《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》召喚

再び九條さんと例のアパートに戻ってきた私達は、すぐに2階の部屋へと向かった。

相変わらず靜かで何の変哲もないアパートだ。

「映ってますかね」

私が尋ねると、九條さんは歩きながら小さく首を傾げた。

「あまり時間も経ってませんしね……可能は低いかもしれません。映ってなければとりあえずしばらく滯在して様子見、時間がかかりそうなら伊藤さん召喚です」

「そんなに凄いんですか? 伊藤さんの引き寄せる力」

「何度か現場に來てもらいましたがとてつもないですよ。あの質があって以前も私の事務所に相談に來る羽目になったんですがね。よく今まで無事に生きて來れたと心するレベルです」

「ひぇっ……」

「まあ彼の場合守護霊が強いみたいですからね、なんとか守ってくれてるみたいです」

そんなに凄いんだ、伊藤さんの能力……! そこまで言われるとちょっと見てみたい。

そんな不謹慎な事を考えつつ黒いドアの前に辿り著く。九條さんがポケットから鍵を取り出して扉を開けた。

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その瞬間、ほんのしの風が私たちの頬を掠めた。

外は凍てつく寒さだというのに、中から吹き出た僅かな空気は、どこか生溫くじる。ふわりとしたそれが私の髪をし揺らしたとき、言い知れぬ不安を覚えた。

言葉で説明し難い違和と不穏な空気が私たちを包み込んだ。

「……九條さん」

ポツンと呟くと、彼は何も言わず中へとった。その表は僅かに厳しくなっている。

私も靴をぎ捨てて中へと歩みを進めてみれば、リビングへった九條さんが足を止めて立ち止まっているのに気づきやや怖気付く。

それでも何とか勇気を振り絞ってリビングへってみれば、中の慘狀に言葉を無くした。

私が事務所から持ち込んだ荷たちが散していた。まるで泥棒でもったのかと疑ってしまうほどに。

っていた紙袋は怒りに任せたように引きちぎられていた。九條さんのポッキーは中まで取り出され、棒たちが々に潰されて床に落ちている。

私は唖然として見渡した。

「……どうやら私達は歓迎されていないようですね」

九條さんが言う。その言葉にゾッとした。心臓がひんやりと冷えてしまった覚に陥る。

「お、怒ってるんですかね……」

「そのように見えますね。ただ肝心の本人はいない、と」

九條さんは怖がる様子もなく、そのままズカズカと中へった。途中ボロボロにされたポッキーのカスを踏みつけてしまい、悲しげに足の裏を覗いた。

私もゆっくり中へとる。九條さんっていつも表変わらないし怖いとか思わないのかな。慣れるのだろうか。

怯えながら辺りを見回すが、確かに誰の姿も見えない。ここでの霊が立っていたらび聲を上げただろうが、そんなはいなかった。霊がいなきゃ解決出來ないのだけれど。

九條さんは一つ一つの部屋を細かに確認すると、諦めたようにため息をついた。

「本は姿を現しませんね……録畫を見てみましょうか」

「あ、はい……!」

「どんな霊がどのようにいているか分かるだけでも、真実に近づけることはあります」

九條さんはセットしてあるカメラの前に立ち、何やら作する。私はそれを背後から覗き込んだ。

「ところで黒島さん」

「はい?」

「落ちてますよ」

「え?」

九條さんはモニターから目を離さずに、ゆっくり左側を指さした。そちらに視線を移すと、部屋の端に小さな布が転がっているのが見える。

「うわぁぁぁぁ!!」

狹い部屋で全力でスライディングをかます。慌てて摑んだそれをすぐに腹の下に隠した。著替えのために持ってきていた私のパンツだった。

「もも、もっと早く言ってくださいよ!」

「黒島さんが自分で気付くのを待ってたんですけど全然気付かないので」

「もうちょっとこう……! 自然と私がこの辺に來る様に促すとか出來ませんかね!?」

「なるほど。そういった方法が最善だったんですね、勉強になりました。次からそうします」

「部屋の隅っこにパンツ落ちてる事なんてそうそうないですよ!」

「それもそうですね。再生しますよ」

人の下著を見ても何も反応なし! この能面が憎たらしくなってきた。私のパンツにはそんなに価値がないか!

赤面させながらこっそりポケットにブツをれ込んだ。次から著替えは車に置いておく。絶対怪奇が起きる部屋になんか置きっぱなしにしない!

完全に恐怖心が吹き飛んでしまった私は、開き直って堂々と九條さんに近づいた。恥ずかしがってるとなお恥ずかしいんだから。

彼の背後からモニターを覗き込む。このリビング全が映されている映像が映し出されていた。

「私たちが部屋から出た直後です」

が映ってますかね……」

「あなたのパンツ貸してあげたいですね」

「話を蒸し返すな!!」

など皆無の狀態で映像を見つめる。デリカシーのかけらも無いマイペース男に呆れて膨れていると、見ていた映像にれを見つけた。

誰もいない部屋がしんと映っている中、畫面下側に僅かにノイズがってくる。映像は波打つ様に揺れている。九條さんは音量を上げた。

畫面の揺れは次第に大きくなってくる。30秒、1分。時間の経過とともにリビングの部屋は歪みを進める。

私の紙袋はまだ無事だ。右端にちゃんと置かれている。

再びが増してくる。私達は息を飲んでモニターに見る。

5分ほど経ったころ、畫面の波は更に大きく全的になってきていた。目に疲れを覚えて手でった瞬間、畫面上部に黒い影を見つける。

「……あれ、九條さん」

私は指差して呼び掛けるが、九條さんは至って真剣な顔で何も反応しなかった。黒い影はほんのきながら徐々に徐々に範囲を増やしてきた。それが影ではないということに私は気付く。

「……く、九條さん、これは……」

「髪のですね」

畫面の上から垂れてきているのは無數の髪のだったのだ。うねうねとまるで生きのように髪たちは降ってくる。私は急に怖くなって、つい目の前にある九條さんの肩の服を摑んだ。

不気味さについ目を閉じてしまいたくなる。それでも手を震わせながら必死に見つめた。ここで目を閉じては仕事にならない。

畫面の上部3分の1ほどが、髪のが垂れ下がって真っ黒になる。そこでピタリとノイズや髪のきが止まった。

音も何もなく、しん…とした部屋の狀態がつづく。

ドキドキと高鳴る心臓でそれを見つめ続けていた時だった。

突如、髪のいた。そしてほんの一瞬、本當に一瞬だけ。

畫面上半分ほどに逆さでこちらを覗き込む顔がドアップで映し出された。

ギョロリとした三白眼はカメラをしっかり見ていた。鼻から下は見えない。

「きゃ!!」

私がついんだ瞬間、畫面はプツリと消えて真っ暗になった。

すぐに九條さんが何やら作するが、もう映像は再生されなかった。私は心臓をバクバクさせながら深呼吸をする。

あんなのが近くにいるんだ、凄い目で見ていた……。

先ほどの一瞬では別すらよく分からなかった。ただ真っ白なに生をじない瞳だけが見えた。

「……だめですね、ここから先はもう映ってません」

「え、じゃああの一瞬だけですか……」

九條さんは腕を組んで考える。

「あれでは服の著どころか別も不明でしたね、結局分からない事だらけ」

「もうびっくりして心臓止まるかと……」

「その上私達2人はどうやら霊に嫌われているらしい。調査を遂行するにはこのままでは苦労しそうです」

私ははっとして九條さんを見る。未だ彼の黒い洋服を握りしめているままだと言うことも忘れて。

九條さんはポケットから攜帯を取りだした。

「伊藤さん召喚です」

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