《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》揺れ
翌日の夕方。
私と九條さん、そして聡はどう飛鳥ちゃんに話しかけようか考え、実行してみようと階段を行ったり來たりしたが、飛鳥ちゃんに會うことはなかった。もしかして伊藤さんが近くにいないとダメなんだろうか。
階段周辺をうろうろしすぎて今度こそ通報されるかもしれない、という恐怖心と戦いながら三人でくも、悲しい気だけをじ姿は見えない。これはやはり伊藤さんの存在が必要かもしれないと結論づけた。
そして仕方なく信也の部屋で待機していた。何を話すこともなく、みんなでポッキーを齧ったりしていただけだ。
そして日が赤くなってきた頃、驚くことに、伊藤さんと信也がある人を部屋に連れてきた。
もちろん、本のまことちゃんだった。
いやもう人している人にちゃん呼びはおかしい、真琴さんだ。不安げにやってきたそのは、ボブの髪型をしての白い可らしい人だった。真琴さんの隣には同じくらいの年と思われる男がいた。伊藤さんが私たちにこっそり、『真琴さんの旦那さんです』と説明してくれる。
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旦那さんは訝しげに私たちを見ていたので、おそらく真琴さんが心配でついてきたのだとわかった。そしてさらに、ワンピースを著ているが真琴さんの腹部がややふっくらしていることにも気づく。妊娠しているのだ。
旦那さんは厳しい表で私たちに言った。
「初めまして、真琴の夫です、奧田と言います。妻の付き添いで來ました」
九條さんがすぐに一歩前に出る。
「初めまして九條尚久といいます。今回は突然のお願い、しかも信じ難い容のお話ですみません。それでも來てくださったことに謝しています」
「初めに言っておきますが、私はあまり信用していません。でも真琴は行ってみたいと聞かないので私も同席しました」
「ええ、そうでしょう。伊藤から話は聞いていると思います、信じられない話ですが真琴さんのお母様がここに殘られているので、それをなんとかしたくてお呼びしました。真琴さんに金銭が絡むことは一切ありませんし、これが解決すればあなた方にもう接はしません。詐欺や宗教を疑っているでしょうが全く無関係だと言うことは伝えておきます」
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先にキッパリ斷言した九條さんに、奧田さんは複雑そうな顔をした。隣にいる真琴さんが私たちに言う。
「すみません、夫には止められたんです。でも私、時々夢をみることがあるんです。お母さんが私を必死に探して名前を呼んでる夢です。返事して、ここにいるよって言っても聞こえないみたいで……それがずっと気になってて、今回來ました」
「真琴、あんまり話すな」
奧田さんはやんわり止める。仕方ない、むしろよくここまで來てくれたものだ。普通なら絶対お斷りだもんな。どこの頭おかしい団かと疑われる。
九條さんは頷いて言う。
「明穂さんの出現場所はエレベーターやエントランスが多いです、おそらく人通りが多いので真琴さんを探すのに適してるとじているんでしょう。そちらに向かいます、すぐに會えるとは限らないので時間がかかるかも、とりあえず一緒に來ていただけますか」
「え、そんな人通りが多いところに行くんですか?」
奧田さんが目を丸くして驚く。部屋の中で怪しい儀式などをする景を想像していたのかもしれない。
「はい、マンションの住民には怪しまれるかもしれませんがね。まあ仕方ないです。伊藤さんはお守りを置いて行ってくれますか」
ケロリとそう言った九條さんはそのままさっさと玄関に向かっていってしまった。私は慌ててブランケットとホッカイロを準備し、真琴さんにこそっと話しかける。
「あの、もしかしてなんですが、お腹に……」
「え、は、はい」
「寒いのは良くないですよね、これ使ってくださいね」
「ありがとうございます!」
にっこり笑う真琴さんは可らしいでホッとした。そしてその目元は、明穂さんによく似ていると思った。
十三年も時が経っているから、明穂さんもはじめは真琴さんだと気づかないかもしれない。でもきっと、伝わるはずだ。
奧田さんが真琴さんを守るようにピタリと隣についている。その警戒心の強さがむしろ微笑ましくて私は見守った。玄関で靴を履いている二人を見つめていると、伊藤さんが隣に寄ってきて耳打ちした。
「いやーなんとかきてくれてよかったよ」
「さすがです、伊藤さんならきっとって思いましたけど、やっぱりコミュニケーションの鬼ですね」
「鬼って! 今回は原さんもすごくうまく協力してくれたよ。ここに住んでるっていう分証は結構効き目大きかったし、それに……」
「それに?」
「……いや、ちゃんもそのうち聞くかもね」
伊藤さんが意味深に振り返る。私も同じように後ろを向くと、聡と何やら話している信也の姿があった。どこか安心したような、そんな表に見えた。
大人數でエントランスに集まる。夕方は人々が帰宅してくる時刻ということもあり、時々住民と會った。當然のようにちょっと怪しまれている。ぱっと見は誰かの家に集まって鍋でもするのかと思うが、奧田さんたちの深刻そうな表はその案を否定させる。
果たしてこんなに人も多い場所で明穂さんが來るのだろうか、と心配になってきた。いや、うちには伊藤さんという強い磁石がある。彼がいればどんな霊も引き寄せてくるはずだ。
とりあえずエントランスに集まった私たちは、どうしていいのかもわからず靜まり返った。奧田さんは眉を顰めてしっかり真琴さんの腰を抱いている。なんとも気まずい空気だった。
そんな私たちをどうにかしたいと思ったのか、伊藤さんがらかな聲で口を開いた。
「真琴さん、寒くないですか? 調悪かったらすぐに言ってくださいねー」
「あ、はい、そちらの方にカイロとかも頂いたので……このお仕事をされている方ですか?」
「そうです、申し遅れました、私も事務所の一員です。黒島といいます。ええっと、後ろにいる二人が依頼人で、事務所は私たち三人なんです」
「そうなんですか、ということは……母の姿も、見ましたか?」
恐る恐る聞いてきた。奧田さんがし嫌そうな顔をしたけれど、私は隠す必要もないと思い頷く。
「はい。白いブラウスに、黒いスカート。髪が長いでした」
「あ! あの日の母の格好です!」
興したように言った真琴さんを奧田さんが名前を呼んで落ち著かせる。それでも真琴さんは続けた。
「でも合ってるよ當日の服裝」
「そんなの調べればどっかから分かるだろう」
「あんな昔のことどうやって調べるの」
「どうにかして調べるんだろう」
やや口論になりかけた二人に、九條さんが割ってった。
「落ち著いてください。奧田さんが我々を怪しむ気持ちも十分わかりますし、真琴さんが信じたいと思う気持ちもわかります。しかし興するのは真琴さんのによくありませんから、穏やかに行きましょう」
二人は黙り込んだ。し気まずい沈黙が流れるも、どうしても話したかったのか、真琴さんが小さな聲で言った。
「お母さんは優しいお母さんで……子供好きで、近所の子供達にも懐かれるような人でした。いつもそこにあった駄菓子屋でお菓子を買ってくれたんです。今でもあの時の楽しさは覚えてる。『甘いものばっかり買っちゃダメよ』って笑いながら一緒にお菓子を選ぶ時間が大好きだった。
私だけは生き殘ったけど、お母さんは即死。夢ではいつも悲しそうに私の名前をんでいるし、もしかして私を探すために殘ってるのかなってずっと心配してたんです。私は多分霊なんてないけど、もし會えるなら、ちょっとでもその存在をじたい」
切ないその響きに、ぐっと涙が出そうなのを堪えた。
突然事故で母親を奪われ、自分も長く院生活しなきゃいけなくなったなんて、とても大きな悲劇だ。でもそれを乗り越えて、今真琴さんは幸せそうにしている。彼を心配している奧田さんがその証拠だ。
どうしかして、この姿を明穂さんに見せてあげたい。
痛い足を引きずりながらずっと探してるあの人に、會わせてあげたい。
そう強く心に誓った時、突然、聞き覚えのあるび聲が聞こえた。真琴、と名前を呼ぶ悲痛な聲だ。はっとしたと同時に、九條さんが聲を上げた。
「真琴さんしゃがんで! 地面が揺れます!!」
悲鳴は聞こえなかったのだろうか、彼はぽかん、としている。だが意外にも奧田さんがすぐに反応した。真琴さんを庇うように抱き寄せ、そのまま床にしゃがみ込んだのだ。妊婦である真琴さんが転んだら大変なことになってしまう。
そして次に、あの衝撃が襲ってきた。私はよろめいて転びそうになるのを、隣にいた伊藤さんが支えてくれた。背後から聡の小さな悲鳴が聞こえる。そういえば聡はこの衝撃を験するのは初めてだった。
一瞬だけれど大きな揺れをじると、すぐにそこは靜寂を取り戻した。座り込んだ真琴さんと奧田さんが唖然とした様子で周りを見渡す。
「じ、地震が……すごい大きな」
「しゃがめって言われなかったら転んでた」
どうやら真琴さんは無事のようだった、私はホッとする。そこで、伊藤さんが私のを支えてくれたままであることを思い出す。急いで離れてお禮を言った。
「い、伊藤さんすみません、ありがとうございます! おかげで転ばずに済みました!」
「ううん、大丈夫だよ。僕揺れとか全然分かんなかったから」
「……えっ」
「僕全然そういうのじないって言ったでしょ?」
にっこり笑う彼を二度見してしまった。分からなかった? あの揺れをじなかったということ?
そういえば伊藤さんは霊はまるでないと聞いてはいたが、本當に皆無なんだと改めて知った。伊藤さん以外全員じてたんですが……。これだけ鈍なのに霊を引き寄せやすいなんて、不運なんだか幸運なんだか。
奧田さんが九條さんに言った。
「なんで揺れるって知ってたんですか、何か仕掛けでも」
「新築マンションをこれだけ大きく揺らせる仕掛けがあるなら教えていただきたいですね。私とさんは聞こえましたが、最初に悲鳴があったんです、明穂さんの。以前もその聲の直後揺れをじたので、今回もそうだろうと。そこにいる伊藤さんを見ればわかりますが、揺れは実際に起きてるわけではないですよ、気づかない人は気づかない霊障なんです」
奧田さんたちは顔を見合わせた。不思議なこの現象に戸っているのかもしれない。
だがそんな彼らを待つことなく、次の出來事が起きた。私と九條さんは同時に振り返る。階段がある銀の扉らへんから、音が聞こえてきたのだ。
一歩、引きずる。一歩、引きずる。
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