《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》それ

私は言われた通り部屋の中央に正座して座った。九條さんたちも私のすぐ後ろに座り込む。と、斜め左前はあの全鏡が設置されていた。けないぐらい不安がっている自分の顔が映り込む。

ちゃん、大丈夫だよ」

そんな私に、後ろから聲が掛かる。鏡に、らかな笑顔の伊藤さんが映った。振り返って微笑み返す。

「ありがとうございます」

彼の隣には、九條さんもいる。珍しく九條さんも必死に口角を上げて私を見た。もしかして、リラックスさせようとしてるんだろうか?

「とにかく落ち著いて、冷靜でいてください」

「はい」

後ろに二人がついていてくれてるとなれば、百人力だ。私はしっかり前をみる。

「黒島さん、私が預けたお守りはお持ちですか?」

「あ、はい」

「それを手に持っていてください、必ず」

ポケットにれておいたお守りを取り出し、両手でぎゅっと握る。その姿を確認した影山さんは、正面に向かって座った。丸い鏡の前に、みんなで沈黙が流れる。

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私はくこともできずただひたすらお守りを握りしめる。

耳が痛くなりそうなほどの靜けさが続いた。影山さんは丸い鏡をじっと見つめたまま微だにしない。誰も音一つ立てることなく、沈黙を守っていた。

どれほどそうしていたか分からない。急に沈黙を破ったのは影山さんだ。何か囁くように言葉を発し始める。私は耳をそちらに傾けた。

彼の言葉は何を言っているのか分からなかった。お経? いや何か違うような。お経のようなリズムがないし、例えるなら知らない言語で誰かに話しかけているような聲だ。

ボソボソ、と繰り返す聞き取れない言葉。暗い部屋、自分を映す鏡。全てが異様で不思議な空間を作り出している。したことのないオーラに、私はただお守りを握ることしかできない。

徐々に影山さんの聲が大きくなってくる気がする。いや、自分の耳がそうじ取っているだけか。それすら分からないまま、ひたすら時間が流れるのを待つ。

長くそうしていると、どこか意識もぼんやりとしてくる。気を張っているはずなのに、自分の心が自分のを置いてけぼりにしているみたい。

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すると突然、何かがいたのを視界がとらえた。私はちらりとそちらをみる。なんてことはない、カーテンがしだけ風に靡いて浮いたのだ。なんだ、と思い再び前を向く。

端の方でカーテンがふわりと蠢く。外のが僅かに部屋にり込む。何度か風に浮いたのを認識した時、ようやくハッとした。

窓なんて、開いてなかったじゃないか。

顔を上げてそちらをみる。姿見の自分も同じようにいた。目をまん丸にしている私が映る。同時に、カーテンが今まで以上にぶわっと大きく浮き、差し込むが私たちを照らした。

足が二本だけ見えた。足の足。

今まで以上にお守りを握る。手のひらの傷が痛んだ。が高まり、ドキドキと心臓が大きく打つ。

の知れない何かが自分のそばに來ているんだと痛した。一人じゃないからなんとか理を保っていられる。

影山さんは微だにせず、しっかりと鏡に向かって座っていた。その背中が頼もしく、私は縋るようにそれを見つめる。

カーテンはいつのまにかかなくなっていた。再び部屋に暗闇が訪れる。しかし同時に、影山さんの言葉に何かが混ざっていることに気がついた。

足音だ。何かの足音がこちらに近づいてきている。

ひた、ひた、とフローリングを素足で進む音だ。自分の背後から聞こえてくる。それが分かった途端、直しまるでけなくなった。

影山さんも振り向くことはしない。私もそんな勇気は持ち合わせていない。もはや人形のように固まったまま視線すらかさなかった。

足音が、くる。

足音が、くる。

ゆっくりしたスピードで、確実に、私だけを目指して、誰かが、

くる。

「誰だ」

突然影山さんのしっかりした聲がした。ちょうど足音が私の真後ろで止まったときだ。九條さんたちが大丈夫か心配になったが、多分平気だろう、狙いは私のはずなのだ。

ぎゅっと強く両目を閉じる。

「顔を見せろ」

いつも丁寧な言葉遣いをしている影山さんは威圧的に言った。私は強く強くお守りを握りしめる。

の知れない何かの気配を背中からじる。熱気か冷気かも分からない不思議な空気をじる。

「顔を見せろ!」

再度影山さんが言った。すると、立っていた何かがいた。

がぶつかるような、れるような、そんな音がする。

自分のお守りを持つ両手がガタガタと震えた。恐怖で狂いそうだというのに、固く閉じていた瞼は意に反してゆっくり開いた。

何かが私の顔を上から覗き込んだ。

見上げなくても、私はそれの姿が見えた。隣にある鏡に映り込んだからだ。

上半を垂らして私の顔を覗き込む男。薄汚い白い服を著ていた。背が高く細で、恐らくそこそこ若い人なんだろうと思わせる。びて手れが全くされていないだろうボサボサの黒髪。男はただ無言で、私の顔を覗き込んでいる。

男に顔がなかった。

まるでクレヨンで塗りつぶしたように、顔の部分だけが真っ黒だ。鼻の位置や口すら分からない。それでもなぜか、奴が嬉しそうに笑っていることが私には分かった。

「顔を見せろと言ってる!」

影山さんの焦ったような聲が聞こえる。それは怯えたり戸うことなく、ただ嬉しそうに私の顔を覗き込んでいる。

すると突然、甲高い無機質な音が聞こえてきた。

踏切だ。

耳が痛くなるほどの音量だ。耳を塞いでしまいたいのを堪え、私はひたすらお守りを握りしめる。祈りながら、シワシワになりそうなほど力をれた。

(顔を見せろ……顔を見せろ……影山さんに……)

あれだけ怒鳴っているのだから、きっと影山さんにとって相手の顔をみることは重要なのだ。なぜ男の顔が真っ黒なのかは分からないが、その黒が剝がれて素顔を見せてほしい。

と、自分の手の中に異変をじた。

「…………え?」

手を開いて赤いお守りをみる。無慘にも形が崩れているそれが、何かおかしい。

右端の角だ。蟲が蠢くようにウネウネと赤い布がいている。

赤が、黒に染まっていく。

じわじわと赤い布が変貌していくのだ。これさえ持っていれば、と信じていた自分にその景は絶そのものだった。ついに、私のから悲鳴が上がる。それでも手放してはいけないだろうと僅かな理が働き、私は手を震わせながらお守りを見つめた。

さん!」

そう背後から聲がして、九條さんが何かを差し出した。影山さんが九條さんに渡したもう一つのお守りだった。赤い布を見て一瞬落ち著きを取り戻したかと思ったが、そのお守りすら、すぐに黒く染まり出した。

手元に殘ったのは炭のような二つのお守り。

「馬鹿な!!」

そうんだのは影山さんだ。こちらを振り向いて驚愕の顔をしている。私はどうしていいか分からず、呼吸すらうまくできている自信がなかった。

あれはまだ私を覗き込んでいる。嘲笑いながら。

踏切の音がうるさくて頭がおかしくなりそうだった。ついにお守りを手から落とし、両手が耳を塞ごうとく。

しかし自分の腕は自分ではなかった。いた先は耳ではなく首だった。私は自分の首をしっかり握りしめ、驚くほどの力を込めた。

「やめなさい!」

ちゃん!」

二人の聲が聞こえて私の両腕をそれぞれ止めにかかる。男二人に引っ張られているというのに、私の腕はびくともしなかった。自分のが自分のものではない。

に食い込む私の指のじた。一気に息苦しさをじる。酸素が行き渡らなくなった脳が、それでも必死に回転していた。しかしこの狀況を切り抜けるいい案が浮かばない。

不思議と、苦しさが心地よさに変わっていた。自分で首を絞めるのが楽しいと思ったのだ。必死に腕を引く九條さんたちを鬱陶しいとじるほど。息苦しい、でも楽しい。楽しくて、面白くて、最高だと思った。

聲が出せない自分の代わりに笑う人がいた。あの黒い顔の男だ。私の気持ちを代弁するかのように、男は高笑いを始めた。顔は見えないが、肩と頭を揺らし非常に楽しそうにしているのがわかる。鏡の中の男は止めようとしている九條さんたちを、馬鹿にしたように見下していた。

もはや踏切の音と、男の笑い聲しか聞こえなくなっていた。九條さんたちが何かをんでいるのに、音聲を消した映畫のように無音でいているだけ。目の前もぼやけて、顔すらよく見えなくなってきてる。じんわりと目に涙が浮いてきた。

ああ、意識が飛びそう。でも腕の力だけは緩まない。

がふわりと倒れた。手以外のはもう力がらないのだ。もう終わりかも、そう心の中で諦めが勝ってくる。

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