《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》エサ
『……てことでじゃあ、ちょっと録音しますね』
『あ、はい……』
『あ、張しないでくださいね、話せる範囲で構いませんし。言いたくないことは言わなくていいです。でもこういう経験って周りの人に聞いてもらいたい時もあるでしょう?』
『そうですね、周りに言っても信じてもらえないかと思います……』
『僕は全部信じますよ。こういう仕事してますから。あ、そちらから見たら怪しい男でしょうけどねー』
『(笑い聲)』
『変な壺とかお札売りませんから!』
『はは、分かりました』
『今回は10日で退去されたとか』
『って初日から、おかしかったんです』
『と、いいますと?』
『僕ご覧の通りかなり短髪なんですけど、引っ越し前にしっかり掃除したはずなのに、あちこちに僕より明らかに長い髪があちこちに落ちてて』
『の髪、でしょうか?』
『そう思います。まあそこまで気にしてませんでしたけど、越して翌日、一人で晩酌してたら、の泣き聲が聞こえてきたんです。
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外とか隣の部屋かなぁと思ってたけどどうも違う。同じ部屋から聞こえてくるんです。
流石にきみが悪くなったけど勇気を出して部屋中漁り原因を探ったけれど見つからず、いつの間にか泣き聲は消えていました』
『なるほど……不気味ですね……』
『その他にも置いたが移していたりテレビが勝手についたり、まあありがちな恐怖験を盡く験しまして』
『それは大変でしたね……』
『ただ、自分はそういう非科學的な事を信じないタイプだったんです、今まで経験もしたことなかったし……だから自分の頭がおかしいのかなって。仕事休んで神科でも行こうと思ってたんですけど』
『けど?』
『………ある夜、寢てたら……突然目が覚めたんです』
『……はい』
『目の前に、真っ黒な人影が自分の上に座ってました。幻覚かなとも思ったんですけど、どう考えても幻覚なんかじゃない。その黒い塊は自分に顔を寄せて、の聲で一言言ったんです』
『……なんて?』
『 "違う" って』
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「……んで耐えられず10日で退去。無論引っ越してからは変な事は何も起こっていない、というわけです」
伊藤さんがレコーダーを止める。
私は無言で九條さんを振り返る。彼はじっと手に持った棒を眺めながら何やら考えていた。
「違う、ですか……」
「そっちは何かみえたんです?」
「とりあえずカメラの設置だけしてきました。黒島さんがの姿を一瞬見たくらいです」
「わお、やっぱりですか」
「あのアパートで死んだの報はありますか」
伊藤さんは頭をぽりぽりとかきながら眉を下げた。
「それなんですけどねー、昨日も言いましたけど事件が低いは記事にもならないし、しかもかなり昔の事みたいだしで、ネットとかでは無理そうですね。だからあのアパートにリフォーム前住んでいた人たちに話を伺いたくて、井戸田さんに連絡先が分からないか確認してもらってます」
「なるほど。それでいきましょう。黒島さんが見たというのがだったらしいので、風呂場で死亡した線もあると見ています」
「ほうほう。わかりました!」
ポンポンとわされる會話にただ目を丸くして聞いているだけの私は、ほうっと心してしまう。
凄い、私はさっきの証言を聞いているので一杯なのに、2人ともしっかり狀況を考えて真実に迫ろうとしている。私はなかなかあんな風に頭が回転できない。
羨の眼差しで2人を見比べた。
「凄いですね……お二人とも……そんな冷靜に対処していけるなんて。尊敬します」
伊藤さんは面食らったように目を一瞬丸くさせ、すぐに照れたように笑った。
「やだなー、どう頑張ったって僕は視る事は出來ないんだから! 黒島さんには敵わないよー」
「わ、私のは生まれつき持ってたで自分の能力とかではないですし……」
「生まれ持った才能ってやつだね! 持ってるだけでもそれは自分の長所なんだから」
長所、だなんて。つい口元が緩んだ。
こんな力、今まで邪魔としか思ったこと無かったのに。そんなふうに言われる日が來るなんて思ってなかった。
「……ありがとうございます」
「さ、僕は報収集進めますね。九條さんたちはどうするんです? エアコンもない部屋で一晩は過酷ですしねー。ストーブでも持ち込みます?」
私と伊藤さんは九條さんを見る。相変わらず彼はポッキーを眺めていた。その制からまるで変わらず幾分か過ごした後、ようやく一口頬張る。
「最後の男はともかく、他の人たちは怪奇な現象が出るまでし時間がかかってますね」
「え? ああそうですね……なぜなんでしょうか?」
大1週間くらいして何か起こり出した、と証言にあった。
私が首を傾げて尋ねるが、九條さんは何の問題もなしとばかりに答えた。
「相でしょうね。霊から見てちょっかいかけやすかったんでしょう」
「やだな、そんな相……」
「問題なのは調査にも時間がかかる可能があると言うことです。設置したカメラに何か映っていればいいですけれど、あそこに住むわけにもいきませんし、霊の正が中々摑めません」
九條さんのポッキーを噛む音が響く。それと同時に、私の背後から伊藤さんの力ない聲が聞こえた。
「ええ〜……もしかして、現場ですか〜……?」
振り返ると項垂れている伊藤さんがいる。九條さんが答えた。
「まだ決まりじゃないですけど、その可能があることは覚えておいてください」
「あーあー」
珍しく眉をひそめて嫌そうな顔をしている伊藤さん。いつもニコニコしているのに、こんな表は初めてかもしれない。
「あの? 現場って?」
その質問に答えたのは伊藤さんではなく九條さんだった。表ひとつ変えず、彼は言う。
「伊藤さんに現場に來てもらいます」
「え、でも伊藤さんってみえないんですよね?」
「以前、『伊藤さんはエサだ』と説明した事があると思いますが。
彼自は何も見えませんが、非常に霊に寄られやすく懐かれやすいんです」
「……え!」
私は目を丸くして伊藤さんを見る。彼は心底嫌そうに口を尖らせていた。元々く見える伊藤さんがそんな表をしているせいで、し可い、なんて思ってしまったのは言わないでおこう。
それより確かに、出會ってすぐの頃伊藤さんをエサ呼ばわりしていたことがある。深くはつっこまなかったが、あれはそういう意味だったのか。
霊をき出すエサ!?
伊藤さんは目を座らせて小さな聲で言う。
「そりゃ僕視えないんだけどさーこう、調に出るって言うか? なんか引き寄せやすいらしいんだよね……あんまり行きたくないんだけど」
「調に出るんですか,それは嫌ですね……」
「普段は、ちゃんとしたお寺で特別に作ってもらった守り持ってるから大丈夫なんだ。現場の時は勿論それを置いていくんだけど」
「か、張ってる……」
「まあ、視えないからちょっと調悪いな〜ぐらいなんだけどさ。視えなくてよかった」
霊を引き寄せるエサとして働かされるのを不憫にも思ったが、それより納得してしまっている自分がいた。
伊藤さんは本當に無害そうなオーラが凄い。それを霊も分かってるんだ。懐かれやすいっていうの、納得しちゃうな。
九條さんは腕を組んで考えながら言った。
「とりあえず、一旦またあの部屋に戻りましょう。霊が姿を現してくれれば伊藤さんの現場りは無くてもいいですし。証言も黒島さんの目撃もとの事なので、の霊がいることは間違いなさそうですが。あとは昔どのようにして亡くなったかの報ですね。伊藤さん頑張ってください」
「はーい……結構前の事みたいですからねぇ、遡るの大変だろうな〜……」
「では早速、黒島さんもう一度アパートに戻りますよ。」
「あ、はい!」
「では伊藤さんも報収集よろしくお願いします」
九條さんが言うと、伊藤さんはヒラヒラと手を振った。そして私と目が合うと、頑張ってね、とばかりに微笑みかけてくれた。
なんか本當、癒やし系だなぁ。
私も會釈で返すと、すでに事務所から出て行ってしまった九條さんの後を慌てて追う。
廊下に出れば、九條さんがエレベーター前まで移しているのが見えた。私は足早に彼の隣に移する。
九條さんは何か考えるようにぼんやりしていた。
「違う、……って何ですかね」
ポツンと言う。先ほどの伊藤さんの話にあったエピソードの事か。
私は腕を組んで首を傾げた。
「その男を見ていったんですよね?」
「誰かを探していたのか……」
「あ! 例えばほら、実は死んだ原因は他殺でその犯人を探してる、っていうよくあるパターンでは……!」
私は閃いたとばかりに笑顔で言ってみるが、九條さんはあっさり卻下した。
「事故死、ならその可能はありますが。病死となればちゃんと司法解剖された結果でしょう。他殺は難しいのでは」
「それもそうか……」
私もあっさり納得した。病死となれば、他殺である可能はさすがに低い。
「まあ、その病死したという報自が誤っている可能もありますけどね」
「井戸田さんがおばあさんから聞いた報ですしね」
「もし自殺や事故死なら、黒島さんの言っていた説はありえます。しかしその割には……みた時、あまり邪悪なじはなかったと言ってましたね?」
言われてあっと思い出す。そうだ、確かに後ろ姿しか見えていなかったけれど悪いじは伝わって來なかった。どこか悲しいじの後ろ姿だった。
「ええ、そうでした!」
「私の経験上、怨みを強く持って亡くなった方は時間が経つにつれて邪悪化することが多いです」
「同です。病院で見たすずさんは、あとしでヤバいものになりそうでしたよ」
「他人に殺されたなど最も強い恨みのはず。これだけ長い間犯人が捕まっていないとなれば、悪霊化してる可能は極めて高いかと」
「そんなじはありませんでした……やっぱり殺人の線は低そうですね。じゃあ、何が違ったんだろう」
首を捻って考えるも、私の頭では何も思い浮かばない。
九條さんはどこかをぼんやり眺めて呟いた。
「探してる事は間違いなさそうですけどね……それが何なのか、誰なのか……」
彼の言葉を聞きながら、私はふと全く違うことが頭に浮かんだ。そしてチラリと、九條さんの目の前にあるを見た。
「……九條さん」
「來ませんねエレベーター」
「ボタン押してないからですよ!!」
彼のすぐ前にあるボタンは點燈していない。私達は呼び出してもないエレベーターを待ち続けていたのだ。稽にもほどがある。
呆れて私が手をばしてボタンを押した。九條さんはようやく気がついたようで目を丸くする。
「全然気づきませんでした」
「九條さんって集中力高いですよね」
「褒めてもらってありがとうございます」
「褒め……てるかな、うん、そうですね」
もはや突っ込む気力もない私は適當に流すと、ようやくたどり著いたエレベーターに乗り込むことに功したのだった。
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