《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》締めは雑炊
「え……妹さんって、あの?」
伊藤さんはお玉を持ったまま固まって目を見開いた。私は小聲で返事をする。
三人で使うにはし狹めのローテーブルに座り込み、伊藤さんが作ってくれたちゃんこ鍋を食べ始めたところだった。彼が作ってくれたそれは材も多くっており、火の通り合も完璧な味しいお鍋になっていた。部屋中に充満するいい匂いを肺一杯に吸い込みながら、私は先ほどあった出來事を伊藤さんにも話していた。
伊藤さんも私が事務所で働き出すきっかけだった一連の出來事は全て知っている。以前お酒の力も借りて話したことがあるのだ。彼は目を真っ赤にして泣きそうになりながら話を聞いてくれたものだ。
伊藤さんは固まったまま私に問う。
「な、なんか言われた? あれ以降連絡も取ってないんでしょ?」
「はい、攜帯も一度破棄して番號も変えましたし、聡の連絡先はわからなくなってたから。まさかこんなところで再會するなんて夢にも思わず」
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なんか言われたのか、という質問に答えづらかった私はそう返事をしたのだが、一人で鍋を食べ始めた九條さんが代わりに答えるように言った。
「私を際相手と勘違いしているようだったのでそのように話を合わせたんですが、嫌味っぽく『霊が視えると言う痛い姉だけど大丈夫か』みたいなこと言ってましたね」
その言葉を聞いた伊藤さんは口を固く閉じて表を険しくさせた。すうっと目を細め、眉間に皺を寄せて苛立ったように聲を低くさせる。
「へえ……素晴らしい喧嘩の売り方ですね」
「(ブラック伊藤さんだ!)
あ、あの。でも九條さんが上手くフォローしてくれたから大丈夫です。すぐにその場から去りましたし、もう會うことはないと思うので。元気そうで安心しました」
笑ってそう答えると、伊藤さんは複雑そうな顔をした。お玉でお鍋の出を掬いながら口を尖らせる。
「そりゃずっと一緒に暮らしてないとはいえさ、どうも敵意があるっていうか」
「しょうがないです。私のせいで両親は離婚することになりましたし。そもそも霊が視えるなんて、素直に信じてくれる伊藤さんが珍しいんですよ。普通は信じられないですもん」
「そう? まあ信じ難いっていう気持ちもわかる。でも家族となれば、なくとも信じようとするんじゃないかなって思うんだけどな」
そうサラリと言える伊藤さんはやっぱりすごい人だなと思える。彼も引き寄せやすい質だから々大変だったというのもあるだろうが、それでも自分はみえないのに私と九條さんを當然のように信じてくれるから。
私は買ってきたつみれがっているお鍋を頬張り、作り笑いではなく本の笑みをらした。お腹と共に心まで満たされながら言った。
「いいんです。伊藤さんと九條さんがいるから、他の人になんて言われようとかまいませんから」
伊藤さんはそれを聞いて、なぜかちょっと困ったように視線を泳がせて息を吐いた。豆腐を食べながら話を逸らすように言った。
「でもじゃあ、一人じゃなくてよかったね。九條さんがいたんだし」
「そうですね、私だけだったら捕まって掘り葉掘り々聞かれてたかもしれません。九條さんがいてくれてよかったです」
本音を言うと、今までろくに人と信頼関係を作れなかった私の隣に仲間がいるのを聡に見せれたのはよかったと思う。彼は私を『霊が視えると噓をついて周りの気を引こうとしている可哀想な子』と思っているらしいから。
彼氏というのは噓だけど、私の能力を知った上で信頼してくれているというのは噓じゃない。九條さんがああ言ってくれたの、嬉しかったな、なんて……。
湯気の立つ熱々の材に息を吹きかけ口の中にれる。三人で鍋をつつきながら黙々と食事を続けていると、九條さんが突然言った。
「以前も聞いたことありますが似てませんね」
「ああ、聡とですか? それ小さい頃からよく言われました。長すると特にそう思いますよね、全くタイプが違うんです」
苦笑いをしながら答える。
「聡は昔から誰にでも人懐こくて明るいし人ですし。私はいつも端っこにいるようなタイプだから」
「それ前も聞いたことあるけどさ。ちゃんって普通に明るいし可いよ」
「ぶひぇ!? ぜ、全然ですよ!」
「ぶひぇ、ってすごい聲だね」
伊藤さんはし笑う。褒められることに慣れていない私は顔を熱くさせながら咳払いをした。
お世辭だって分かってる、でも照れてしまう。こう言う時スマートにけ流せる大人なになりたいとつくづく思う。麗香さんとか聡とか、サラリとお禮言うんだろうな。
私は話を逸らすように食べながら言う。
「ほんとこれ味しいですね伊藤さん! やっぱり料理もできるんですね」
「ええ、切ってれるだけだもん。でも味しいならよかった。締めはご飯あるから雑炊しようね!」
「完璧ですね!」
三人で溫まりながら鍋を頂いた。一人で食べるよりも何十倍も味しくてお腹が満たされる気がする、不思議な食事だった。その日じた戸いや寂しさが緩和され、思ったより自分が冷靜であることに安心した。
頭の片隅に、ちらりと聡の顔が浮かぶ。
一年前からまるで変わらないその姿に、元気そうでよかった、とだけ思った。
それから三日後のこと。
前日にはある依頼を解決させていた。なんとも楽なもので、一日で解決させられた案件だった。この仕事は楽な時と大変な時の差が激しく、毎回こんなじならいいのにと心から思う。きつい時は何日も泊まり込み、重も激減するほどのこともあるのだ。
穏やかな晝下がりだった。天気も良く溫かな太のが差し込んでいる。眩しさに目を細めながらブラインドを調整した。
報告書を作っている伊藤さんと晝寢している九條さん、事務所のファイルを整理している私の元に突然ノックの音が響いた。寢ている男を置いて、私と伊藤さんは目を合わせる。
「飛びりの依頼かな?」
「でしょうか。アポないですもんね」
私が出ようといたより先に、扉から近かった伊藤さんの方が早く出た。返事をしつつそのドアを勢いよく開く。
「はい、どうも!」
伊藤さんがにこやかにそう言った背中の向こうに、ちらりとある人の顔が見えた。その瞬間、私は持っていたファイルを派手に床に落とすことになる。大きな音が事務所中に響き、そのせいかそれとも何か空気をじ取ったのか、九條さんが目を覚ました。
立っていたのは聡だった。私は落ちたものたちを拾うこともせずに、ただ全を停止させて彼を見つめる。
伊藤さんもこちらを振り返り、私の様子に表を固める。勘のいい彼なら、察しがついたのかもしれない。
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