《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》元の生活

それから私は九條さんの家から自宅に帰り、久しぶりにゆっくり羽をばした。彼らの提案で仕事も三日休みをもらい、疲れたを休ませたのだ。

帰宅して重を測ってみたらびっくり。三日間で四キロも痩せていた。食事はそれなりに取っていたはずだというのに、まさかこんなに落ちているなんて。思えば住職もげっそり痩せてたなあ、なんて思い出す。

頂いた休暇で味しいものを食べ、たっぷり眠った。気晴らしに買いもして楽しむと重はすぐに元に戻った。よかったけど殘念でもある。心は複雑だ。

ちなみに電話で麗香さんにことのあらましを説明すると、よかったわね、と言いつつどこか拍子抜けしてるような言い方だった。気になって詳しく話を聞いてみると、どうやら北海道の除霊を必死にこなして早めに帰ってくるよう無理していたらしく、頑張って損した、と膨れていたのだ。

私のためにそう努力してくれていたことを知らなかったので素直に嬉しかった。それを告げると、『別にあんたのためじゃなくてその人形が見たかっただけなんだから』ってツンデレのお手本みたいな発言をされて笑った。

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久しぶりに事務所に出勤し、私は清々しい気持ちでその扉を開けた。休暇を終え、調もバッチリ元に戻っている。HPマックスで出勤する。

まだ早朝だ、それでも伊藤さんは既に來ていた。一番乗りだと思い込んでいた私は驚きで目を丸くする。彼は座って何やらパソコンを打ち込んでいた。私を見てほっとしたように微笑む。

「おはよう!」

「おはようございます伊藤さん、早いですね。おやすみありがとうございました!」

「いやいや、當然だよ。今回はちゃんほんと災難だったからね〜」

「伊藤さんだって九條さんだって、寢ずに々調べたりしてくれたので……本當に謝しています」

私はしっかり頭を下げてお禮を言った。二人とも私のために必死にいてくれて無事あそこまで辿り著けたのだ。それがなかったからと思うとゾッとする。

伊藤さんは笑って首を振った。

「全然だよ、気にしないで。それよりやっとちゃんの顔に元気が戻ってきてて安心したよ」

「え。私そんな酷い顔してました?」

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「げっそりってじだったね」

「実は帰宅して重測ったら四キロ痩せてて……」

「ええ! あの短期間でそればやばいよ」

「でももうすっかり戻っちゃいました。このおやすみの間めちゃくちゃ食べたんで」

私は笑いながらコートをいで掛ける。二人でたわいない話をわしていると、伊藤さんがふと思い出したように言った。

「そういえば住職ね。院の原因もやっぱりあの人形だったみたいでね。あれ以降順調に回復してるみたいだよ。退院もそう遠くないみたい」

「あ、そうだったんですか!」

病室にいた彼はガリガリに痩せて正気を失っていた。多分人形に魅られていたせいなのだ。もう解決してしまった今、彼は元の狀態に戻っていくのだろう。

そうなれば再び住職として働き出すのかな。力はやっぱり凄い人らしいし、九條さんが言うように世のために頑張ってほしいと思う。

伊藤さんも同じように考えていたらしく、私の心を読み取るようにして言う。

「まあ今回はダメなことしちゃったけど、元気になったらまた困ってる人のために働いてほしいね」

「はい、私もそう思ってました」

「けど結果がよかったからこう言えるんだけどさ。こっちは完全にとばっちりだしね。家にすら帰れなくて大変だったよねえ」

言われて苦笑する。そうそう、九條さんの家に居候して、お風呂にぶち込まれて冷水掛けられて。目が覚めたら隣に人形いたり、散々だった。

私は朝の掃除をするために布巾をキッチンで軽く濡らしてテーブルを拭く。いつ來客があるか分からないので、一応事務所の清潔は保っておかねば。手をかしながら話す。

「九條さんのお家ってすっごく綺麗だったけど、あんまりにも生活なくて……簡単な料理でもしようとしたら、炊飯もフライパンもないんですよ? 々不便でした」

「僕も部屋の中にったのは初めてだったからびっくりしたなー。綺麗なのは意外だったよ、事務所ではポッキーの袋適當に置いとくくせに」

「同です」

「炊飯ないのは笑えるね。圧倒的にがなかったよね。何がって言われたら分かんないけど何かが足りない」

腕を組んで考え込む伊藤さんになんだか笑ってしまう。そして私は思っていたことをそのまま告げた。

「伊藤さんのお部屋は想像つきます。いいじに生活もあって、絶対綺麗で。調理道も結構ありそう」

「ええ? 結構散らかってるよー。料理も必要最低限だよ、と野菜を焼きのたれで焼くとか」

「あは、十分ですよ。でも伊藤さんの部屋が散らかってるなんて絶対大したことないと思います、いつもの仕事ぶり見てれば分かります」

彼が使うデスクの上はいつもスッキリして綺麗だ。調査容をまとめた資料もしっかりファイリングされていて見やすいし、元々の格が影響しているのは目に見えている。

伊藤さんは私の言葉を聞いて、何やら考え込むように天井を見上げた。そしてふいに、私に言ったのだ。

「じゃあ、今度は僕の家に來る?」

「…………え?」

來客用のソファ前にあるテーブルを拭いているところにそんな聲が聞こえて、私は手を止めた。伊藤さんの方を見てみると、彼は私の方を見てわずかに口角を上げていた。

(え……い、伊藤さんのお家に??)

突然の提案に一瞬頭の中がぐるぐるになった。いや、仕事上仲良くしてもらってるし間違いなく深い意味はない。だって伊藤さんだもん、でもだからといって、

家、家、家にお邪魔を……? 一応私もなのであって、それはよいのだろうか……?

どう答えていいのか分からなくなり目だけを泳がせていると、そんな私をみた伊藤さんがにっこり笑った。

「うん、今度九條さんと三人で飲んだりする?」

それを聞いた途端、私は自分の顔から火が出るかと思った。それぐらいぼっと熱くなる。変に一人で意識した自分が恥ずかしい、そうだよね、九條さんとってことか! 何を一人われたと思ったんだ私は。そりゃそうだ。私を一人招くなんて、伊藤さんはしないよね。

「は、はい! それ楽しそうですね」

「まあ九條さんの家みたく広くないんだけどね。仕事が落ち著いてる時にゆっくりやってみても楽しいかもね」

そういうと、伊藤さんは目の前のパソコンに視線をかして何かを力し出した。私も掃除に意識を戻し、なぜかドキドキしていた心臓を抑えるように必死に自分を言い聞かせた。無駄にテーブルをしっかり磨きながら心の中で呟く。

やだな、自意識過剰っていうんだこういうの。もう、普通に考えればわかることなのに。

そう自己嫌悪に陥っている時、事務所の扉が開いた。珍しく早い時間帯に出勤してきた九條さんだった。

「あ、おはようございます!」

彼は後頭部に派手な寢癖をつけたまま私をみる。相変わらず真っ黒なコートに白い服。ポケットに両手を突っ込んだまま私を見た。

「おはようございます。さんゆっくりできましたか」

「はい! さっき伊藤さんにも言ったんですが、お二人のおかげでこうして無事でいられます。おやすみもありがとうございました!」

「いいえ。あなたには何の非もありませんよ」

そう言いながら大きくあくびをした九條さんは、ツカツカとソファに歩み寄ってくる。ここに寢転がるつもりだな、と思った私は彼のためにし場所をずれると、予想は外れて九條さんは橫にはならなかった。

私の目の前に立ち、じっと上から下まで観察される。その視線に戸った。

「な、なんですか」

「隨分やつれてたようですが、戻ったようで安心しました」

「私そんなに酷かったんですか……」

がくりと項垂れる。伊藤さんも言ってたもんな。まあ狀況が狀況なだけにしょうがないけど、あの鈍な九條さんにまで言われるなんてよっぽどだったんじゃないか。自分では気づかなかった。

聞いていた伊藤さんがし笑いながらいう。

ちゃんあの短期間で四キロも落ちてたんですって!」

「それは。頑張って食事は取っていたというのに、あの人形の負の力でしょうかね」

「あ、でもお二人に頂いた休みでもう元に戻っちゃいましたよ! いっぱい味しいものも食べたので。せっかく痩せたんですけどねえ」

私は笑いながらそうふざけて言ってみるが、九條さんはキョトンとするように首を傾げる。

「せっかく痩せたのに、とは? 重が戻ったのならよかったんじゃないですか」

「え。い、いやほら、ダイエットできたのにな、ってことですよ……」

まさか渾の自ネタを解説させられるとは思っておらず、私は小聲でボソボソと言った。なんで伝わらなかったの? ここ笑うところなんですけど。

それでも九條さんは納得してない様子で私の顔を覗き込む。

「あなたにダイエットなんて必要ないのでは」

「………え」

「今のままで十分なので、痩せたりする必要ないですよ。元に戻ってよかったですね」

そういうと、九條さんはようやくソファにゴロリと橫になった。すぐに目を閉じて、夢の中へとっていく。

(またこの人は。無意識に嬉しいこというのやめてよ、もう……)

絶対分かってないんだろうなあ。自分の言葉がどれだけ私を喜ばせているのか。こっちはいちいち気持ちが騒ぎまくって疲れてしまうというのに。

にやけそうになる顔を背けて必死に隠す。平然を裝いながら掃除の続きを始めると、思い出したように九條さんがパチリと目を開けた。

「あ、そうでした」

「え?」

「今回迷かけたからと、上浦夫人から謝禮を頂いています。臨時ボーナスとして次回の給與に追加しますので」

一番に反応したのは伊藤さんだった。彼は素直にガッツポーズをして喜ぶ。

「やった、臨時ボーナス!」

「まあ、さんはあれだけ大変な目に遭ったのでお金で解決させられるというのも心外かもしれませんが、もらえるものは貰っといてください」

「あ、はい、ありがとうございます……」

まあ、怖い思いをしたのは事実だし、伊藤さんも九條さんも睡眠時間削って働いてたし。臨時収くらいあっていいのかも。

現金なものだがやっぱり嬉しい。何か贅沢をしてしまおうかな、なんて思いを馳せるのは楽しいものだ。

思えばここで働き出した頃は、本當にお金もなくて貧乏生活をしていたな。でも最近はだいぶ余裕も出來てきた。今までは嫌だったこの能力で生活をしているなんて、不思議だなあと思う。

(もうすぐ一年が経つのかあ……)

じっと事務所を見渡してしみじみ思う。ここに辿り著かなければ、私の人生どうなっていたんだろう。

今回、私のために報を得てくれた伊藤さん、いつでもそばにいて支えてくれた九條さんは本當に謝してもしきれない。

悲しみに埋もれていたあの頃の私に教えてあげたい。自分がピンチの時、必死に守ってくれる仲間にちゃんと出會えるんだよ、って。

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