《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》揺れと悲鳴

驚きでを停止させた。耳をつんざくような高い悲鳴。間違いなくが力の限りんでいる聲だ。

目の前の九條さんも聞こえたのかハッとした顔つきになる。その悲鳴はどこか遠くで起こっているものではなく、すぐ近くで発せられたようだった。間違いなく、この部屋で。

次の瞬間、地面が揺れた。地震とはまるで違う揺れだ。何かが強く衝突してきたような衝撃で、マンションの壁が吹き飛んだのかと思った。それと同時に突風をじた。を真っ直ぐ保っていられないほどの勢いに、私はついにバランスを崩し九條さんに向かって倒れ込んだ。

すぐにわかった。信也が言っていた揺れのことだと。

顔を上げて辺りを見るが、部屋のどこにも変わった様子はない。壁はちゃんとあるし、いつのまにかの悲鳴も消えている。狹い寢室は、あっという間に沈黙の部屋へと変貌していた。一瞬の出來事に唖然とする。

部屋が揺れる、って言ってたけど、想像以上のものだった。どこかで発でも起こったのかと勘違いしてしまう。これだけの揺れが起こったなら、普通他の住民も大騒ぎしているはずだ。信也と高橋さんはじているようだが、きっと気づいていない住民もいる。間違いなく霊障だろう。

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さん大丈夫ですか」

「え? はっ! す、すみません!」

下から聲がきて見下ろすと、黒い瞳がこちらを見上げているのに気がつく。衝撃のせいで九條さんの上に倒れ込んだのを忘れていた。慌てて彼の上からどく。

「すみません、すみません! 上から倒れちゃって……九條さんどこかぶってないですか?」

「別に大丈夫ですよ。それにしても、想像以上の揺れでしたね。これが頻繁に起こるのでは住んでいる者は參ってしまうでしょう」

「あの、悲鳴聞こえました?」

「はい、聞こえましたよ。の聲でした。それと名前らしきものを呼んでいましたね」

「え!」

私はただの人がぶ聲しか聞こえなかった。だが、霊と會話するのが得意な九條さんには違うように聞こえたのだろうか。

彼は思い出すようにポツリと言った。

「『まこと』……」

「まこと?」

「ひどい聲なのでうまく聞き取れませんでしたが、そう言ってるように聞こえました」

び聲、それとまことという名前。一なぜそのはあんな聲を上げたのだろうか。悲しみと絶と驚きを、全て兼ね備えているような悲痛な聲だった。

すると、部屋をノックする音が響いた。返事をするより前に、慌てた様子で扉が開かれた。

「すみません! 今揺れたと思うんですが、どうですか?」

信也だった。リビングにいる彼も揺れをじたようだ。二人で頷く。

「ええ、盛大に揺れましたね。それとび聲も。原さん、んだのは初めてなのですか」

「え? 聲なんて聞こえました? 俺は揺れをじただけですけど……」

キョトン、として言った言葉を聞いて、なるほど信也には聞こえていなかったのだと知る。多分鈍な方である彼は揺れをじるぐらいしか出來ないのだ。

九條さんは説明する。

「我々にはの悲鳴らしき聲も聞こえました。それと同時にまこと、という名を呼ぶ聲も」

「まこと、ですか?」

「心當たりはありませんか?」

「いいえ。知り合いにそんな名前の人はいません」

「そうですか。あの揺れは原さんがおっしゃっていたように、地震などではありませんね。マンションに車でも突っ込んできたのかと思いましたよ。恐らく霊障だと私は思っています」

「霊障、ですか……」

どこか複雑そうな顔をする。多分、霊障だなんて信じられない、でも他で説明がつかない狀況に戸っているんだろう。

九條さんはし考え込み、私に言った。

「伊藤さんにもこのまことの件は報告して結果を期待しましょう。さん、今度はもう一度階段やエレベーターに行きます」

「はいわかりました」

「と、その前に私はトイレを拝借しますね」

「どうぞ、目の前の扉です」

九條さんは立ち上がり、部屋から出ていった。私は床に置きっぱなしのポッキーたちや飲みを一度簡単にまとめておこうと手をばす。すると背中に、控えめな聲がした。

はっとする。恐る恐る振り返ると、信也がこちらを見ていた。そう呼ばれるのはどれぐらいぶりだろう。

彼はし困ったような表で、でも無理に口角を上げて言った。

「えっと、元気そう……だな」

そんな風に聲をかけられただけで、心臓が収するようになった。悲しさとか、しさとか、怒りとか、いろんなを混ぜ合わせて私を押しつぶす。

でもかろうじて頷き答えた。

「うん、今は充実した毎日を送ってるよ」

信也は黙り込んだ。気まずい雰囲気に耐えられなくなりそうだ。彼はポツリと小さな聲をらした。

「急に仕事もやめたから、驚いた」

ちょっと恨みを込めた視線を彼に送る。が、信也の悲しそうな顔を見て、何も言えなかった。本當は怒ってやりたかった、一誰にどんな話をしたの? まともに仕事をこなせないほど嫌がらせをけたんですけど。

でも、その顔を見るにきっと信也はそれを知らないんだろう。どこでどうなったかは分からないが、過去のことをグダグダ言いたくなかった。というより、慎ましいながらも平穏に過ごしているこの毎日を、揺るがしたくなかったのだ。彼はただの依頼人、そう接するのが一番だと思っている。

「まあ、ちょっと」

「連絡もつかないし、アパートも越してたし、どこに行ったんだろうって」

「私に連絡したかったの?」

あんな仕打ちをしたくせに、なぜ? そういう意味を込めて強めに言うと、信也はまた黙り込んだ。私は視線を逸らす。

結婚しよう、と言ってくれた彼はどこにもいない。あの時のは枯渇した。遠い昔のようで、でも昨日のように思い出せるのに。

と別れた理由を尋ねようとして口を閉じる。仲がいい姉妹でもないのに、そんな事を聞いてどうするというのだ。

「信也も、聡も信じてないと思うけど、うちはちゃんとした事務所だよ。私はこの仕事を誇りに思ってやってる。いい人たちに囲まれてるし、それなりに幸せなの」

私はキッパリと言い切った。これは見栄でもなんでもなく、本當のこと。一度は死んでしまいたいくらい落ちたけど、今は本當に幸せにやってる。

信也はこちらをじっと見て、意を決したように口を開いた。

、俺」

さん、お待たせしました。いきましょうか」

その言葉に被せるように九條さんの聲がした。信也の背後から彼が現れる。私はほっとして頷いた。九條さんはじっとこちらを見つめている。

「はい、行きましょう。あ、スマホだけ持って、っと。大丈夫です」

「では、原さん。我々は外に出て調べますので」

信也は何も言わずに頷いた。私は彼を通り過ぎ、九條さんの隣へと急ぐ。そのまま信也の方を振り返ることなく、玄関へと歩いた。

扉を開けると寒さがぐっと厳しい。外はすっかり暗くなっていた。信也の部屋から出たことで、なんだか肩の力が抜けてほっとする。

「すみません、二人にして」

「え?」

突然九條さんが謝ってきたので隣を見上げた。彼は頬を掻きながら言う。

「気まずかったでしょう」

「い、いえ! そんな、トイレに行く時間ぐらい大丈夫ですよ! それに九條さんがそんなことを気遣ってくれるのがびっくりです」

「まあ、ここに來る前に伊藤さんに『なるべく二人にさせないよう気をつけて』と言われたんです」

「なるほど……さすがの……」

さすがの伊藤さんだ。気遣いすごい。でも、それを覚えて忠実に守ってる九條さんも素直で優しいなと思ってしまったり。

私の顔を覗き込む。

「何か言われましたか」

「……いいえ。世間話です。元気そうだね、って」

「そうですか。言いましたがあなたが嫌だと思ったら調査終了ですよ。すぐに言ってください」

「大丈夫です。ありがとうございます」

私は微笑んで返事をした。伊藤さんと九條さんの優しさが、この寒い冬すら暖かくしてくれそうだと思った。

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