《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》現場へ

事務所では伊藤さんがいつものようにパソコンで何やら調べをしており、九條さんはソファにだらしなく座ったままポッキーを持っていた。ただ齧ることなく、ぼんやりとその茶を眺めている。

気のせいかもしれないけれどどこか気まずい空気をじた。それを払拭したくて、とりあえず謝る。

「あの、急な依頼ですみません」

「あなたが謝ることは何もないです。それより本當によかったのですか」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます。伊藤さん、住所どのへんでしたか?」

「ああ、僕知ってるところだったよ。というのも、このマンションがある一畫って結構前から開発が進んでてね。大きな商業施設もできたし、田舎っぽかった景が一気に変わったんだよね」

「へえ、それで新築ですか」

「このマンションが建つ前何があったか調べてみるね。ちゃんはゆっくりしててね〜」

私は頷き、また泊まり込みになりそうなので荷を準備しようかなと思いたつ。いつもの仮眠室へろうとした時、背後から聲がした。

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「何か言ってましたか」

「え?」

「妹さん。廊下で何か話してたでしょう」

さっきのことを言っているのだ。私が聡を追いかけて廊下に出たこと。言おうかどうしようか迷い、でもここまで心配してくれているんだから話してしまおうと思った。苦笑して言う。

「ええと、もう二人は別れた、って教えてもらいました」

九條さんがポッキーから視線を外し、ゆっくりと私を見た。伊藤さんも同じようにこちらを見る。二人の視線がをちくちく刺しているようで気まずくなった私は慌てて言う。

「あ、いい友達らしいです! それだけです言われたのは。はい、ほんと」

伊藤さんが何か言いかけてやめた。九條さんはようやく持っているそれを小さく齧り短く答えた。

「そうですか」

「えっと、それじゃ調査の準備してきますね! ポッキーつめないと」

話題を逸らすようにそれだけ言い殘すと私は仮眠室へる。もう使い慣れた赤いキャリーケースを取り出して中を確認する。そこで、ケースが隨分と傷が多くなっていることに気がついた。

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買った時はピカピカだったそれも、これだけ出番が多ければそりゃ傷も増えてくる。

隅についた大きめの白い傷が何だか酷くおしくてそっと指ででる。皮に伝わる凸凹がをくすぐった。

(そっか、もう二人は付き合ってなかったのか……)

から送られてきたツーショット寫真を思い出す。あれを見た時はただ悲しくて何も考えられなかった。私はそれほど、ちゃんと彼のことが好きだった。

(九條さんと信也、全然タイプ違うんだけどなあ)

頭を掻いて自分でも不思議に思う。信也はどちらかといえばしっかり者で、明るく人懐こいじだった。九條さんは仕事以外のことは抜けてるしあまり口數が多い方でもない。案外自分の好みってよくわからないもんなんだな。

ふと聡が言っていた復縁、という言葉を思い出す。それと同時に笑ってしまった。

ありえないよそんなこと。私も、信也も。霊が視えることをれられない彼と私は、どうしても分かり合えることはない。

戸棚に置いてあるポッキーや食料などをいくつか詰め込むと、私は外へ出る。そのタイミングで伊藤さんが言った。

「マンションがたつ前は何があったのか分かりました! どうやら公園みたいですよー」

九條さんが立ち上がる。その手にはまだポッキーが握ってあった。が、何かにつまづいたのかよろけたと同時に食べかけのポッキーが床に転がる。九條さんはそれをすぐに手に取ると、悲しげに私の方を見た。

「これまだ食べられま」

「せんね。三秒ルールとでも言うつもりですか」

さんと伊藤さんがいつもマメに掃除してくれているのでなんとかなるかと」

「いくら掃除しててても土足ですからねここ。犬のうんことか踏んだ靴が歩いてるんですよ」

「うんこですか」

「復唱しないでください」

私は九條さんからポッキーを奪ってゴミ箱に捨てた。あんなに大量に戸棚にあるのに、なんでそんな悲しい目をするんだこの人は。

「こんなもの食べたらお腹壊しますよ」

「はい」

「あはは! 相変わらずちゃんは面倒見がいいねー」

お腹を抱えて笑う伊藤さん。面倒見がいいのは伊藤さんです、あなたよりいい人いません。心の中で呟いた。

笑いを落ち著かせた伊藤さんの背後に二人で歩み寄る。三人でパソコンの畫面を覗き込むと、公園と思われる寫真が出てきた。

公園と言ってもだいぶ小さなものみたいだ。広くない敷地に小さなり臺のみ。のハゲた青いり臺からどこか悲壯じる。

「目の前は差點があって向かいに駄菓子屋があったみたいですねえ。開発のために一度綺麗にされ今はマンションが建ったと。駄菓子屋もアパートになってます」

九條さんはポケットから銀の袋を取り出してポッキーを一本齧る。考えるように言った。

「公園、ですか。土地自の問題は可能としては低いかもしれません。まあその公園で殺人事件などがあれば別ですがね」

「まだ全然調べられてないのでこれから見てみますね。あとは工事中に何かなかったか、とかもね。まあ目撃報がと子供ってことですから、工事中の事故による霊じゃなさそうですけどねー」

「よろしくお願いします。ではさん、もうししたらいきましょうか」

「あ、はい!」

私は気合をれて返事を返した。

九條さんと二人車に揺られ、目的地を目指す。新しい依頼をけるときはいつもしは張するものだが、今日はまた別の張がある。

別に仕事なのだから、割り切って対応すればいい、とわかってはいるのだが、経験もない自分は元彼とどう接していいかもよくわからない。

隣でハンドルを握る九條さんはとくに何をいうこともなく、いつも通り無言で安全運転を遂行していた。この調査が早く終わってくれることを心で祈る。

しばらく時間をかけて目的地の周辺まで近づいてきた。なるほど、伊藤さんが言っていたように開発が進んでいる場所らしい、古い道や店並と対照的に、新しく綺麗なマンションや飲食店なども立ち並んでいる。工事中のところもよく見られた、きっとこれからもっと栄えていくのだろう。

道路も真新しく白線が眩しいほど白い。途中商業施設の隣を通り、伊藤さんが言っていたやつだなと思って眺めた。車通りもそこそこ多い。

そこからし進んだところに見えて來たのは信也が住むというマンションだった。五階建てのようだ。新築ということもありデザインも近代的で綺麗だ。隣も似たマンション、向かいは家族向けと思われるアパートが建っている。

近くにあった駐車場に車を停め、九條さんと外へ出た。高いマンションを見上げてみるも、今のところ嫌な気などは何もじない。

ごくごく普通の空気。

「三階だそうですよ、行きましょうか」

九條さんの聲掛けに頷いて歩き出す。

エントランスにたどり著きインターホンを鳴らす。くぐもった信也の返事があり、ロックが解除されてエレベーターへ向かう。そういえば、エレベーターにの霊がいたって目撃報あったっけ。

九條さんも同じことを思い出したのか、ボタンを押してキョロキョロと辺りを見回した。

「今のところ何もじませんが……さんはどうですか」

「私もです。話によると、の霊と子供の霊の目撃でしたよね」

「ええ。まあ、たまたま通りがかった霊なのか常在する霊なのかまだわかりませんけどね。それより、原さんが経験したという衝撃が気になります。あれは隣人も験したといってましたね」

「ああ……部屋が揺れるような覚、というやつですか」

ポン、と高い音がしてエレベーターが到著する。恐る恐るそれにのりこんでみるも中には何もいなかった。三のボタンを押して扉を閉める。

「もし理的に原因があるとしたら、お隣さんとじた時間が違ってるっていうのは不思議ですもんねえ」

「その通りです」

上昇していく箱はすぐに目的の場所に到著した。私たちはそこから降り、左右を見渡す。別段不思議なことは何もない、綺麗な廊下だ。真新しい黒い扉が靜かに連なっている。

信也の部屋の前まで辿り著きインターホンを鳴らす。ここまできて、張した。仕事なのだからプライベートなは置き去りにしなくてはならないというのに。

扉はすぐに開いた。信也は私と九條さんに頭を下げる。私をちらりと見ると、合った視線に気まずさをじる。そのまま中へり案された。

1LDKということだった。リビングは結構広々している。さすが新築だ、何から何までピカピカだ。九條さんはぐるりと見渡すと言った。

「一度全ての部屋をチェックしてもよろしいですか」

「はいどうぞ」

「では失禮します」

彼は遠慮なく部屋の中を確認し出す。私は洗面所に行こうと思い、リビングのすぐ隣にある扉を開けた。おしゃれな洗面臺や風呂場が見える。じっと隅から隅まで見てみるが、変なものは見えないしじない。

全て見終わりリビングへ戻ると九條さんが私を見た。目線でお互い何も見つけられなかったことを悟る。

信也が言った。

「俺は調査中リビングで寢ようと思って……寢室の方をお二人の控えにしてもらっていいんで」

「分かりました。早速録畫してもよろしいですか」

「はい、それで分かるなら」

彼はずっと固い表のまま話す。どこかじた。おそらく、彼は私たちの調査に疑心暗鬼だ。そりゃなあ、私の視える力を信じられなかったぐらいだ、多分本當に霊なんて存在するのかどうか疑ってるだろう。

仕方ない、と思う。信也は見えない人だし、部屋が揺れたり妙な気分になるのも、霊障だとは信じきれないだろうから。

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