の下、白い背中がどこか周りの景から浮いている覚だ。肩甲骨や背骨までクッキリと見える。それなのに寒そう、だともじない。彼はこの世の人ではない。

が見えないために今どんな気持ちでいるのか分からないが、不思議なことにあまり恐怖じなかった。

むしろその白い背中と黒髪からは、どこかしら悲壯が……ヒシヒシと伝わってくる。

私は慌てて足をかして階段を登った。九條さんはとうに2階についているらしく、彼の背中は見えない。

急いで登り切ったところに、九條さんの黒髪が見えた。

「九條さん!」

重そうなモニターを持っているためか、九條さんはほんのしだけ顔をこちらに振り向かせた。

「見えましたか、今!」

「……はい?」

「……あ、あれ」

彼の奧に見える部屋の前には、すでに誰もいなかった。ひっそりとした廊下は先程見た景と何も変わりはない。

明るく不穏な様子も何もない、ただのアパートの廊下だ。

「……いない」

「何かいましたか」

「そ、そうなんです、下から見た時に…」

「黒島さん」

「へ?」

「そろそろ私は腕が千切れるので、これを置いてから伺います」

腕が千切れるだなんて怖い事を言ってるのにまるで無表の九條さん。そういえば重そうなモニターを持っていたのだった。私はすみません、と慌てて謝り、彼を追い越して例の部屋の前に進んだ。

ドアは特に異常はない。それを確認したあと、扉を開けて九條さんを待つ。

ひんやりしたドアノブに、どこか安心した。これでこのドアノブから人なんかをじてしまえば、さすがにきみが悪い。

九條さんはモニターを抱えながら玄関にり、靴を適當にぎ散らかしてリビングの方へ向かった。一旦私はドアを閉め、九條さんへ続く。

リビングの端にモニターをそっと置いた九條さんはふうと息を吐き、肩を回しながら私に言う。

「コードください」

「あ、はい」

私からコードの束をけ取ると、何やらモニターと繋げながら尋ねた。

「で、何がいましたか。私は何も見えませんでした、タイミングなのか相なのか」

「ええと……の人が部屋の前に立ってました」

「どのような」

「後ろ姿なので顔は見えませんでした。邪悪なオーラはなく、若めの人に見えました。

あと、服を著ていませんでした」

九條さんの手がピタリと止まる。そのまま考え込むように、彼はほんのし首を傾げる。

「……服を?」

「はい、それは確かです」

「……そうですか」

「私、洋服著てない霊なんて初めて見たんですけど……」

九條さんは再び手をかし始めた。慣れた手つきで繋げていく。

「まあ私は姿は見えないので格好も気になったことはありませんが……霊がにまとう類などは主に、生前よく著ていたもの、死ぬ間際に著ていたもの、著たいと強く願っていたもの、などがよくあるパターンですね」

「それで考えれば……普通でいけば、死ぬ間際がだった可能が高いですかね……?」

「あとは生前族だったんですかね」

「え、そんな理由?」

「ですが噂による病死したであったなら、もしかすると風呂で亡くなった可能も。風呂はヒートショックと呼ばれる現象で日本は風呂での死亡率が大変高い」

「あ、溫度の急激な変化で起こるやつですか?」

「それです。主に高齢者が多いですが、若い方もありえますから」

以前も思ったけれど、九條さんってんな事を知ってるよなぁ。私は心する。普段ぼーっとしてるのに、頭の回転は速い気がする。

九條さんはコードの設置が終わったのか、その場から立ち上がった。

「というわけで、風呂にもカメラを設置することにしましょう。まだまだ運びますよ」

「あ、はい!」

「とりあえずリビングと風呂の撮影でいきましょう。黒島さんがみたのなら何かいる事は間違いない」

私と九條さんは再び車へと向かった。

それから何度か往復し、カメラの設置を終えた私達は、一旦その部屋から退くことになった。

とりあえずまずは機に任せ、伊藤さんと合流して彼が得た報を教えてもらおうという話になったのだ。

私は事務所から持ち出した荷は部屋に運びれ、再び九條さんと車に乗り込みアパートをあとにした。

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