《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》呼ばれた理由

病院は意外と近かった。車で約二十分かけたところにある大きな大學病院だ。

駐車場に車をとめ、九條さんとすぐさま麗香さんの病室へ向かっていった。走ってはいけない病院がもどかしく、気持ちばかりが焦る。

麗香さんがいるのは個室だった。立ち並ぶ白いドアの一番奧の部屋だ。ナースステーションから心電図モニターの音や、ナースコールの音が響いてくる。看護師は忙しそうにカートを押しながら歩いていた。

私と九條さんは無言のまま病室を目指す。同時に、変なが周りにいないかちらりと見てみたが、時々無害そうな霊が立っているだけで、悪質なものはなさそうだった。

一番奧の部屋にたどり著くと、躊躇いなく九條さんがノックをする。中から、男の聲が聞こえた。

「はい」

扉を引いて中の様子が見えた。一番最初に目にったのは、ベッドに橫たわる栗だった。

「麗香さん!」

私は挨拶をすることもなく彼に駆け寄る。泣いてしまいそうなのを必死に堪えた。ついこの前元気な姿を見たばかりだというのに。

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麗香さんの傍には點滴が繋がっていた。規則的に滴下する薬が橫目にる。私はベッドサイドに駆け寄ってその顔を覗き込んだ瞬間、驚きで後退りした。

目を閉じて安らかに眠っている麗香さんの首に、赤みが見える。

手だ。

手で首を絞めた痕が、見える。

それも、まるで絵に書いたようなくっきりとした痕だ。不自然すぎるほどの形に、私はただ絶句した。

「こんにちは、わざわざ足を運んでいただきありがとうございます」

穏やかな聲が聞こえてハッとする。反対側のベッドサイドに、一人の男が立っていた。麗香さんばかりでまるで視界にっていなかった。

グレーのスーツを著た、優しそうな人だった。年齢は六十くらいだろうか。垂れ目な橫にある目の皺がその格の穏やかさを醸し出している。髪は黒髪に混じり半分ほど灰が見えた。あまり背は高くない。

表現は良くないかもしれないが、『よくいる人』だ。気の良さそうなおじさん。

まさか、影山さん? これまた、麗香さんとは違う意味で除霊師ぽくない。

私は慌てて頭を下げた。

「ご挨拶もせずすみません!」

「いいえ、麗香を心配してわざわざ來てくださった。ありがとうございます」

影山さんはゆっくりと頭を下げる。背後から九條さんの聲がした。

「影山さん。ご無沙汰しております、九條です」

「九條さん、お久しぶりですね。あなたが黒島さんですか? 噂には聞いております」

「あ、はい、黒島です!」

そう答えつつ、噂とは一何だろうと気になった。私なんて、力があるわけでもないよくいるなのだが。

そう思っていると、心の聲が聞こえたように影山さんが微笑んだ。

「この業界は、昔に比べてどんどん人手が減ってきています。特に若いってくるのは珍しいので。麗香から聞いていたんですよ」

「そうだったんですか……」

私は再び麗香さんの顔を見る。穏やかな顔で、本當に寢ているだけのよう。でも、首元だけが異質でおかしい。

九條さんがすかさず言った。

「影山さん、麗香の容はどうです」

「今は圧等も落ち著いていますし、命には別狀はないだろうと醫者からは言われております」

「この首は? 人間、思い切り首を絞めれば痕が殘るのは普通です。が、この痕はあまりにクッキリ殘りすぎではないですか? 不自然です」

私も何度か頷いた。というのも、自分自首を絞められた経験がある。あの時は紐だったが、それとはだいぶ違うように見えるのだ。

に赤みが出ている、というより、『赤』が皮に付著しているかのような……。

影山さんが視線を落とす。

「……ええ、霊障だと思います。

この手形の持ち主は、麗香です」

「え?」

「今回彼けた依頼はこれです。

『自分で首を絞めて自殺する人間が相次いでいる事件』」

「自分で、首を……?」

唖然として聲がれた。そこではっとし、橫たわる麗香さんの手元を見た。

両手とも、ベッドの柵に固定されている。その姿を見てゾッとした、もしかして、首を絞めるのを予防するために?

私の視線に気がついたように、影山さんは言う。

「意識がない中でも、麗香の手は突然自分の首を締め付けようとする。そこでこうしてもらいました。

ですが、今はおそらく外しても大丈夫だとは思います。念のため、ですね」

「大丈夫とは?」

「この部屋に私が結界を張っておいたからです」

その言葉を聞いてほっとで下ろした。つまり、麗香さんに怖いものが近寄れないということ。だから容も安定しているのかもしれない。

私は隣の九條さんに尋ねる。

「自分で首を絞めて死ぬなんて、できるんでしょうか?」

九條さんは首を振る。自の首元をりながら答えた。

「まず不可能だと思います。道など使わないと、素手では途中脳に酸素が回らないことで意識を失ってしまいます。それ以上締め続けることができなくなるので、結局は死まで至れないかと」

麗香さんの方を見る。彼にクッキリ殘っているのは手の痕。素手で握ったことは間違いない。

影山さんが言った。

「普通ならそうです。ですがここ最近、それで亡くなる方が続いていた。どう考えても普通ではないということで、こちらに連絡が來たのです」

私は九條さんを見上げる。こちらの心の聲を察したように、彼は小聲で言った。

「影山さんや麗香ほどの立場だと、科學的には解決できない例が回ってくることもあるんです。相手は警察のかなり上の方から」

「すごい……」

そんなことって本當にあるんだ。漫畫だけの世界かと思ってた。

同時に、今回の案件がどれほど恐ろしいのか思い知らされた。つまり、すでに何名か亡くなっている。命を脅かすのは間違いない相手ということ……。

九條さんが続きを聞こうとした時、影山さんが遮った。

「詳細はまた後ほどお伝えします。黒島さんにまずは麗香のことをお願いしたいのですが」

「ああ、そうでしたね」

九條さんが私の方を向く。はて、私にお願いすることとは?

さん、麗香はしばらく院することは間違いないです。そこで、院生活に必要なものをあなたに揃えていただきたいのです。同じの方がいいでしょうから」

「え? それは全然いいですけど……私でいいんですか? 家族の方とかは」

さん、麗香に家族はいません」

知らなかった真実に言葉を失った。家族がいない?

麗香さんからは聞いたことがなかった。そうだったんだ、どんな事があるかは分からないけど、一人だったんだ麗香さん……。

自分がここに呼ばれた理由が分かった。祓えるわけでもないし、友達と呼べるのも最近になってからだし、麗香さんのの回りの世話のために呼ばれたのだ。確かに、男では分からないことも多いのかも。

「分かりました」

「黒島さん、費用は私がお支払いします。こちらでお願いします。病院の中に売店があるので、とりあえずは必要最低限の買いはそこで済むかと」

「ありがとうございます、すぐに行ってきます!」

紙幣を何枚か渡され、私は財布にれた。

「じゃあ九條さん、私とりあえず行ってきます」

「よろしくお願いします」

私はちらりと眠る麗香さんを橫目で見たあと、病室から出ていった。

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