《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》無責任な発言
そこで外のが部屋にり込む。暗闇に慣れてしまっていたせいか、眩しさに目が眩んだ。だが次に目を開けた時、ようやく部屋の現狀が理解できた。
およそ六畳ほどの狹い部屋に、家ひとつない空間だった。奧にある窓は、なぜかガムテープで目張りされている。
(何……この部屋)
散しているのはゴミだった。お菓子のパッケージやティッシュ、菓子パンの袋などが落ちている。埃や髪のらしきゴミも。絶句するほど部屋は汚らしい。
唖然とする間もなく、部屋に聲が響いた。
「お前牛勝手に飲んだだろ!!」
キンと耳に響く聲だった。そして同時に、一人の男がり込んでくる。
やや小太りで、上下真っ黒のジャージをに纏っている。髭が濃く、髪も無造作でボサボサだ。目元にキツいが宿っていた。
私たちが何かを言うより先に、男は部屋の中にズカズカり込んだ。そして、隅に座り込んでいた子供の髪のを鷲摑みにすると、そのまま思いきり床に叩きつけたのだ。
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予想外のことに聡と二人聲をらした。倒れ込んだ子は、見覚えのある白い服を著ていた。ところどころ黒い汚れが付著しており、その小さなにはだいぶ大きめの洋服だ。
れた髪の隙間から、苦痛で歪む顔が見える。私は瞬時にんだ。
「まことちゃん!」
隣の聡がギョッとしたように私をみた。そう間違いない、目の前にいるのはあのまことちゃんだ。階段で會った時のように鼻やあざは見えなかったが、髪型も服裝もそのままだ。
だが私の聲に何を反応することもなく、男は倒れたまことちゃんを蹴り上げた。小さなが飛ばされ壁に激突する。苦しそうな聲がれた。
先にいたのは聡だった。立ち上がり、果敢にも男に向かったのだ。
「何してんのよこんな小さな子に!!」
怒鳴りながら止めようと男に突進していく。がしかし、聡のはするりと抜けた。男はこちらに気づいている様子もなく、鼻息を荒くしながらまことちゃんだけを見下している。
聡はぽかんとして棒立ちになる。再度手をばして男にれようとするが、やはり全くれない。自分の手のひらを見ながら首を振った。
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「な、なになに、どういうこと!?」
「……私たちはここに存在していない。まことちゃんが生きているのだから、過去のことなのかも」
「はあ?」
意味がわからないとばかりに口を開ける。そんな聡の隣で、男はさらにまことちゃんを蹴り上げた。
腹部を蹴られ、苦しそうに咳き込む。それでも必死にか細い聲を上げた。
「ごめんなさ……どうしても、お腹が、空いて」
「勝手に飲むなって何度も言っただろうがよ!」
「ごめんなさ」
容赦なく男はもう一発蹴ると、今度はしゃがみ込んでまことちゃんの腕を摑み無理やり起こした。まことちゃんの顔は既に涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。私は両手で口を抑え、息すらできずその景を見るしかない。
まことちゃんのと男のの大きさの差は歴然だ。私と聡が固まっても男には敵わないかもしれない。そんな大人に、ただされるがまま暴力をけている。
男は今度は平手打ちした。何かが勢いよく破裂したような音が部屋に響く。その瞬間、まことちゃんの鼻からが噴き出た。私は耐えきれずんだ。
「もうやめて! やめてあげて!!」
「クソガキが、可くねえ」
男は何度も小さなの顔や頭を叩き続ける。無駄とわかっていても、立ち上がりまことちゃんをで覆い庇う。だが無論、彼を抱きしめることもできないし、男は私をすり抜けて暴力を振るい続ける。
聡と二人泣きびながら止めるもそれはしばらく続いた。まるで人形のようにまことちゃんのは跳ね、男の拳をけれている。何度か床に嘔吐すると、男は『汚ねえな』と吐き捨てた。
地獄のような時間だった。こんな小さな子が暴力をけている景をただ見ているだけなら、いっそ自分が変わってあげたほうがずっと楽だ。何も出來ない恐ろしさで、私と聡は手を握り合って泣くしかない。
やっと気が済んだのか、男は息をしているまことちゃんを冷たい目でみた。そして部屋を去ろうと踵を返す。
「お……母、さん、は……」
途絶え途絶えに、かすかな聲が聞こえた。鼻を垂らし目の周りを真っ赤にさせているまことちゃんは、床にぐったりと寢そべりながら尋ねた。
男はめんどくさそうに振り返る。
「あいつが叱ってこいって頼んだんだよ」
それだけ言うと、部屋から出ていった。再び扉が閉められ、部屋が暗闇に戻る。私と聡はすぐにまことちゃんを囲んだ。
「大丈夫? しっかりして!」
聲は屆かない。苦しそうに咳を繰り返し、その目から何度も涙を溢れさせた。小さなを震えさせ、聲を殺しながら泣いている。
こんな小さな子がけた信じ難い扱いに、ただ私は涙するしかなかった。よく見ればまことちゃんの腕はかなり細かった。服で見えなかったが、栄養狀態もよくないことがわかる。
「こんな……ひどい……」
聡も震えて泣く。
私は伝わらないことをわかっていながらも、未だ橫たわる小さなを抱きしめた。本當にこの場にいることが出來たなら。助けを求めてる小さな聲に気づいてあげられたなら。
もう全てが———遅い。
を強く揺さぶられた。頭部がガクガクと揺れているのが自分で分かる。しっかり握られた両肩から、大きな手をじた。
「起きなさい! さん!」
「ん……」
「また水責めされたいんですか!」
九條さんの低い聲が耳に屆く。同時に、伊藤さんの聲も聞こえた。
「聡さん! 聡さん、大丈夫!?」
慌てたような言い方。そこでついに、私は目を覚ました。自分を呼ぶ名より、聡の名前の方に反応したかもしれない。
目の前の九條さんがほっとしたようにいう。
「よかった、目が覚めましたか」
それに返事をするより前に、私は隣を見た。そこにはやはり、聡が目を閉じてソファにぐったりもたれていた。伊藤さんに揺さぶられ、髪のが揺れている。
「! 大丈夫か? 聡と急に気を失って」
信也が心配そうにこちらを覗き込んだ。私はそれに小さく頷くと、力がりにくい手をばして聡の肩を優しく叩いた。
「聡、聡」
微かな力と聲だったと思うが、不思議と彼は反応した。目をうっすら開け、ぼんやりと上を見上げている。ほっとしたように伊藤さんが言った。
「あ、よかった、二人とも目を覚ま」
「いやあ!」
言い終えるより先に、聡がんだ。両手で頭を抱え、怯えたように震え出した。顔を真っ青にし、混している。
「何なに? 待っ、現実? 今が現実なの?」
「ど、どうしたの聡さん?」
「ちょっと待って、あの子は? あの子はどうしたの!?」
金切り聲が響く。九條さんたちは唖然としたまま聡を見ていた。一方、私はといえば、力ないままソファにもたれ、混する聡を橫目で見ていた。
ああ、やっぱり。この子も見たんだ。
あの悲慘な狀況を。
なぜかはわからないが、聡も一緒になって飛んだらしい。
私は未だパニックになっている聡に聲をかけた。
「聡、言ったけどあれはまことちゃんの過去だよ」
目を真っ赤にさせた彼は驚きの顔で私を見た。信じられないとばかりに小さく首を振る。
「え? お、お姉ちゃんも、見た、の?」
「牛、でしょ」
「うそだよそんなの、そんなことありえない!!」
非科學的なことを信じてこなかった聡にとって、衝撃的な験だったのかもしれない。私と聡の様子を見て察した九條さんが、冷靜な聲を上げた。
「なるほど、珍しいパターンかもしれませんね。あなた方二人同時にですか」
「はい、九條さん。まことちゃんが生きていた頃の映像を見せられました」
九條さんは腕を組み、しばし考える。
「なるほど。まあ明確なことは言えませんが、思えばあなた方は姉妹です。今までは聡さんは視ることに関しては何も力がなかったですが、実は素質があったかもしれませんね。それに、ちょうどさんがられる時にあなたにしがみついて著していた。そういう點も何かきっかけになったのかもしれません。
それで、あなた方は何を見たんですか」
私はちらりと隣の聡を見る。彼は小さく震えて俯いていた。そういう私も、あまりにショッキングな映像に口に出すのも躊躇われる。
ゆっくり目を閉じた。九條さんは何も言わずに私の言葉を待っていてくれる。目に焼き付いて離れない景を、忘れたくても忘れてはいけないのだと思った。
『怒ってないよ! お母さんだもん、子供が一番大事なんだよ。會えたら喜んでくれるよ!』
なんて無責任で馬鹿な発言をしたんだろう、と思う。
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