《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》依頼
「こんにちは! ちょっとお話伺いたいんですけど」
彼はにっこりと笑った。何を考えているのか分からないその笑顔にただただ戸う。
一何しにここに? そもそもどうしてここが?
九條さんがのそりとソファから起き上がる。誰も言葉を発していないが、聡はそのまま事務所に足を踏みれた。そこで彼の後ろにもう一人男が立っていることに気がつく。すでに頭が真っ白だった私はそこでさらにトドメを刺されることになる。
短髪の黒髪に涼しげな奧二重。やや気まずそうに現れた彼は、私が以前心から好きになった人だった。
「……信也?」
つい聲がれた。伊藤さんと九條さんが私を振り返って目を丸くした。
原信也、私が一年前に別れた人だった。
同じ職場で働く彼はみんなの中心にいるような人気者だった。そんな彼から告白をけたときは夢かと思うほど嬉しくて、その付き合いは二年にも及んだ。
人生で初めて、私を好きだと言ってくれたひとだった。
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昔から見えてしまう自分は、『ちょっと変わった子』という印象を周りから持たれていた。霊が視えるなんて周りにいうことはなかったけど、でも肝試しも怪談話も參加せず、突然みえる霊に反応を隠せなかったりする自分は挙不審だったんだと思う。
い頃父に言われた『頭のおかしい子』というセリフも頭から離れず、臆病だった。自分から友達を作りに行くこともできなかった。
そんな私と付き合い出し、それとなくにれてくれたのは彼だった。
あの頃は楽しかった。職場で一応友人と呼べる人もできて、初めてできた人に心躍らせ、毎日が輝いて見えたものだ。
信也と別れた途端全て失ったけれど。職場の人たちは何を聞いたのか私を白い目で見て話もしてくれなくなった。そして彼は今、聡と付き合っているはず。
呆然としている私と信也の目がバチリと合った。懐かしいその瞳のにがきゅうっと締め付けれられるようになる。私は無言でそれを逸らした。
「何か用ですか。こちらはあなた方が必要としている場所ではないと思うのですが」
九條さんが淡々という。その視線は鋭く嫌悪に満ちていた。すぐに伊藤さんも続く。
「はい、今ちょっと仕事中なので。お引き取りください」
二人を追い返そうとする彼に、聡が慌てたように聲を出した。
「あの! ちゃんとした相談なんです! ほんと!」
相談? 私は首をかしげる。だって、聡はそういうことを信じてないタイプの人間だ。今までも私が視えるということをまるで信じなかった人間なのに。
九條さんも不思議そうにして言った。
「霊が視える、というのは痛い言なのではないんですか?」
なんとも棘のある言葉。聡もし気まずそうに口を尖らせたが、すぐにピンと背筋をばした。堂々として発言する。
「まあ、正しくは私より信也からの相談です。ちょうど相談されてたから、お姉ちゃんと會ったこと思い出して。九條ってネットで調べたらここが出ましたよ。ビンゴだった、ね!」
信也に笑いかける。だが彼は複雑そうな顔で小さく頷くだけだった。そりゃ、彼の姉、しかもそれが元カノだなんて気まずいだろうなあ。
なるほど、この前會ったとき確かに九條さんはサラリとこの仕事について言っていた。それでネットでこの場所まで調べた、ということか。九條さんは無言で天井を見上げた。まさかこんなことになるとは予想していなかったに違いない。
彼はすぐに聡に向き直ると、態度を変えずに言った。
「ですが、霊が視えるという能力自を信じていない方の依頼はけかねます。トラブルの元にもなりえるので」
「えーお願いしますよう。ね、お姉ちゃん! 今ほんとに困ってるみたいなの、話聞くだけでも! お世話になった人でしょ?」
聡が私の方を見て手を合わせる。お世話になった人、って。そりゃそうだけど何か表現の仕方がなあ。困ってしまった自分は眉を下げてちらりと信也をみた。
一年前から全く変わっていなかった。懐かしさと寂しさが一気に襲ってくる。ここ最近思い出すこともなくなっていた過去がぐるりと全を走り抜けた。
信也は聡の腕を摑むと、小聲で言った。
「もういいよ。帰ろう」
「だって、信也本當に困ってるじゃん」
「そうだけど、別に無理矢理お願いしなくても」
二人がそう言い合っているのを見て、どうやら信也が本當に何か問題を抱えているということが分かる。私はつい、聲を上げた。
「あの」
一斉にみんなが私に注目した。その目から逃げたくなるのを堪え、九條さんにいう。
「九條さん、話だけでも聞いてもらえませんか」
「……あなたはそれでいいのですか?」
「依頼人です。けるかどうかは容で判斷すればいいかと」
私の言葉をきいて九條さんはふうと息を吐く。そして普段よりさらに無想に言った。
「どうぞ、掛けてください」
聡は笑顔になり、信也は驚いたようにしながらも二人でソファに座り込んだ。伊藤さんは渋々といったように近くのパソコン前に腰掛ける。普段なら來客があるとすぐにお茶を淹れてくれる彼なのだが、今日はそんなつもりはないらしい。
私は足元に散らばったファイルを慌てて拾うと適當に近くに置き、聡たちの正面に腰掛けた。九條さんも隣に座り込む。彼の重で沈むが、何だか今日はとても安心した。
聡はキョロキョロと事務所を見渡している。珍しそうな表で言った。
「なんていうか、思ったよりずっと普通の事務所なんですねー? 私てっきり、変な水晶とかお札とか飾ってあるのかと」
「うちではそういったものは一切使用しません」
「えーじゃあどうやって除霊するんですか?」
「除霊はしません」
二人はぽかん、とする。九條さんは慣れた説明をした。
「我々は視たり聞いたりする能力はありますが祓う力は持ち合わせていません。うちでやっているのは除霊ではなく浄霊です。除霊は霊をその場から祓うこと、霊自を消滅させるわけではないので最悪また戻ってくることもあります。
浄霊は霊の心殘りをなくしその霊に眠ってもらうこと。その手伝いをするのがうちのやり方です」
二人は何も言わず不思議そうに話を聞いていた。きっと除霊と浄霊の違いも初めて聞いたのだろう。私も初めにここに來た時はよく分からなかったから仕方ないと思う。
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