《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》再會

綺麗に巻かれた栗のロングヘア。小顔にぱっちりとした目はまつは長く、しっかりマスカラでばされていた。リップで潤ったは、驚いたようにぽかんと開いていた。

「聡…………」

自分の口からそうらした聲を聞いて、九條さんは一瞬目を丸くした。

私が死んでしまいたい、と思った原因の一つに、彼があった。

は私のたった一人の妹だ。だが、い頃に両親が離婚してからは時々會うくらいで、仲のいい姉妹とは到底呼べない関係だった。

離婚も、いころから『視える』私の能力を、信じる母と信じない父で意見が分かれたのが原因だった。父は私と母を頭がおかしい二人と言い捨てて聡といなくなった。

それでも理解のある母と暮らしてきたのだが、ある日病で母は急死。悲しみに明け暮れていた。

そんな私を支えてくれたのは、當時付き合って二年になる人だった。原信也という彼は、母を亡くして悲しんでいる私にプロポーズをしてくれて見守ってくれたのだ。それでなんとか乗り越えていけそう、そう思っていた。

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だがある日、信也と町を歩いている時聡にたまたま會うことになる。信也を紹介していなかった聡は、大きな聲で言ったのだ。

『でもーお姉ちゃんと付き合うとか大変じゃないですか〜? だってほら、お姉ちゃんって幽霊が視えるとか言っちゃう電波ちゃんだし?』

私は視える能力を、信也に言っていなかった。

それ以降彼には避けられるようになり、連絡も拒否されあっけなく終わりを迎えた。さらに、同じ職場だった信也は同僚に話したのか、私は仕事上めのようなものにあい、そのまま仕事もやめた。彼は職場でリーダー的存在で、私はあまり友達もいなかったからだ。

極め付けは、したったころ聡から屆いたメールだ。聡と信也がツーショットで映っているものだった。いつのまにか二人が付き合いだしていたことをその時知った。

多分、自暴自棄になった。私は家も引き払って全て捨て、死んでしまおうと思ってある廃屋ビルから飛び降りようとする。そこで止めてくれたのがこの九條さんだった、というわけだ。

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彼にわれるがまま事務所にり、新しく生活をスタートさせた。家も仕事もも、全部。それ以降聡と會うことは當然ながらなかったのだ。

「ここで何してるの!? お姉ちゃん攜帯変えたでしょ、全然連絡つかなくなったし、家だって引っ越してたし」

すごい剣幕で私に歩み寄ってくる聡は相変わらずとても綺麗だった。華やかで可らしい子。彼を表現するにはそれが相応しい。久々にみたその顔についを萎させる。もう思い出として心の奧に仕舞い込んでいたあの日々を思い出してしまったのだ。

とは基本連絡を取り合う関係ではなかったので、彼が私の住所や電話番號が変わっていることに気づいていたのは意外だった。私はもう、二度と會うことはないかもと思っていたくらいだ。

「聡……」

「急にいなくなって、びっくりしたんだか」

言いかけた聡は、私の隣に立っている人に気がついた。九條さんだ。彼は何も言葉を発することなく冷たい視線でじっと聡を見ている。言わずもがな、私の過去を知っている九條さんは聡のことも勘付いている。

は九條さんを見て目を見開いた。外見は文句なしの人なので、私の隣にこんな人がいたことに驚いたのかもしれない。

「え……し、知り合い? まさか彼氏ってことは」

違うよね、という視線で見られた。私はまず聡とこんなところで再會したことに混しており、その質問に答える余裕もないくらいだった。聲を出してしどろもどろに何とか答えようとする。

「あ、あの、この人は」

「そうですよ。九條尚久と言います」

途端、隣からそんな聲が聞こえて勢いよく橫を向いた。彼は涼しい顔をしている。まさかの返答に、驚きで私の頭の中は逆に冷靜さを取り戻したくらいだ。

は信じられない、とばかりに私と九條さんを見比べた。その目は『人付き合いもうまく出來ない地味な姉が何でこんな人と?』と言っていた。

「へ、へえ……急にいなくなったと思ったら、なんだちゃっかり次のに手を出すぐらい余裕だったわけ」

「いや、違うの聡……」

「でも大丈夫ですか? お姉ちゃんって幽霊視えるとか言っちゃう痛いところありますけど。あれ、それともまだ知りませんでしたかー?」

はニコニコしながら九條さんに言った。どこかで聞いたような臺詞だった。私はぐっと言葉に詰まる。

ああ、あの時と全く同じだ。信也と歩いていた時も、こうしてバッタリ聡と再會して彼はそう言った。信也はその後私の元を去り、彼と付き合いだしていた。

簞笥の奧底に仕舞い込んだ古い記憶が、強引に引き摺り出されたような覚に陥る。の気が引くように頭が真っ白になった。外気の寒さによるものではなく、自分の心が凍ったかのように寒気が襲う。

蘇る。もうほとんど忘れていたあの覚が、蘇って私のを支配する。

呆然としている私の隣で、九條さんがポケットから手を出す。頭を掻きながら、背の高い彼は聡を見下ろした。彼しそれに見とれるように表を固める。

「知っていますが」

「え」

「私もさんと同じく視える質なので。視えないあなたからすれば信じられない世界かもしれませんが、心配は無用です。この人は噓をつきませんし人を陥れようとすることもない信頼できる人間ですから」

抑揚のない中で、どこか怒りをじる聲で九條さんはそう言った。私はただ驚きで九條さんを見ることしかできず、彼の橫顔を見つめた。

は笑顔を無くして黙り込んだ。じっと私たちを見つめている。

そんな彼に九條さんは淡々と言った。

「そういったことで仕事もしているので、何かあればご相談をどうぞ。まああなたには関係ない世界かもしれませんね。もう用がないのならよろしいですか」

は何か言いたそうにしていたが、九條さんは無視して踵を返しスタスタと歩き出した。私は迷った挙句、聡に一言だけ言葉を殘して九條さんの後を追った。

「ごめんね、私は元気にやってるから。……信也にもよろしく」

黒いコートを追いかけて彼の隣に並ぶ。一度だけ後ろを振り返ると、聡がじっとこちらを睨むようにして見ていた。他にも言いたいことがあった気がするが、何も言葉は出てこなかった。

九條さんの持つつみれりの袋がカサカサと音を立てる。彼は小聲でいった。

「すみません」

「え?」

「咄嗟に噓をついて」

彼の言葉に私は首を振った。彼がどうしてあんなふうにしてくれたのか分かっている。私は微笑んでお禮を言った。

「いいえ。私を思ってそう言ってくれたこと、わかってます。ありがとうございます」

初めて彼に過去を話した時、分かりにくいけれど九條さんは一緒に怒ってくれていた。『傷心の相手に嫌味なメールを送るつけるなんて』と棘のある言葉を出して。

だからきっと、私の立場を心配して、しでも今私が幸せに暮らしているとアピールしてくれたんだろう。

正直、九條さんがそんなふうに気を遣ってくれたのは意外すぎた。この人基本鈍いというのに。

そう思うと、さっきまで冷えていた心は溫かさを取り戻した。こんな優しい噓を九條さんから聞くとは思っていなかったから。

「大丈夫ですか」

心配そうに私の顔を覗き込んだ。私は頷いてみせる。

「はい。まさかこんなところで再會するなんて、最初はびっくりしてあの頃の事思い出しちゃいましたけど。でもすぐに落ち著きました。私にとっては過去のことです、今は新しい生活もあるし、九條さんや伊藤さんと働けて楽しいですから」

私がそう言うと、九條さんはほっとしたようにしだけ笑った。強くなりましたね、と言っているように見えた。

私はもう振り返ることなく伊藤さんのアパートを目指した。ここずっと會うことのなかった妹と、これからまた再會することになるなんて夢にも思わないまま。

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