《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》和解

伊藤さんはひどい頭痛が悪化してきたため、一足先にタクシーで帰宅した。そういえば、囮になると場合によっては調を崩すと以前言っていたのだ。今回はだいぶ無理させてしまったらしい。

九條さんは頭部に傷を作っていたけれど、あまり深くはなさそうだったので、簡単な手當だけ行った。信也の部屋に設置してある機材たちを回収すれば、これで依頼は全て完了することになる。

私と九條さんは部屋の後片付けを行なっていた。九條さんは座ったまま配線を引っこ抜き、私はそれを一纏めにしていく。

「今回は口頭での調査結果説明はいりませんね。後で伊藤さんが書類にまとめて郵送します。それで調査は完了です。明穂さんも飛鳥さんも眠ったので、これで部屋が揺れたり目撃されたりすることはないでしょう」

多いコードを纏めながら、ぼんやりと今回の依頼を思い出す。部屋が揺れる、なんて不思議な現象から、あんな悲しい子に會い、それを救う母を目の當たりにし、とても濃い調査だったと思う。

それに、今回は聡たちもいたし……。

腕をかしながらそう考えていると、背後から信也の聲がした。

「……すみませんでした」

私と九條さんが振り返ると、信也と聡が並んで座っていた。そして信也は、私たちに深々と頭を下げていた。聡は、俯いて黙り込んでいる。

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九條さんが冷たい聲でいう。

「私に謝罪はいりません。さんに十分にしてください」

信也のがびくんと反応する。九條さんはさらに言った。

「視える者、視えない者はどうしても分かり合えないことはある。我々がしていることは、世間から見れば頭がおかしいと言われることも多々ある。それは十分承知しています。

ですが、自分の大切な人の発言ぐらい、信じようと出來ないものですか」

何も言い返せないようだった。信也は肩を小さく震わせる。私は彼の正面に座り直し、しっかりとその顔を見た。

楽しい時間と、悲しい出來事が蘇る。もう一年前のことだけれど、鮮明にその景は思い出せた。

「私も……隠してたから。もっと恐れず、話せばよかった」

「違う、は悪くない。俺も、言えてないことがある」

首を傾げる。言えてないこと、とは? 聡と付き合ってたことなら知っているのだが。

「……言い訳っぽいけど、俺も全部言う。

俺の母親、宗教にハマってるんだ」

「え?」

「すごい力でんなものが視える、っていう教祖のところ。最初、『あなたには悪霊がついているから』って変な數珠を買わされたのが始まりだった」

突然の話に驚いた。そういえば、二年付き合っていたけれど信也の家族には會ったことはなかった。結婚の話も出たけど、挨拶などはする前に別れてしまったからだ。

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「『あなたには素質があるから修行をした方がいい』って言われた母親、どんどんその會にのめり込んで金払って。父親と必死に止めて洗脳ときたかったんだけど、迎えに行っても帰ってこなくなった。離婚することもできないまま、結局今もその宗教のところにいる。家庭は崩壊した」

し震える聲で話す信也の力無い様子は、初めて見る景だった。いつも明るく、の中心にいる彼が、そんな家庭環境だったとは。

全然知らなかった。

「言おうと思って言えなかった。臆病だったのは俺も一緒。

それで、もそういうのが視える、って聞いて……」

「私もそういう宗教にハマってると思ったの?」

信也が頷いた。

愕然とする。そんな背景があったなら、どうして言ってくれなかったの。

「なんで黙ってたの? 言ってくれれば」

「言えなかった。宗教にハマってる人間には何を言っても耳を貸さないどころか、こっちに不信を増してしまうのは母親の件で知ってたから」

「…………」

「どうしていいか分からなくて、距離を置いて。考えながら人に相談したりもして」

相談、という言葉に反応したのは九條さんだ。私が聞きたくても聞けなかったことをズバリ言った。

「一どんな話し方をしたのです。さんを退職に追い込むイジメが発生するほどなんて」

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信也が顔を上げた。驚愕の表で私を見、小さく首を振る。

「い、イジメ?」

やはり信也は気づいていなかったらしい。私は視線を逸らした。

「だから仕事も辭めたのか? 俺は、仲のいい友達二人に、結婚も考えてたけど宗教にハマってるかも、どうしようって言って……まさか、そんなことになるなんて」

「信也は人気者だったから」

小さな聲で言った。多分、彼に思いを寄せていた子もいたのかも。どこかで話を聞いて、私に怒りを覚えて嫌がらせをしたのかもしれない。辛い日を思い出しながら言った。

「大事な連絡事項を伝えられなかったり、書類を隠されたり、まともに仕事をこなせなくなったの。気まずかったし、そのまま辭めた」

信也はを震わせた。床の一點を見つめて、か細い聲で囁いた。

「知らなかった……突然いなくなって、そのあと々考えた後、やっぱりもう一度話そうと思って連絡したけど連絡つかないし、アパートも引き払ってて……まさか、そんなことになってるなんて」

「話そうと思った?」

「結婚について、やっぱりちゃんと話さなきゃと思って。それまで逃げてたから」

そこに引っかかって首を傾げたのは私と九條さんだ。不思議に思いそのまま告げた。

「結婚について、って。話すことなんてあったの? 連絡を拒否してたのはそっちだし、聡と付き合ったんでしょう」

距離を置こう、と言われたまま、初めに連絡を拒否したのは信也の方だ。その後、聡から二人が付き合い出したという寫真つきメールをもらって……。

ギョッとしたのは信也の方だ。彼は慌てたように言う。

「連絡拒否ってたのはごめん、しばらくはどうしても一人で考えたくてそうしてた。でも、聡と付き合ったってなに? と三人で會った後、聡とは街でバッタリ會ったよ。家族に視える、っていう人がいる共通點で仲良くはなったけど、付き合ってはない」

「 ! 」

私たちの視線が聡に集まった。ずっとダンマリだった彼は、俯いて泣きそうな顔をしている。私はただ唖然として聲すら出ない。

付き合ってなかった? そういえば、信也からはそんな話を直接聞いたわけではないし、元人というのに隨分仲がいいなと思っていた。円満な別れ方をしたんだろうな、と思っていたのだが。

噓だったの?

信也は何がなんだか分からない、というように言った。

「聡とは仲いい友達だよ、俺の家族のことも知ってるし、聡の家庭のことも聞いた。他も普通に気が合う友達として付き合ってきたけど……」

あの日、聡から來たメールを見て頭が真っ白になったのを思い出す。

と信也のツーショット寫真だった。

『やっほー!

お姉ちゃん別れちゃったんだね?

やっぱり幽霊が視えるとか言うのは無理だったんだね〜この機會にそう言う事言って注目集めようとするの辭めた方がいいと思うよ!

それと後で恨まれても嫌だから先に知らせとくね。言っとくけどとってないよ、向こうからなんだからね!』

それがきっと張り詰めていた何かを切らせた。私はもう生きることに疲れ、すぐに全てを捨ててアパートを引き払った。

その後、信也が探していることなんてまるで知らなかった。

驚きで聲すら失っている私の代わりに、厳しい聲を出したのは九條さんだ。

「聡さん。あなたさんにメールしたのでは? 原さんとの寫真付きで、向こうから言い寄られて付き合っているという風の」

信也も驚きで隣の聡を見る。顔も目も真っ赤にした聡は、膝の上にある手で強く拳を作っていた。そしてしして、聲を震わせながら小さく言う。

「ごめんなさい」

「……噓だったの?」

「噓。信也とバッタリ再會した時、今はお姉ちゃんと距離を置いてるって聞いた。私、いい機會だから反省すればいいと思ったの。お化けが視えるとか、そういうこと言って注目されようとする癖、直すべきだって。こんな噓、きっとすぐバレるだろうしって軽い気持ちで……」

力する。大きくため息をついて目を閉じた。

噓だったなんて。噓だったなんて。

あんな……私を苦しめたことが。

九條さんに見つけてもらえなかったら、死んでいたというのに。

目からじんわりと涙が出てきた。怒りなのか、悲しみなのかよくわからない。がぐちゃぐちゃだ。

「どうして? どうしてそんなことしたの?」

昔から聡には敵意を持たれているのはわかっていた。い頃はそれなりに仲はよかったけれど、いつしか私を蔑みばかにするような視線で見るようになった。

両親が離婚した後も、母と三人で食事をすることはあったが、私とはほとんど會話してくれなかったのだ。なぜ私をそこまで憎んでいたのか。

はついにその目からぽたんと一粒、涙をこぼした。

「幽霊が視えるなんて言うお姉ちゃんは、頭がおかしいんだってお父さんから言われて育った。それを信じたお母さんも頭がおかしいんだって」

心臓がひやっと冷える。い頃に言われた言葉が蘇った。

父は言った。噓をつくな、と。頭がおかしい母娘と私たちを呼んだ。

母の葬儀にも、悲しげな表を一つも見せない人だった。

「だから、そうだと信じて疑わなかった。今回だって、詐欺っぽい仕事してるみたいだから、依頼してその正を暴いてやろうって思ってたの。そしたら、まさかこんなことになるなんて……」

「……そうだったの……」

「私、小さな頃からお姉ちゃんが羨ましかった」

「え?」

涙をポタポタこぼしながらそういった言葉は、聞き間違いかと思った。頭おかしい扱いされている私のどこを羨んだのだろう。聡こそ、華やかで誰とでも仲良くなれる、私の憧れだったのに。

「小さな頃から、お父さんもお母さんもお姉ちゃんのことばかり気にかけてた。仕事休んで二人でお姉ちゃんを病院に連れて行って。私はその間どっかに預けられて留守番だった。家に帰っても、いつもお姉ちゃんの話してた」

そうだ、と思いだす。変なものが見えると言った私は、初めは病院へ連れて行かれたのだ。

眼科に脳神経、はたまたメンタルクリニックなど、遠方の大きな病院にまで連れて行かれた。結局異常は見つけられなかったのだが。

思えばその時聡はいつも、父方の祖母に預けられていた。

「よく喧嘩するようになって、ついに離婚ってことになって。小さいからよく分かってなかったけど、長するにつれてお姉ちゃんが原因だってわかるようになった。

ううん、それより何より……私も、お母さんと暮らしたかった」

初めてきく妹の本心に、私は言葉が出せなかった。

私のせいで両親は離婚した、それはきっと聡に恨まれているだろうなとは思っていた。

でも、子供の頃から寂しさと闘い、そして母と離れ離れにされたことが、彼をそんなに苦しめているなんて全く想像していなかったのだ。

「お父さんのことは嫌いじゃないけど……やっぱりお母さんは優しくて、離れたくなったから。でも私は行っちゃダメだってお父さんに言われた。お姉ちゃんだけお母さんと暮らせてずるい、ってずっと思ってた」

「ごめん……」

「だから、いつもお姉ちゃんを敵視してたの。態度に出てることも自覚してた。でも、幽霊なんていないって信じてたから……噓だって思ってたから……」

愕然となったまま、私は聲を出せなかった。

信也の家庭を壊したように、詐欺まがいのことをしている人たちは大勢いる。一般人から見れば、詐欺なのか本なのかの見分けはつかなくて當然。

私のことをそう疑っていた彼たちを、責めることなんてできない。

それよりも、私という存在がここまで妹を苦しめていたんだということが……何よりもショックだった。

何も答えられない私の隣で、はっきりした口調で言葉を出したのは九條さんだ。普段より重みのある聲だった。

「あなたの気持ちも分からなくはない。視えない者には視えない苦しみもあるのでしょう。

ですが、だからと言って相手を傷つけていい理由にはならない。あなたが軽い気持ちで送ったメールで、さんは死ぬところだったんですよ」

がハッとした顔になる。二人は丸い目で私をみた。

乾いた笑みを浮かべて、私は真実を言った。

「攜帯も解約して家も越したのは……もう死のうと思ってたからなの。飛び降りる寸前で止めてくれたのが、九條さんだよ」

「そん、な……」

はワナワナと震える。なお大粒の涙を流して、床に突っ伏した。

「知らなかったの……お姉ちゃんが仕事を辭めたこととかいじめに遭ってたこと……軽い気持ちだったの……ごめんなさい、お姉ちゃんごめんなさい……」

嗚咽をらしながら泣く妹をじっとみながら、私はぼんやり考えた。

一人辛いんだと思ってた。全て捨てたいと思っていた。

とても淺はかな考えだと痛する。

なりに、信也なりに気持ちと事があった。それぞれが考え、恨み、すれ違った。家族だったのに、婚約者だったのに私たちは分かり合えなかった。

ああ、あの日、死ななくてよかった。

死んでいたら、聡たちの本當の気持ちも知らずにいたから。一年経ってようやく、私たちは分かり合えた。

でも、もし。もし、視えなければ……。

そんな思いがぐるぐると頭を回る。そうすれば普通の家庭に育ち、普通の結婚をしていたんだろうか。こんなに苦しむことなく、私は普通の子として生きてこれたんだろうか。も、友達付き合いも、全部。

「視えると言うことは確かに『普通』ではない」

私の心の聲が聞こえたかのように、突然九條さんが言った。その聲の方を見る。彼は凜とした表で、俯いている聡と信也を見ている。

「ですが何が『普通』で何が『普通ではない』のですか。誰にだって人には言えない自分だけの何かを持っている。

大事なのは相手の何をれられるかです。歩み寄れないこともあるでしょう。それでも、相手を否定することだけはしてはならない」

力強く言うその橫顔を見て、暗く沈んだ気持ちがすうっと上がった。

視えなければ、と思った。でもそうしたら、

私は九條さんや伊藤さんと出會えていないのだ。

今まで生きてきて、母と同じように私をれてくれた大切な人たち。挫折も味わったけれど、それがあって今がある。

「……確かに、あの時は死んじゃいたい、って思った。でも、あれがなくちゃ今の私はいない」

が顔を上げた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったその顔は、い彼を思い出させた。まだ仲良く遊んでいたあの思い出たちだ。

私は二人を見て微笑む。

「視えなければなんて、何度考えたか分からない。でもこの仕事をして、私にしかできない手助けがあるんだって分かった。飛鳥ちゃんや、明穂さんみたいな人たちが笑って眠れる手助けができている。

だから私は今、この力があってよかったと思ってる。多分、一年前よりずっと強くなれたよ、こんな自分が結構好き。

今、私は幸せだよ。二人の気持ちが聞けてよかった。私も傷つけてごめん」

そういうと、聡と信也は再び何度も謝罪した。二人の小さな聲だけが、何度も繰り返される。

「二人とも、言ってくれてありがとう。私はもう、恨んでないよ。そんなに謝らないで」

どこかで何かが違ったら、すれ違わなくて済んだかもしれない。それはやっぱり悔しいけど、今更どうこう言ってもしょうがない。

今、生きている喜びをじよう。

隣を見てみると、九條さんがしだけ口角を上げて私を見ていた。

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