《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》

しばらくマンションを歩き回っていた。

時々住民の人と會ったので、ここに住んでいるふりをして尋ねた。『さっき地震あったように思ったんですが、じました?』と。

相手は首を振って不思議そうにした。信也よりさらに鈍タイプなのか、あの怪奇は限られた部屋にだけ起こるのか。

無駄にエレベーターに乗ったり階段を降りたりしながら、何度もマンションを行ったり來たりした。エントランス周辺の観察を終え、また上にあがろうとエレベーターを呼び出しながら私は言う。

「九條さん」

「はい」

「これ、私たち通報されませんかね? このマンションに監視カメラあったらどうしよう」

「エントランスにありましたね」

「げ!」

「まあ、その時はその時です。原さんに説明してもらえばいいでしょう」

のほほんと言ってるけど、こんなにマンションを徘徊してる人間なんて住民からみたら不安要素でしかないのに! 大事になったらどうしよう、とげんなりする。

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ちょうどやってきたエレベーターに乗り込む。他に人はおらず、私と九條さん二人きりだ。とりあえず一番上の階のボタンを押してみる。

「はあ……警察のお世話になったらどうしよう」

「今まで言ってませんでしたが実は何度かそう言ったことがありました」

「げげ!」

「大丈夫です、ちゃんと事を話して伊藤さんに迎えにきて貰えば注意だけで帰れます」

(大丈夫って言っていいのかそれは?)

呆れながら目の前の『閉』ボタンを押した。警察の人からみても怪しいだろうになあ、心霊調査してます、だなんて。実は目をつけられてたりして。

そう考えながら扉が閉まるのを待っていると、一向にそれがかないことに気がついた。

「?」

私は再び『閉』ボタンを押す。しっかり點滅するが、やはり目の前のドアはまるでかない。

「あれ、なんだろう不合かな?」

私はボタンを連打してみる。それでもびくともしない扉に首を傾げた時、私の手首を九條さんが摑んだ。しひんやりしたその溫度に心が跳ねる。

さん」

「え?」

低い九條さんの聲に止まる。彼はじっとエレベーターの外を見つめていた。私もそっちに視線を恐る恐る移す。

離れたところに一人のが立っていた。エントランス前は照明も明るく煌々としているのに、そのはぼんやり霞んで見えた。彼は一ミリもかず、こちらを向いてただ立ち盡くしていた。

黒髪が長く、腰あたりまでびている。遠目からでもわかるほど髪は広がり、ボサボサになっていた。ひどくうつむき、髪が顔を覆っているので表までは見えない。涼しげな半袖のブラウスに、黒の膝丈のスカート。片方だけヒールのないパンプスを履いており、もう片方は足となっている。私はその姿を見た瞬間、うっとの気が引き口を抑えた。

の足は脛の辺りから先が曲がり、変な方向へ向いていた。腕にも真っ赤ながべっとりついていて、あらゆるところに傷がある。今出したばかりのように見えるがテカテカとっている。両手をだらりと垂らした腕も、関節がありえない方向へ折れ曲がっていた。

(なんて姿……死ぬ時に何かあってああなったの?)

長い髪、という共通點だけだが、高橋さんが見た人と同一人かもしれない。すぐさま九條さんがエレベーターから出ようと足を踏み出した。

が、それまでなんの反応もなかった扉が突然閉まり出したのだ。それも、凄い速さで。慌てて今度は『開』ボタンを連打するも言うことを聞かない。九條さんは手をり込ませようとするが、それすら間に合わない速さだった。

「待ってください、あなたはなぜここにいるのですか」

聲を上げるも、屆いたのか。私がボタンを連打する音だけが箱の中に響いている。そしてそれはゆっくりと二階に向けて上昇していくのだ。せっかく霊本人に會えたのに、接できないなんて。すぐに降りるために二階のボタンを押してみるが、間に合わなかったのかエレベーターは無視して上がっていく。

そこではっと足元の異常に気づく。

「く、九條さん」

彼が視線を下ろす。

扉に、黒髪が一束挾まっていた。

それはウネウネと生きのように蠢いている。何かを探すように。

私は後退りして扉から離れる。九條さんはじっとそれを見下ろしていた。さっき見たばかりのを思い出す。垂れた長い黒髪、あの人のだ。

その髪のたちのきは、不気味で、けれどどこか寂しかった。私たちを威嚇しているというより、うまく説明できないが何かを求めているようにじるのだ。黒い蟲が悶え苦しんでいるような、そんなふうに見える。

エレベーターが停止した。三階に到著したらしかった。ゆっくりと扉が開くと、その瞬間黒髪は消失し、戸の向こうにも何も存在しなかった。誰もいない。

私たちは一度ゆっくりと顔を出した。靜かな廊下が存在するだけで、あのがいるわけでもない。

さん、もう一度一階へ」

「はい」

顔を引っ込めた私たちはすぐに扉を閉めて一階へと戻る。だがなんとなく、もうあの霊はいないだろうなとじた。

「どうみえましたか先ほどの霊は」

「あ、えっと、髪の長いの人です。顔はよく見えなかったけどそこそこ若いじかな……傷だらけで見るに耐えれませんでした」

「傷だらけ?」

私は頷く。

「出もひどいし、足も変な方を向いていて。半袖から見える腕もまみれです、痛そうで痛そうで……」

「死因が関わっているのかもしれませんね」

「痛々しかった……」

あんな姿のまま、一なぜ歩き回っているんだろう。九條さんと會話できればいいのだが。

すぐに一階に戻ったエレベーターから急いで降りてみるが、やはりというかあの人はもういなかった。エントランスは嫌なじもなく、帰宅してきたばかりなのかサラリーマン風の人が不思議そうに私たちを見ている。

一応隅々まで観察した。でもやっぱりもういない。

九條さんが殘念そうに言った。

「聲は何も聞こえませんでした……」

「そうですよね。でもなんていうか、攻撃的なじはないですよね。悲しいオーラの方が強いような」

「それは同ですね。はあ、振り出しですか」

ため息をついた九條さんは、とりあえず今日収集できた報を一度伊藤さんに報告します、と電話を取り出した。

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