《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》背中のぬくもり

だからまことちゃんは私に見せたかったのかもしれない。そうじゃない親がいるんだと。

明穂さんは映像には出てこなかったが、男が言っていた『あいつが叱ってこいって頼んだんだよ』という言葉を聞いても、母親も暴力を黙認していた。もしかしたら加擔していたのかも。

そんな大人に會った方がいい、と勧めていたなんて。

「まことちゃんは……待をけていました」

ようやく絞り出した聲でなんとか言った。周りの人たちはみんな息を呑む。

上手く飲み込めない唾をなんとか下ろし、見たことをそのまま告げた。狹く汚らしい部屋で大きな男に毆る蹴る暴力をけていたこと。明穂さんの姿はなかったが止めている様子はなかったこと。

私の説明一つ一つに聡は反応した。多分自分が見た映像とピタリ當てはまっているので未だ衝撃が凄いのだろう。

九條さんは厳しい顔で、信也は呆然と、伊藤さんは泣きそうに眉を顰めて私の言葉を聞いていた。誰も言葉を発することなく、自分の悲しい聲だけが部屋に殘る。

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まことちゃんがお母さんに會いたくないと拒否していた理由がようやく分かった。そりゃ待してくる親と會いたいなんて思わないだろう。

いつのまにか自分の目からこぼれていた涙を服の袖で暴に拭いた。黙っていた伊藤さんが苦しそうな聲を出す。

「そんな……駄菓子屋の人の話じゃ、仲良さそうな普通の親子だって話だったのに。幸せそうな、どこにでもいる母親と子供だって。待していただなんて」

「私も信じられません。エレベーターで會った明穂さんは、悲しそうにまことちゃんを探していたんです。だから、大事に育てているもんだと……」

自分も馬鹿だった。お母さんは私をすごく大切にしてくれたからそのことでいっぱいだった。いや、ある意味それがお母さんの素晴らしいところなのだ、私から不幸の人生を忘れさせてくれるほどのだったから。

お父さんはそんなをくれなかったこと、忘れていた。

今現代も、親から子へ行われる待は後を絶たない。テレビを付ければそういったニュースはいやでも目にする。最悪の場合命を奪われた子供たちも大勢いる。

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誰かに助けを求めるさえ知らず、ただ苦痛に耐え続けた挙句殺されている。きっと最期まで親を信じながら。

私たちは忘れるべきではない。いつだって、無償のをくれるのは親から子ではなく、子から親へなのだ。

「まことちゃんを明穂さんに會わせるべきじゃありません、まことちゃんは安らかに眠れなくなってしまいます」

私が涙ならがに訴えると、九條さんは頷いた。だが、どこか腑に落ちない、といった顔で、だ。

彼はどこか一點を眺めながら考えるようにいう。

「それに関しては同意です。このままでいけば明穂さんの浄霊は不可能なので除霊になるでしょう。しかしどうもしっくりこない。待するような親は、子供をアクセサリーや都合のいい道として見ていることもあるので、生前はげておきながら、一人で寂しくなった今まことさんを探している、という展開はまあ分からなくもないです。

それより、そんな酷い待をしてる母と子が幸せそうに待ち合わせをするなんて不自然です。それに駄菓子屋にも頻繁に通っていたという事実も」

確かにと思う。伊藤さんが答えた。

「カモフラージュとかじゃないですか? たまには外で幸せアピールして、待の真実を隠そうとしてたとか」

「なるほど、まあ、ありえなくはないですが」

「現に駄菓子屋の人は待についてはまるで気づいていなかったみたいですし。それか、実は明穂さんの方は加擔してなかった、とかですかねえ」

その言葉に反論したのは聡だ。強くいう。

「そりゃ夢にの人は出てきてなかったけど! あの口ぶりじゃ加擔はともかく黙認はしてたよ、黙ってるならやってるのと同罪だって!」

言いながら彼の目も真っ赤になっている。私はその背中にそっと手を置いてさすりながら言った。

「まあ、黙認しててやばいと思ってたから、伊藤さんの言うようにカモフラージュしてたんでしょうか。時々幸せ親子を演じるとか。普通にしてれば待されているとは分かりにくいのかな、思えば腕とかかなり細かったけど、階段で見た時は長袖著てて気づかなかったし」

そう言いかけたとき、はたと自分で止まる。

白い服には汚れが多く付著していた。最初見た時は事故に遭った時汚れたんだと思っていたけど、さっき見た映像もあの服だった。多分清潔にしてもらえなかった汚れだ。

それに鼻も目元のアザも事故による外傷だと思ってた、でも男に投げ飛ばされた後鼻を出して目の周りを真っ赤にしていた。

階段で現れた姿は全部、事故によるものじゃなくて……

さん、長袖を著てたんですかまことさん」

「え?」

突然言われて顔を上げる。九條さんはどこか驚いたような顔をしていた。私はとりあえず頷く。

「はい、言ってませんでしたっけ。ちょっとサイズ大きめな白い長袖服です。今思うとちゃんとに合った服を買ってもらえなか」

「あなたは明穂さんの霊を見た時こう言ったはずですよ。

『半袖から見える腕もまみれで痛そうだった』と」

「あ!」

言われて思い出した、確かにそうだ。明穂さんは半袖の涼しげなブラウスをに纏っていた。対してまことちゃんは長袖の服。

季節が違う??

ぶわっと違和が糸で結ばれていく。もしかして本的に大きな勘違いをしていた?

今までの疑問の答えが繋がっていく。私が勢いよく上を見上げると、九條さんも気づいたように一つ頷いた。それは伊藤さんも同じだったようで、大きく息を吐き天井を仰ぐと、すぐさま控室からノートパソコンを持ってきて床に座り込む。何かを調べ始めた。

黙っていた信也が首を傾げる。

「え? ちょっとよくわかんないんすけど」

している信也に対し、九條さんは彼の方を向いて説明した。

「霊がに纏っている服は①生前よく著ていたもの、②死ぬ間際に著ていたもの、③著たいと強く願っていたもの、などがあります。まことさんの場合①か②でしょう。というより、待されていたような子ですから服もそんなに種類があるとは思えない、①であり②であると考えるのがしっくりきます。

ではここで疑問が殘ります、同時刻に車に轢かれて亡くなったはずの二人は、なぜ片方は涼しげな半袖で片方は長袖だったのか。あまりに季節が違います」

「まあ確かに」

「簡単なことです。階段にいる霊はまことさんじゃないんです」

「へ?」

信也がキョトン、とする。九條さんが続けた。

「思えばまことさんですか、と尋ねてなかったです、不覚。

あの通事故の事件を見て勝手に我々が親子だと思い込んでいただけでした。まことさんの霊が傷だらけなのもそう思い込んでしまう一つでした、あれは通事故によるものではなく暴力によるものなんです」

信也と聡はぽかんとしている。私は聡に言った。

「階段にいるあの子、服裝もあの時見たままだし、鼻を出して目の周りにアザを作ってたの」

「え、それって」

「そう、あの男に暴力振るわれておった怪我だったんだよ。てっきり車に轢かれた時の怪我かと……服裝も同じだし、多分私と聡が見た映像はあの子が亡くなるほんのし前なんだと思う」

「あのまま死んじゃったってこと?」

の震える聲がする。私は苦しくも頷いた。そこへ信也が疑問を持った。

「じゃあ何でこのマンションにいるんだ? どこにも行かずにずっと同じ場所に。死が隠されてる、とかないだろ、ここは新築マンションだよ」

當然の疑問だった。私たちは黙る。し経って答えたのは九條さんだった。

「まだわからないことはあります。ここは伊藤さんにもう一度洗い直してもらいまいしょう」

私たちの視線が地べたに座り込む彼に集まった。伊藤さんはパソコンを睨みつけながら、真剣な顔で「し時間をください」とだけ言った。

伊藤さんは調べに徹してもらうため、その日のき寄せ調査は取りやめになった。特に私は一日で隨分々な経験をしてしまいどっと疲れが出ていた。今日はゆっくり休みましょう、と提案され、素直にそれをれた。

信也が買ってきてくれた人數分のお弁當をそれぞれもらってみんなで食べた。床に座り込んで黙々と食べるその景はなんだか不思議だった。信也や聡から、ずっとじていた棘のようなものが消えたからだ。

二人とも黙りこみ、気まずそうにして一言も言葉を発さない。ついさっき説明できない不思議な現象を験し、目には見えない存在が本當にあるのかもしれないという戸いが生じているんだろう。

特に聡は今までの強気が噓のように靜かだった。

一人で帰宅するのも嫌だといい、彼も泊まっていくことになる。それは私も九條さんも同意した。彼の不安な気持ちも分かるからだ。

著替えやメイク落としなどを貸してほしいと言われたので一式貸す。さらに聡もシャワーを浴びたいので付き合えと言われ、今度は私が付き添いになった。今までほとんど會うことすらなかった妹とそんな會話をするのは変なじがした。

さらに、私と聡はベッドで寢ればいいと信也に提案され、なんと彼と寢室で寢ることになる。九條さんたちはリビングで適當に寢るからそうしたらいいと言われ、この年になって妹と同じベッドで寢る羽目になったのだ。

シングルなので狹いが、床で寢るより疲労は取れるだろう。私はありがたく提案をけた。

必要事項だけ會話する聡と、夜遅くベッドに潛り込む。特にお休みの挨拶もしないまま、背中を向けて橫になった。

背後から伝わる溫もりがなんだか安心した。聡と寢るだなんて、いつぶりだろうか。親が離婚する前い頃は、二人で寢ていたというのに。

離婚してからはお母さんと三人で時々食事に行くくらいだった。ほとんど會話らしい會話もしていない。

(……懐かしいな)

なぜか一人微笑んでしまった時、ボソリと背後から聲がした。

「あれからすっごくがだるいんだけどなにこれ」

「え? ああ、られた後? 辛いよね、私はもう慣れてきたけど初めてだと大変だと思う」

「なに『られた』って。よくあんの?」

「うーんうまく説明できないけど波長の合った霊がこっちの神にってきちゃう、ってじかな。質みたい、私は結構ある。九條さんとかは全くないみたいだし」

「ふうん」

「聡は今回だけならいいけど……もし今後もこういうことあったら大変だから言ってね」

「私、まだ信じきってないんだから。お化けとかそういうの、すぐには信じない」

強がってるような口調でそう言ったのを、なぜか私は笑ってしまった。気丈だな、と思ったのだ。あれだけの験をしていてまだそんなふうに言うなんて、聡らしいといえばらしい。

きっと認めたくないんだろう。

私に笑われたことにムッとしながら、聡は続けた。

「お姉ちゃんは子供の頃から見えてたって言ってたね、九條さんもなの?」

「生まれつきだって言ってたよ。九條さんは見えるって言ってもシルエットだからね。あの人の特技は霊と會話すること」

「え、そうなの?」

「私は姿がはっきり見えるのが特徴かな。伊藤さんはまるで見えないけど霊にめちゃくちゃ好かれるから囮になってもらうこともある」

「ふーん。今までどんな霊見てきたの」

「ええっと々だよ。かわいそうな霊もいたし、すごく怖い霊もいれば、守護霊とかも見たり……この仕事始めて前より多く関わるようになったから」

「ふーん……」

返答に困っている聡の様子が嬉しかった。今まで私のことを詳細に聞いてきたことなんてなかったからだ。興味すら持ってもらえなかった、というじか。それが今、向こうから質問されるなんて。

私が喜んでいる様子が伝わったのだろうか。再び彼はムッとした聲で言った。

「別に信じてないけど」

「わかってる」

それを最後に私たちは黙り込んだ。それでも、寒い室溫の中に確かにお互いの溫をじて、安心を抱きながら眠りについた。

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