《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》寒い
部屋に帰ると、信也は一人リビングで待っていた。聡は楽しそうに彼に駆け寄り、今階段であった出來事を話している。調査する手間が省けていい、と思いつつ、聡が時々棘のある言い方をするのが気になった。
九條さんと伊藤さんは、もう相手にするな、というように私に視線を送る。私は黙った。
その後し休憩をとり再び三人で階段へ向かったが、待てどもまことちゃんは出てこなかった。騒がしくしてしまったため警戒しているかもしれない、と九條さんは考え、もうちょっと時間を置いて靜かな夜にでも再チャレンジしよう、と提案した。
では明穂さんの方と接を……と思ったのだが、まことちゃんが明穂さんを拒んでいるのなら、今明穂さんと話しても私たちにできることはない。やっぱりキーはまことちゃんにある。
伊藤さんは、まことちゃんが明穂さんに會うのを拒む理由を調べてみようと考えているらしい。が、さすがに難しいだろうなという見解だった。
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「いやさー元々、新聞とかの記事にはまことちゃんの名前すら書いてなかったんだけどさ、駄菓子屋の人が知っててくれたんだよね。何でも常連だったみたいで」
いつのまにか日が赤くなっていた。パソコンの前に座り込んでいる伊藤さんが苦い表をして言う。九條さんは珍しくポッキーではなく他のチョコレート菓子を食べていた。今日は槍が降るだろうか。
「もう潰れちゃったけど、なんとか駄菓子屋の店主だった人の連絡先が分かってね、電話できいたんだよね」
「一日でよくそこまで……さすがです、伊藤さん。駄菓子屋の人も店の前で起こった事故だから覚えてるでしょうね」
私は心して言う。
「そうだね、悲しい事故だったしね。ここを待ち合わせにしたくらいだから、近所に住んでるだろうとは言ってたよ、駄菓子屋にもよく來てたし。でもどこに住んでるかまでは知らないって」
「そりゃそうですよね」
「さっきもう一度電話して聞いてみたけど、まことちゃんはよくいる元気な子供ってじで、明穂さんもちらっと見ただけだけど優しいお母さんってじだったみたい」
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私は頭の中で考える。仲のいい親子だったのに、會いたくないと思ってしまうほどだなんて、なぜなんだろう。
黙っていた九條さんが口を開いた。ちなみに口の端にチョコレートがついている。
「例えばですが、待ち合わせの時間に遅れてしまっただとか。自分が遅刻したせいで事故に巻き込まれてしまったと考えている可能も」
「ああ……」
「子供は結構繊細でいろいろなことを考え自分を責めますから。とにかく理由を聞いて、心配事をとってあげるのが重要です。さっきの様子では、會話は難しくなさそうでしたが……」
確かに、聡が來なければ話が出來そうだった。今回は九條さんの會話の能力が重要になりそうだ。あと伊藤さんの引き付け。
九條さんは空になったチョコレート菓子の箱をそこいらに置くと、立ち上がる。
「さて、もう一度行ってみますか、だいぶ日も暮れてきました」
「はい、ところで九條さんチョコレートついてますよ」
「そうですか」
「いや取ってよ! はいどうぞティッシュ!」
慌てて持っていたポケットティッシュを差し出した。多分拭くものもないのでこのまま部屋を出ようとしたなこの人。なんてだしなみに無頓著なんだ。
彼はめんどくさそうに私からけ取り適當に口の周りを拭いた。伊藤さんが笑いながら立ち上がる。
「仲良いですねえ、伊達に一年コンビ組んでないですね。さーもう一回行きましょうか!」
そう言いながら、寢室の扉をかちゃりと開ける。さて玄関に行こうと三人で足を踏み出したとき、背後からバタバタと足音が聞こえて振り返る。
聡と、信也が出てきた。聡はどこか意気揚々として、信也は困った顔をして。何事だと二人を見ると、聡が言った。
「調査の続きでしょ? 私たちも行かせて!」
「は!?」
驚きで聲を上げてしまった。今まで、調査に同行したいなんていう依頼人はいなかった。しかも、霊を信じてないだろう二人が。急にそんな突拍子もないことをなぜ?
九條さんが厳しい聲で言う。
「相手は繊細です。先ほどのように接中に邪魔されては解決できるものもできなくなります。それにあなた方は視る能力はないのだから、一緒にきても無駄ですよ」
「今度は大人しくしてますって! 離れたところから見學です。そりゃ私も信也も視えないですけど? 依頼してるんですよ、一どうやって調査をしているのか観察する権利はあります」
そう言われば、九條さんも黙るしかない。だが、普通の依頼人なら九條さんもこんなに渋らなかったと思う。なんせ、あの二人だから難を示しているのだ。
はあと息を吐き頭を掻く。ちらりを私を見たので小さく頷いて見せた。しょうがない、あとで何か難癖つけられるより、その目で見てもらった方がいい。
「わかりました、その代わり決して邪魔はしないでください」
「やったー信也、いこ!」
信也はどこか申しわけなさそうにしていた。聡は素直に嬉しそうにしている。しかし、元々付き合っていたのにこんなに仲いいなんて、円満な別れ方をしたんだろうなあと想像する。私は無理だもんな、し話すので一杯。
仕方なしに三人で部屋を出て一階に降りていく。ゾロゾロと中々の人數だ、はたから見ればこれから宅飲みでもするのかと微笑ましく見えるだろう。殘念ながら私たちが向き合うのは酒ではなく霊だ。
晝間よりさらにひんやりと冷え切った階段は、當然ながら誰もおらず薄暗い。私たちの足音がやたら響いては反響し耳に返ってくる。伊藤さんを先頭に、無言で降り続けた。
ようやく一階に到著したとき、九條さんは聡たちにし離れて観察するように言った。二人は素直に頷き、踴り場の隅の方にしゃがみ込む。私と九條さんも同じように、伊藤さんとは距離を置いて待機した。
伊藤さんは寒さにぶるっと震えながら、布を肩にかけ、晝間のようにイヤホンをした。冷え切っているであろう白い壁にもたれかかる。
ぐっと寒さは厳しくなっている。晝間の経験を活かしてホッカイロを持ってきたので、ポケットから取り出して手でんだ。私と九條さんの背後には、聡たちが座っている。
ちらりと背後を見てみると、持參したであろうブランケットを仲良く二人で膝にかけていた。本當に別れたのか? と疑問に思うほど。
肩を寄せ合って座るその姿は、不思議とを痛ませた。信也に未練なんてもうないけれど、それでも複雑な思いになってしまう。し前まで、あの場所には私がいたんだなあなんて思ってしまうのだ。
前を向いてみないようにする。気を紛らわせるようにカイロを無駄にんだ。溫かな溫もりが伝わってくる。
ぼんやりと考えた。あの日、信也と街を歩いている時、聡に會わなかったら結婚できていたんだろうか、と。そんなことを今までも考えなかったわけじゃない。
でもすぐに首を振った。もし萬が一できていたとしても、結局この力はいつかバレていた。そしたら上手くいかなかっただろう、むしろ結婚する前にわかってよかったかもしれないな、なんて。
隠してたのがいけなかった。付き合ってる間に早く言っておけばよかったんだ。すぐに話してたら、そのまま別れて無駄な二年を過ごさなくてよかったのかもしれない。怯えていた自分が悪い。信也からすれば、もっと早く言えよって恨んでいたかも。
手先が冷えて痛かった。カイロを両手で包み込む。一個じゃ足りなかった、もっとたくさん持って來ればよかった。夜だから晝間より冷え込むことはわかっていたはずなのに。想像以上に、寒い。
伊藤さんの背中を見つめるも、今は特に異変はない。聡たちがいることで、まことちゃんが出てきにくかったらどうしようか。し様子見をして無理そうなら、九條さんが何か言ってくれるはず。
けほっとから咳がれた。手で口を覆いながら、もしかして風邪をひいてしまったのか、と思う。一つ出ると次に咳が繰り返し出てくる。
なんだ、何かがおかしい。自分のが自分ではないように。
「さん?」
九條さんが私の方をみた。返事をしようとしたが、なんだか息苦しくてうまく返せなかった。同時に、ずっと寒いと思っていた場所がなお極寒にじ、全が震え出す。歯と歯がカチカチ音を立ててぶつかった。
私は両手で必死にをさする。そんな様子に気づいた九條さんが目を丸くした。
「さん!」
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