《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》言い間違い

結局、私と九條さんはもうしばらく仮眠をとることにした。住民も活するであろう朝方では、霊と接できたとしても邪魔がる可能もあるからだ。昨晩の疲れが全然取れていなかったので私としても大賛だった。

雑魚寢をはじめる私たちに、伊藤さんは部屋の隅で何やら仕事をしていた。

結局晝ごろ目覚め、簡単に晝食を取る。その後、ようやく本格的に三人でマンションを歩き出したのだ。

悲しい気をじたことから、やはり真琴ちゃんは階段らへんにいるかもしれないと話し階段へ向かった。エレベーターがあるので住民も使うことがない。だから散策しやすいというのもある。

三階から一階まで降りていく。今日の天気は曇りだった。寒さも突き刺すような気溫で、らないため薄暗かった。特に階段は上部に心細い窓があるぐらいで、晝間だというのに夜だと錯覚してしまいそうだった。白い蛍燈が點いているのが幸いだ。

一階部分の階段にたどり著き、あたりを見渡す。今のところ誰も見えない。

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伊藤さんは一番下の段に腰掛けると、壁にもたれながら唸った。

「うーん、流石にここで寢れるかなあ僕」

伊藤さんは質的に霊を引き寄せやすいらしいのだが、寢てる時が特に凄いらしい。なのでエサの役割のためにあえて現場で睡眠をとるのだ。

でも確かに、寒いし固い地面だし階段だし。ここで寢るのは大変そう……。私は慌てて言った。

「寢たら風邪引きません? 無理しなくても待ってれば來るんじゃ」

「うーん、確かに寒いね。ちゃんハグしてあっためて」

「!?」

「ごめん、九條さんみたいなアホなこと言った」

伊藤さんがこういう冗談いうの珍しい気がする。まあ即座に自分でアホなことって言ってたし、ちょっとふざけただけなのかな、笑ってしまった。サラリとアホ呼ばわりされてる九條さんは特に気分を害している様子はない。それどころかこう言った。

「では私が溫めましょう」

「やめてくださいよ! 僕そっちの趣味ないですって!」

「私だってありませんよ」

「もー、誰かに見られたらびっくりされますよ。ねえちゃん?」

「私はちょっと見てみたい気も」

「え、なんで?」

三人でガヤガヤとしばらくくだらないことを話しながら笑う。私は持ってきておいた布を伊藤さんのに掛けた。お禮を言いながら布で小さくなる伊藤さんを、どこか可い、と思ってしまったのは緒だ。

「では、さん。我々はし離れたところから伊藤さんを観察しましょうか。さすがにここで寢るのは厳しいでしょうから、引き寄せるのに時間がかかるかも。相手は子供ですから、私たちが近くにいない方が寄せやすいかもしれません」

「それもそうですね。伊藤さん、無理しないでくださいね」

「ありがと! 眠れそうだったら寢るよ」

伊藤さんはポケットからスマホとイヤホンを取り出し、につけた。音楽などを聴いてリラックスする作戦なのかもしれない。私と九條さんはそうっと階段を登り、あまり広くはない踴り場まで出た。し距離はできるが、伊藤さんの後ろ姿はしっかり確認できる。

隅のほうにしゃがみ込むと、こんな姿住民の誰かに見られたら本當に不審者だろうな、と心配した。

勿論暖房なんてっていないその場は寒い。外よりはだいぶマシとは言っても、季節は真冬だ。私は手をり合わせてを震え上がらせた。ホッカイロでも持って來ればよかった。伊藤さん、やっぱり寢ない方がいいよね、絶対風邪ひいちゃう。

しばらくそのまま沈黙が流れる。時折、エントランスに人が通った音を遠くに聞いた。話し聲や足音などがわずかに響いてくる。

「寒いですか」

小聲で九條さんが聞いてきた。隣を見ると、彼は普段と何も変わらない様子で座っている。あまり分厚いとは言えない白いセーターに黒いコートだ。私より薄著に見えるのに、震えている様子はない。

「寒いです。これでも五枚きてるんですけどね。九條さん寒くないですか」

「まあ寒いですね、凍えそうです」

「全然見えませんね……九條さん暑いも寒いも顔に出ませんよね……」

「そうですか? これでも特に寒さには弱い方です」

「ハグして溫めてあげましょうか?」

私はニヤリと笑って言った。いつもなら九條さんがぶっ込んでくる冗談だ、たまにはこちらが先行してやろうではないか。

九條さんはてっきり冗談返しで、「お願いします」とか言ってくるのだろうと思っていた。だが、予想に反して、彼はどこかを見てしだけ口角を上げた。突然見せられた笑顔に、ちょっとだけを高鳴らせる。

「な、なんですか」

「いいえ。まだあなたがうちの事務所にる前にこなした依頼で、こうやって伊藤さんをエサに待っていたことがありましたね。あの頃さんはし尖っていたので、そうやって冗談を言えるようになったのが面白いと思いまして」

「と、尖ってたって」

私は俯いた。あれだ、九條さんと知り合って間もない頃だ。最初は無想で何考えてるか分からなかったし、正直苦手だった。でも仕事面では真面目で、頼りになるってことが徐々にわかって。

見直したんだよね、九條さんのこと。それどころか、無謀にもをしてしまったわけですけども。

あの時は特に、母を亡くし仕事を無くし信也に振られ、今よりずっと暗かったから、尖っていたと言われても仕方ない気もする。

小聲でボソボソと答える。

「あの頃は……まだ慣れてませんでしたし、自分も人生を悲観していたので……でも、今は九條さんと伊藤さんがいて、自分なりに楽しくやってるので」

「ええ、分かります。あの二人の依頼、一年前のあなたならけられなかったでしょう。今回けると言ったあなたに、し嬉しくもありました。立ち直れてなければ無理なことですから」

そう優しい聲でいった九條さんは、本當に嬉しそうに目を細めた。直視できない景に、ただ必死に息を繰り返す。が苦しい。

無意識に私をこんなふうにしてしまう彼を憎いと思う。何度だって諦めようとしてるのに、いつだって私を磁石のように引き寄せる。こんなに罪な人間がいるだろうか、ポッキー星人のくせに。

「私が……立ち直れたのは」

新しいのおかげでもあるんです。

そう口からこぼれてしまいそうになった時、伊藤さんの後ろ姿が目にって慌ててつぐんだ。何を言おうとしたんだ自分は。告白するつもりなんてなかったし、するにしてもこんなシチュエーションだめすぎる。

この男のせいだ。九條さんがこんな時にあんなことを言うから、ついポロって溢れちゃいそうだった。ポッキー星人め、あっちのペースに巻き込まれてはダメなのに。

必死に自分の心を落ち著かせる。冷靜になろう、今は仕事のことを考えなきゃ。何度か深呼吸をして仕事モードに戻す。伊藤さんの方を向くと、彼はイヤホンをつけたまま壁にもたれていた。眠っているのか、目を閉じてじっとしているだけなのか。

と、違和に気づく。

彼が肩にかけている布だ。らかそうな茶のそれは地面に向かって垂れている。その裾部分がわずかにいているのだ。伊藤さんはじっといていないので、彼のせいでないことは明白。

じっと目を凝らす。裾が伊藤さんとは反対側に引っ張られている。誰かが弱い力で恐る恐る引いている、そんなイメージで。

私は小聲で隣の九條さんに言った。

「ポッキーせいじ……じゃなかった九條さん!」

「今何と言い間違えようとしたんですか?」

「伊藤さんのあそこ、見てください!」

彼も視線をむけ、すぐに表を厳しくさせた。私はさらに集中して布を見つめる。

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