《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》よくあること

「……で、どういったご相談で?」

「あ、えっと、すみません。原信也、と言います。実は自分が最近引っ越したマンションについてなんです」

信也が話し出す。聡はまだ周りが気になるようで、九條さんの顔を見たり振り返って伊藤さんを見たりしていた。

「新築のマンションで、賃貸で借りています。引っ越して一ヶ月ぐらい、でしょうか。新しいし住民もいい人ばかりで楽しく暮らしてたんですが……。

自分の部屋にいるときに、時々部屋が揺れるような覚になるんです」

「部屋が揺れる?」

「何かが衝突したような。でも調べても地震があったような報は何もなくて。なんだろうって不思議に思ってました。頻度は二、三日に一回くらいかな。夜に起こることが多いと思います。

隣の部屋に住んでるのが年の近い高橋って男で、友達になったんですけど、彼も時々そんな覚に陥ると言ってました。でも自分がじたときと時間などは違ってるんです」

「ふむ……」

「その高橋が言ってたんですけど。

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それ以外にもマンションの各地で変わったものを見るみたいで」

信也は視線を落としたままどこか言いにくそうに話す。九條さんが先を促すように尋ねた。

「変わったもの、といいますと?」

「エレベーターに乗ったとき、こちらに背を向けて立っているが立っていたとか。階段の前には子供がしゃがみ込んでいたとか。どちらも一瞬目を離した隙にいなくなったみたいで」

「あなたは見たことは?」

「俺は鈍いのかなんなのか、姿は見たことないです。でも部屋でみょうに嫌な気分になることはあります。誰かに見られているような。まあ、疲れてるせいってのもあると思いますけど。最近仕事忙しいし」

九條さんは黙り込んだ。霊と思われる存在の目撃報、験。多分そのマンションに何かがいる可能は高い。一人が不思議な験をしているだけなら思い込みや気のせいもあるが、人數が増えるとやっぱり信憑が増す。

話を聞くだけでは何がいるのかは分からない。やっぱり現場に行かねばならないのだが……。

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九條さんはちらりと私の方を見た。その視線だけで、私のことを気にしてくれているんだとじる。

そりゃなあ、気まずいといったらこの上ない。あんな形で別れた元婚約者と妹。普通なら斷りをれるだろう。

ただ、今の私は一人じゃない。九條さんも伊藤さんもいる。本當に困っているのなら力になりたいし、何より霊という存在を信じていない二人が理解してくれるきっかけになるかもしれないのだ。

「行ってみますか、九條さん」

私が聲をかけると、彼は無言で立ち上がった。目で外に出るように促される。それについて一旦廊下へ出ると、九條さんは私を困った顔で見下ろした。

「いいのですか、依頼をけても」

「はい、本當に困ってるようですし」

「私があなたの立場ならお引き取り願います」

「確かに気まずいですけど……もしこのあと信也たちがどっかの除霊師のとこに行って、麗香さんみたいな本だったらいいけど偽のところに行っちゃったら。また二人は霊に対して嫌なイメージを持つでしょう?

うちで見た方がいいかなと思うんです。解決できるとは限りませんが……それに、二人とも、私の人生において重要な人たちであるのには間違いないんです」

私の言葉を聞いて九條さんははあとため息をらす。

「あなたは人が良すぎます」

「そうですかね?」

「まあ、さんが言うのならけましょう。その代わり、公私混同と言われようと、あなたが嫌な気持ちになったら依頼は斷ります。うち以外も依頼をけてくれるところはたくさんありますから、そっちを紹介すればいいだけのこと。無理はしないでください」

それだけ言った九條さんは、再び扉を開けて事務所へとっていった。彼の白い背中を見つめ、今もらった言葉がとてつもなく嬉しくて微笑む。

一番に私の気持ちを聞いてくれるの、優しいなほんと。

私も戻ろうとしたとき、にゅっと伊藤さんの顔が中から出てきて驚きの聲を上げる。彼はささっと外に出てくると、しっかり扉を閉めて心配そうに私に聲をかけたのだ。

ちゃん大丈夫!? 別に無理せず斷ればいいんだよ」

九條さんと同じことを鼻息荒く言ってきた彼に、私はつい笑ってしまった。勿論面白くてじゃなく、嬉しくて、だ。

伊藤さんは不満げに口をへの字にし、腕を組む。

「先に謝っておくけどごめんね。人の家族や友人を悪く言うのは嫌いなんだけどさ、ちゃんの立場を考えずにここに直接來るっていうのはちょっと配慮が足りないと思うんだよ。一緒にいたら嫌な思いするかもよ」

「ありがとうございます。でも今九條さんにも言ったんですけど、やっぱりうちでけてみたらどうかなって。霊を信じてないからこそ、誠心誠意働きたいです」

私の答えに伊藤さんは仕方ないとばかりに息を吐いた。軽く頭を掻いたあと、私に言い聞かせるように言う。

「無理だって思ったら言うこと! すぐにやめちゃえばいいんだから!」

これまた九條さんとおんなじこと言ってる。私は目を細めて微笑んだ。

と信也が並んでいる景を見て、平気だとは言えない。思い出が蘇るし、の奧がどこか痛い。それでも、九條さんや伊藤さんの顔を見るだけで落ち著ける気がする。きっとそれなりに乗り越えられたのだ、と思う。

伊藤さんは渋々事務所に戻る。私もそれに続いて中にると、九條さんが信也たちに調査の進め方について説明していた。二人は頷きながら聞いている。

「……という流れですのでよろしくお願いします。住所は伊藤さんに伝えてください、準備が出來次第伺います」

立ち上がろうとした九條さんに、聡が明るい聲で話しかけた。

「あの! 九條さん、何かあったとき連絡取れたら楽なので、連絡先教えてください!」

はニコニコしながらスマホを取り出す。隣の信也は特に何も言わずに黙っている。聡は続ける。

「九條さんみたいなかっこいい人の連絡先とかテンション上がっちゃいますね! あ、伊藤さんも教えてください! いーなーお姉ちゃんこんな人たちに囲まれて仕事してて。代わってほしーい」

突然そんなことを言い出した妹に慌てる。私とは格が真逆だとは思っていたが、それにしてもこんなに奔放だっただろうか? 隣に彼氏がいるのにその言はいかがなものか。

私が口を出すより前に、九條さんが心底めんどくさそうな顔で答えた。

「事務所用の電話番號を伊藤さんから聞いてください」

「プライベートでもいいんですよー?」

「そもそも我々ではなくまずさんに聞くのが筋なのでは。まあ、第一に依頼人である原さんと連絡が取れればいいのであなたの連絡先は不要です」

ピシャリと斷られ聡は膨れた。だがすぐにデスクに座りパソコン作をしている伊藤さんの方を向いた。

「じゃー伊藤さん! 事務所の電話番號とー、お友達になりたいので伊藤さんのばん」

「あ、僕攜帯持ってないから」

彼はパソコンから目を離さずにっこり笑ったまま答えた。この時代にありえない斷りの文句に、聡は再び膨れた。

信也が立ち上がり話を切るように頭を下げる。

「では俺は家に帰ってます。よろしくお願いします。住所はこのメモに」

「あ、ちょっと待ってよー」

も慌ててソファから立ち信也を追いかけていく。私は迷ったが、聡の背中を追った。事務所の扉を開けた信也はさっさとエレベーターに向かって歩いてく。

外に出たところで私は聡の腕を摑んだ。長い髪を揺らしながらこちらを振り返った彼は首をかしげる。

「何?」

私は信也がだいぶ先を歩いていることと、背後のドアがしっかり閉まっていることを確認し小聲で言った。

「聡、信也の前でああいうの大丈夫なの? 怒ってない?」

「え?」

「だって、彼氏の前で他の男の人のプライベートな連絡先聞くなんて」

私がそう言うと、聡はああ、と何かを思い出したように聲をらす。そして笑いながら言った。

「もう別れてるから私たち」

「…………え」

「一年近く経つんだよ? 別に不自然じゃないでしょ。いい友達としてうまくやってるの、気まずくなりたくないから昔の話は蒸し返さないでね。あ、復縁したいなら今のうちかもよ」

「復縁なんて、そんな」

「あーそっか彼氏いたんだっけ。でも二人ってあんまりそれっぽくないよね。信也の方が合ってると思うよ」

それだけ言い殘すと、聡は私から離れた。聡の巻き髪の向こうに見える信也の背中を見て、不思議な気分になる。

そっか、別れたんだ。そりゃカップルにはよくあることだよね。

人と人はずっと歩んでいくのは難しい。だからこそ、結婚とまで言ってくれた時は嬉しかった。あの頃は彼とそうなることを信じて疑わなかった。

ズキズキと痛むの奧底の古傷を隠すように手を元で握ると、私は事務所に戻って行った。

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