《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》ミルクティー

両手に包んだミルクティーの溫度が、初めよりし下がってきたな、と気づいていた。

は暖房もついて暖かい。寒さなんてこれっぽっちもないのに、私の心はひんやり冷えていた。正面の彼の、こんな顔を見てしまったからだった。

普段はあまり表を変えない人が、目を見開いて私を見ている。そのガラス玉みたいな瞳に自分が映ることが、今はなぜかとても苦しい。

「今なんと言いました?」

その驚きの表と聞き返してきたセリフで、ちゃんと聴こえていたんだな、と思った。

ずっと好きだった心は、何度も捨てようと思っていた。諦めよう、諦めようと自分に言い聞かせながら、それでも消し去ることができずに保管してしまっていた。毎日のように顔を合わせていれば、そりゃ諦めもつかない。

だから、いつかはこうなると分かっていた。抑えきれなくなった気持ちが、自分の口から自然とれてしまう日が來ることを。

「……今九條さんが聞こえた通りのことをいいました」

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答えた聲は、し震えていた。

し経って、九條さんは瞬きすらすることなく正面を向いた。その橫顔は未だ信じられないものを目にした顔をしている。

私から告白をけるなんて、全く想像もしていなかた、という顔だった。やっぱり、私の気持ちにはまるで気づいていなかったらしい。

私もゆっくり前を見る。気まずくてたまらないこの車で、唯一心落ち著く目の前の満月を見上げた。しく、どこか寂しげだった。

ずっとずっと、好きだった。彼と出會わなければ、今の私はいない。

正直自分でも、何で好きなんだろうと度々思っていた。信也とはまるで違うタイプだし、問題點も圧倒的に多い不思議な人だ。それでも、この一年私を支えてくれたのは紛れもなくこの人だった。

九條さん。何か言ってください。

祈る気持ちでミルクティーを握りしめる。そして、長く沈黙が続いた後、低い聲がした。

「……すみません。

あなたを、そんな風に見たことはありませんでした」

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ゆっくりと目を閉じた。

その言葉を噛み締めるように。忘れないように。

泣いてしまわないように。

分かってた。

九條さんが私をちっともそんな風に見てくれていないこと。ずっと前から分かってた。

彼にとって私は大事な仕事仲間。それ以下でもそれ以上でもない。この人の特別になるには、遙か遠い。

そんなの、分かっていたはずじゃない。

「あなたにはもっとお似合いの人がいます」

苦しそうに、困ったように九條さんは言った。

私はそのまま一つだけ、ゆっくりと息を吐いた。

自分が想像していた通りの結果すぎて、ちょっとだけ笑ってしまいそうだった。絶対、いい返事なんて聞けないって想像はしていた。

だからこそ言いたかった。どうせ実ることのないこの気持ちを抱き続けるのは辛い。言って、キッパリ振られて、次のを見つけるべきなんだと。

シミュレーション通り。悲しい。何度想像しても、彼は一度も私を好きだなんて言ってくれなかったもの。

私はくるりと彼の方を見た。そしてにっこりと笑ってみせる。

「大丈夫です! そうだろうなって、思ってました!」

九條さんは驚いたように私を見ている。ここで悲しい顔なんて見せてたまるかと思った。今後も彼と仕事をしていくんだから、終わりは綺麗でなくてはならない。

「でも言わないとスッキリしないから伝えました。はっきり言ってくれてよかったです。これで諦めもつきます。

言っておきますが、気まずいから仕事やめるとか私は絶対しませんからね! 事務所には死ぬまでお世話になるつもりです。九條さんも、今まで通り私に接してください!」

「……はい」

偽りの気持ちは何一つなかった。これでいい、言ってよかった。振られてよかった。ようやく前を向いて新しいを探しにいけるというものだ。

私は進むために今こうしてるんだ。

「さて、ありがとうございました。帰りも運転、よろしくお願いします」

私が明るくそういうと、九條さんは何か言いたそうにしたが、結局黙ったまま車を発進させた。帰りの車は無言だった。

大丈夫、分かってたからダメージだってそんなに大きくない。これからも変わらず仕事を頑張れる。

ただ、ミルクティーを握る手はし震えていたし、それ以上飲むことは出來そうになかった。多分、今後しばらくは飲めないと思う。

家に著いて一人になった瞬間、抑えていた涙が一気に溢れてひとしきり泣いた。

振られると分かっていたし、今更泣かないかと思っていたのに、意外と涙腺は言うことを聞いてくれないらしい。

泣いて、泣いて、目が腫れるまで泣いた。まだ重みのあったティッシュの箱はいつのまにか空になり、ゴミ箱は山になっていた。

振られたか。私、ついに振られたのか。一年越しの想い、あっという間の玉砕だった。

一年かけても好いてもらえなかったんだ、本當に希はない。

これからも仕事で二人きりが多いと言うのに、気まずいったらない。こうなれば、早く次のをして彼氏でも作るしかない。私が新しいをしたと知れば、九條さんもほっとするだろうから。

「また街コンでも行って撃沈するかくそう」

新しいなんて全然意的になれないが、もう無理矢理なんとかするしかないと思う。こういう時、いい人を紹介してくれるだとか、合コン開いてくれるだとかする友達が全然いない自分は本當に辛い。

……いや、というより、失した話を聞いてくれる友達がいないのが、一番辛いのだ。

ほら、お酒でも飲みながら話を聞いてくれて、『次の男だ!』とかいうシーンはよくある。正直憧れるな、私まずは彼氏よりちゃんと友達作るとこから始めようかな。今更だけど。

はようやく打ち解けたじはあるけど、まさか今日々あった直後に、泣きついて失話を聞かせるほど距離がまったじはない。流石に言いにくい。

連絡先も片手で収まるほどの人數しかいない自分はため息をつきながらスマホを開いた。一人初期アイコンのままの連絡先を見て、また涙が出そうになったのを必死に堪える。

それと同時に、ふとある人の連絡先が目にった。

「…………」

ほとんど連絡を取ることのないそれを呼び出し、私はゆっくりとした速度でメッセージを打ち始めた。

「お待たせ、久しぶりね」

翌日。仕事は休みだった私は、晝間に可らしいカフェに來ていた。

こんなオシャレなカフェにることもない自分は、張しながら一人座っていた。指定されたから來てみたけど、キラキラ子がたくさんいる。小さくなりながら待っていると、そのキラキラが一際大きな人が現れた。

小顔で人、揺れるピアスに長い茶髪。モデルのような出立で、私の前に座ったのは麗香さんだった。

朝比奈麗香さん、若くて人だけど、この業界でも有名な凄腕除霊師だ。仕事で以前お世話になり、連絡先も換していた。時々プライベートで意味のわからない連絡を取ることもあったが、(麗香さんが送ってくる)二人で食事なんて初めてのことだった。普段多忙な人なので、今回捕まったのは運がよかったと言える。

そして彼は、九條さんの元カノ、という肩書付き。

來てすぐに、慣れた仕草で注文を終えると、呼び出した私に用件を聞いた。正直に九條さんに振られたことを言うと、麗香さんは驚くこともなく話を聞いてくれたのだ。

言葉を噛みながら、躓きながらなんとか告白について話す。麗香さんは時々相槌を打ちながら、でも口を挾むことなく靜かに耳を傾けてくれていた。ようやく全部説明し終えると、私は一度大きくため息をついた。

「想定でしたけど、やっぱりショックはあって……」

「ふうん。今日ひどい顔してるものね」

「目パンパンです」

「でもそれ、私もまだナオに未練あるって知ってるくせにわざわざ言うの?」

「だって私友達いないんですよ! 失話愚癡る相手もいない!」

「大聲で何悲しいこと言ってんのこの子は」

呆れたようにいう麗香さんの元へ、頼んだ料理が運ばれてくる。綺麗にネイルされた指でフォークをとり、パスタをくるくると巻き始めた。

私の分も運ばれてきたけど、どうも食べる気が起きない。緩慢なきでフォークを取った。

「麗香さんはすごいですね、九條さんと付き合えて……」

「一ヶ月で振られた私へのイヤミ?」

「でも一ヶ月付き合えたんですよ!」

「あっちが困り果てるくらい押してやったからよ」

(一どんな押し方を……)

「言っとくけど思い出もクソもない一ヶ月だったわ。あいつ連絡も返すの遅いし、こっちが聲かけなきゃ食事すらってこないし、何あれ? なかなかの不良件よ、振られて正解よ」

不満げにいう麗香さんに、しだけ笑ってしまった。なんかすごい言われようだ九條さん、でも安易に想像つくからまたおかしい。

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