《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》名前も口にしたくないアイツ
すると、予想外の聲が上がる。
「私が見ててあげよっか」
全員の視線が聡に集まる。彼はし困ったように視線を泳がせながらいう。
「所で待っててあげる。倒れたりしたらすぐ見つけられるから」
「いいの?」
「別に。汗まみれなのが可哀想だなって思ったから」
聡はぶっきらぼうにそう返事した。九條さんをちらりとみると、やや心配そうにしていたが、まあいいですよ、と答えをくれた。
「じゃあ……お願いする」
そう小聲で言うと、聡は返事もせず先に風呂場へ向かっていってしまった。私は一度著替えを持って風呂場へ向かう。著替えを置くと、ちらりと聡の方を見る。
彼は隅の方に座り込み、持ってきたスマホを取り出して何かを見始めた。妹とはいえど、仲のいい姉妹ではない。子供の頃以降お風呂なんて一緒にってないし、ちょっと恥ずかしい。
だがそんなことを言ってられないので素早く服をぐ。案の定、フルマラソンでもしてきたのか、って言いたいほど服はぐしょぐしょだ。コインランドリーに行く時間があればいいんだけど……。
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とりあえずそそくさとシャワーを浴びる。特に気分が悪くなることもない。急いで終えるとすぐに出た。聡は変わらず隅の方で座り込んでいる。
無言のままを拭き下著をつけたとろこで、突然聡が聲を上げた。スマホから目線を外すことはない。
「ここの霊、母親と子供が會いたがってるっていう設定なんだね?」
「設定、って……まあいいや、今のところそう考察してるよ」
「ふーん」
洋服を著ながら、もう聡の棘のある言い方は気にしない方がいいんだと自分に言い聞かせていると、やや低い聲がした。
「なんでお母さんの一周忌呼んでくれなかったの」
突然そんなことを言われて振り返った。聡は変わらずスマホを眺めている。
「え」
「それとも何もしなかったの? まあ、親戚とか呼ぶ人もいないだろうけど」
「よ、呼んだよ」
私がそう答えると、初めて顔を上げた。目を見開いてこちらを見上げている。
「聡の連絡先はわからなかったから直接は呼べてないけど……お父さんには連絡してある。お父さんの連絡先もわからなくなったから、申し訳ないけど會社に電話して伝えた。『葬式は出たんだからもういいだろ』って言われて……聞いてなかったの?」
聡はそのまま視線を下ろした。その様子を見るに、父から何も聞いてなかったんだとわかる。そして、聡は參加したかったんだ、ということも。
そう、私は母の一周忌について父に連絡を取っていた。特に參加するつもりはないと意思をきき、結局は私一人で墓參りをし、お経を上げてもらっただけで終わってしまったのだが。
私と母は、『霊を信じる頭のおかしい親娘』と父から呼ばれていた。元々なかった親戚も疎遠になった。母方の祖父母も亡くしているし、呼ぶとすれば聡たちしかいなかった。
聡はし黙り込んだ後、話題を逸らすように言う。
「てか、連絡先消したの私だけじゃなかったんだね」
「消したわけじゃ」
「スマホ壊したとか? そんなの、お母さんが使ってた攜帯見ればなんとかなるじゃん。消したんでしょ?」
言おうとして口籠る。本當は、一度母の元へ行こうとしたこと。攜帯も解約して、家も家電も捨てて、誰も來ない廃ビルから飛び降りようとしたあの過去を、聡に言うのは抵抗があった。
言い返せない私を鼻で笑う。そして立ち上がった。
「終わった? もう戻るよ」
そう言われて急いで殘りの服を著ていく。所から出ようとした時、聡が言った。
「てゆうかさっきの。顔とか汗とか普通じゃなかったから演技だとは言わないけど、何か病気なんじゃない? 調べてもらったら」
それだけ言うと、彼はさっさとリビングの方へと向かって行ってしまった。
「さて、先ほどの出來事について何が起こったのか正直なところ分かりません。明穂さんやまことさんが起こしたものなのか、それともたまたま他の霊と波長が合っただけなのか。もう何度もチャレンジするしかないと思います」
シャワーを浴びおえ、だしなみを整えた後リビングへ戻ると、信也がホットミルクを用意してくれていた。そこはありがたく頂戴し、啜っていると九條さんが早速切り出した。
が溫まるのをじながら頷く。私もマイナスなことを考えてしまったからな、うっかり誰かにられてしまっただけかもしれない。
通事故で亡くなった二人と、あの験は結びつけるものがない。他にも霊がいるかも、と思う方がスムーズだ。
九條さんは私の方を見て言った。
「さん、調は本當に大丈夫なんですか」
「はい、シャワーも一人で浴びれましたし、もう今は普通に戻っています。行けます」
「無理はしないでください。ホットミルクを飲み終えたらまた一階へ行きましょう。同じ手法ばかりですが仕方ない」
私のホットミルク待ちだと知り、しだけスピードを上げて飲み進める。今度は気をつけなきゃ、プラス思考にプラス思考に。ソファに腰掛けながらそう自分を言い聞かせた。
手に持つ白いマグカップの中が、半分以下になってきたときだ。もうしで飲み終えそうだなとそれを覗き込む。すると、白い水面がちゃぷんと跳ねた。まるで、角砂糖でも放りれたみたいに。
小さな飛沫が飛んだことに首を傾げる。なんだろう今の、何かった? 蟲とか? 全然気づかなかったんだけど……。
そう不思議がってじっと白いミルクを見つめる。すると靜まった水面の底から、何かがゆっくり浮き出てくるのがわかった。黒いものだ。一なんだろう、とさらに目を凝らす。
その正に気がついた時、私はつい聲を上げてマグカップをひっくり返した。長い覚に六本の足、推定五センチほど。ひっくり返った狀態で浮いてきたその姿は、口にも出したくないあの蟲だったのだ。
「わ! どうしたのちゃん!」
「む、蟲が飛びこんできて!」
「蟲?」
そばにいた伊藤さんがすぐさまティッシュでこぼしたミルクを拭き取ってくれる。量がなかったのでそこまで悲慘な狀態にはならなかったが、肝心なのは例のがどこにもなかったということだ。
伊藤さんは拭きながらキョロキョロ辺りを見回す。
「逃げたのかな?」
「それはそれで嫌です! 突然カップの中にってきて、じっと見てたら下から浮いてきたんですあの蟲が!」
「え? 間違えて落ちてきたとしても、ああいう蟲って沈まないんじゃない? が浮いちゃうんじゃないっけ」
そう言われてはたと止まる。確かにそうだ、と気づく。
奴らって大概、水に浮いたまま死んでいる。落下してすぐさま沈んでいくようなものは見たことがない。ともすれば見間違い? いや、あのインパクト大なビジュアルを見間違えるわけがないんだ。
「あ! てゆうかすみません伊藤さん!」
ようやく気付き慌てて自分の手を出して床を拭く。周りにやつが居ないか必死に探してみるが、やはりいない。
私は首を傾げていう。
「絶対に見たと思うんですけど……」
「もしかして出ていけっていう嫌がらせかなー?」
伊藤さんが何気なく口にする。私は勢いよく隣を見た。彼は床を拭きながら言う。
「さっきのちゃんの調の変化もさ。何かの攻撃の一種なのかな?」
「でも、攻撃的なオーラはじなかったんですが……」
「そうなの? まあ僕はわかんないけど、嫌がらせみたいだなって思ったから」
私は九條さんの方を見る。彼も話を聞いていたようで、考え込むようにじっと私のマグカップを見ている。
確かに、飲んでる飲みに蟲をれるなんて完全に嫌がらせだ。私たちを追い出そうとしている? 誰が。
明穂さん。いや、私たちは明穂さんとまことちゃんが再會できるように働いているんだし、彼から反を買うようなことはない。
ともすれば……
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