《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》最後の

の噓などは、ギョッとしたように顔をらせ、彼は衝撃を隠せないようだった。

「……というわけで、一応和解したんです。聡とは連絡先も換して、一度母のお墓參りでも行こうかと」

「そうだったんだね、僕が帰った後そんなことに……いや、実は原さんの家族については聞いてたんだよね、ほら二人で真琴さんを迎えに行った時に」

「ああ、そうだったんですね」

相変わらずのコミュニケーションのお化け。私すら知らなかった報を伊藤さんの方が知っていたのか……。

こちらの考えを読んだように彼は笑う。

「親しくない僕だからこそ言えたんじゃないかな。ああいうことは近しい人にこそ言えないものだから」

「それもありますね」

「そっかーうーん。まさかあのメールが噓だったなんてね……ちゃんもショックだったでしょ?」

「まあ、それは……でも、その時も言ったんですけど、なんだかんだそれがなかったら今私はこうしていないので。今がそれなりに幸せだから、そんなに責める気にはなれないんです」

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私がそういうと、伊藤さんはホッとしたように片方にエクボを作って微笑んだ。その優しい顔を見た瞬間、麗香さんが言っていたことを思い出して勝手に意識し、なんだか恥ずかしくなる。

なんて図々しいんだ自分は!

「そっか、よかったね」

「は、はい。あ、それと……」

この流れで、九條さんに振られたことも言おうと思った。伊藤さんは今までも々気を遣ったりしてくれたので、結果ぐらいちゃんとせねば。

「私、帰りに」

そう言いかけたときだ。突然事務所のドアが開いた。びくんとが跳ねてしまう。振り返ると、やはり髪を濡らした九條さんがそこに立っていた。普段よりかなり早い。

その顔を見ただけで苦しくなる。が痛い。

「……おはようございます」

彼は普段と変わらないトーンでそう挨拶をした。伊藤さんは明るく返す。

「おはようございます! 珍しいですねー今日コール前から起きてたみたいですもんね!」

「ええ、まあ」

そっけなく言った九條さんに、私は表を緩めて聲をかけた。なるべく普段と変わらないよう必死に意識しながら。

「おはようございます。九條さん、頭の怪我大丈夫ですか?」

私が聲をかけると、彼がこちらを見て目が合った。それだけで心臓がドキンと高鳴る。なんとかバレないように、自分を押さえつけた。

「ああ、すっかり忘れていました」

「え! ちょっと、が出てたんですよ? 普通忘れますかね? 大丈夫ですか」

「まあ痛みもないので大丈夫ではないですか」

「まるで人ごとですね……まあ膿んだりしてなきゃいいですけどね」

多分、いつも通りに話せている。必死に自分を客観的に見てそう判斷した。聲も震えてない、笑顔だって保ててる。きっと大丈夫。

自然なそぶりでそこから離れた。朝の掃除をしようと裏へ布巾を取りに行く。白いカーテンの中にり、広くない仮眠室の中で、誰にも聞こえないように息を吐いた。

心臓はドクドク鳴ってる。やっぱり、気まずい。でも九條さんもいつも通り接してくれていた。これはもう時間が解決するのを待つしかない。こうなることを選んだのは自分だ。

(伊藤さんに言いそびれちゃったな……)

さすがに九條さんがいる時は話しにくいので、伊藤さんと二人きりになるタイミングを見て話そう、と心に思った。

特に依頼がないまま晝になる。

私は普段通り、掃除をしたり伊藤さんからの指示で簡単な仕事をこなしたりして時間を過ごしていた。

九條さんは晝寢……しているかと思いきや、今日は椅子にもたれてひたすらぼうっとテレビを眺めているようだった。

流れているのはニュースだ。アナウンサーが淡々と原稿を読み上げる。訓練された舌のいい聲が耳に屆いてくる。

ニュースの容は盡きることはない。日々どこかで何かしら悲しいことは起き続けているからだ。

『死刑確定していた死刑囚が、執行前に死亡し……』

優の橫原くるみさんが調不良により舞臺降板……』

『男に振られたことに逆恨みしたが、包丁で相手を待ち伏せし……』

どきんとが鳴った。いやいや、私はそんなことしない。でも何ていうか男に振られた、って、タイムリーな話題だなと思ってしまったのだ。

「なーんか暗いニュースばっかりですねえ?」

伊藤さんが突然聲を上げてさらにドキッとする。ここで男に振られたの話題はちょっときついぞ、と心の中で思う。今どんな顔して話題に乗ればいいのか分からない。

「橫原くるみって人気な優だよねえ、忙しすぎて壊したのかな。この前ドラマ見てたんだけどなー」

伊藤さんが出した話題は優の方でほっとした。私は手を止めて答える。

「私も見てました。すごく可かったですよね。伊藤さん好きなんですか?」

「そうだね、可いなって思うよ」

「へえ!」

ちゃんちょっと似てるよね」

「!? 言われたことないですけど!?」

慌てて言い返す。蕓能人に似てるなんて誰も言われたことない。しかも、今自分が可いですねって言った優に似てるなんて言われたら、なんて答えればいいんだ。

伊藤さんはなぜか私の反応を見て笑っている。九條さんは半分意識がないのかただテレビだけを見ていた。

「ねえ、九條さんも思いませんか? ちゃん似てますよね?」

まさかの九條さんに話題を振ったので困った。どうしていいのかわからずあたふたするが、こんなことで困っている自分がおかしい。なんてことない話題じゃないか。

テレビをぼんやり眺めながら、微だにせず答えた。

「そうですかね……さんはさんにしか見えないです」

「えー? 絶対似てると思うんだけどなあ」

伊藤さんはブツブツ小聲で呟いた。それ以上の追求はしなかったので安心する。話題は自然と途切れたのだ。

今までよくあった雑談さえ戸ってしまう。私が多分、意識しすぎなんだろうな。反省しなくちゃ、依頼がってきたら二人で行するんだから。

「さーお晝ですね! じゃあ僕外に行ってきますね〜」

正午になり、伊藤さんの聲で時計を見る。私も手を止めてもうそんな時間か、と心で呟いた。

いつも外に買いに出たり食べに出たりする伊藤さんは、普段通り颯爽と事務所の外へと出て行ってしまった。あの明るい聲がなくなり、一気に事務所に靜けさが訪れる。私はカバンからお弁當を一つだけ取り出し、九條さんの元へ行った。

彼の前にそっとそれを置く。ずっとどこかを眺めていた九條さんはようやく視線をちらりとかし、私が置いたお弁當を見た。

「ありがとうございます」

「いえ。…………あの」

私が言いかけた時、先に九條さんが口を開いた。私の方は見ることなく、置かれた弁當を眺めながらいう。

「いつもありがとうございます。

ですが、そろそろ私もさんに頼ってばかりはいられないと思うので。これからは自分で晝食を用意します。ありがとうございました」

淡々と告げられたそれを聞いて、ホッとすると同時にひどく落ち込む自分がいた。

実のところ、私もそれを提案しようと思っていたのだ。私も振られた相手にお弁當を作るのは気まずいし、九條さんだってそうだろう。だから、明日からは外で食べようと思いますって言おうとしていたのだ。

いくら九條さんが気遣いできないとはいえ、流石にこの狀況は良くないと思ったのだろう。

九條さんから言ってもらってよかった、言う手間が省けた。ただ……悲しいのも、事実。

褒めてもらえるのが嬉しくて薩芋ばっかり買ってきていたあの頃は楽しかったなと思った。もう私が作ることはないだろう。

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