《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》ヒビ

だが次の瞬間、突然目の前が明るくなった。そして同時に肺が一杯に酸素を吸う。朦朧としていた意識が一気に鮮明になる。

咳き込みながら前に見えたのは、九條さんと伊藤さんの顔だった。二人は汗びっしょりになり、見たことがないくらいの険しい顔で私を覗き込んでいた。

さん!」

「大丈夫ちゃん!」

呆然として倒れたままその顔を見上げる。生きてる、という言葉が一番先に浮かんだ。私生きてるんだ、もうあのまま死ぬかと思った。

自分の腕は今力なく床に落ちている。し持ち上げてみると、痛みを覚えた。見てみると所々真っ赤になっている。ああ、二人が必死に引いてくれた痕だ、とすぐに分かった。

「だい、じょう、ぶです……」

かろうじて聲を出すと、二人は同時に大きく息を吐き出した。力が抜けたように床に座り込んでいる。だがすぐに、伊藤さんが慌てて振り返った。

「影山さん! 大丈夫ですか!」

私は頭をかしてそちらをみる。するとそこに、真っ赤な鮮を落とす影山さんの姿が目にり、つい小さくんでしまった。

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彼は腕からを流していた。そしてもう反対の手には、包丁を持っている。包丁にはしだががついていて、それで腕を傷つけたのだとすぐに分かった。

まさか自分自で? 一何が起きたというの?

影山さんは力なく笑った。

「私は大丈夫ですよ、黒島さん、大丈夫ですか」

影山さんも汗をぐっしょりかいている。伊藤さんが慌ててタオルを持ってきて傷口に當てた。何が起こったのかまるでわからない自分は、唖然としながらも答えた。

「は、はい、は重いですけど、なんとか……」

「それはよかった」

全然よくないのでは。起きあがろうとして力がらない私を、九條さんが後ろから支えてくれた。

「起きて大丈夫ですか、無理しないでください」

「私は平気です。もちゃんとくし……それより、消えたんですかあれは?」

近くにある姿見を見てみる。やはり、もうあの黒い人はいない。影山さんは腕にタオルを當てながら言った。

「すみません、除霊が功したわけではないのです」

「え?」

「あなたに渡しておいたお守りが染められているのを見ました。ただごとではないです。私が作ったあれが、あんな姿になるのを初めて見たのです。そしてやはり相手は顔を見せなかった」

はっと思い出し、自分の足元にあるお守りを見た。やはり真っ黒になっている。こんなものは無駄だ、と言われているようだった。

影山さんは厳しい顔で言った。

「そして黒島さんがついに首を絞め始めてしまった。いくら追い出そうとしても奴は出て行かない。思ったのです、今まで聞いた話では數日かけて命を狙ってきたのに、麗香やあなたに対してはかなりスピードが速い。恐らく、祓おうとしている者に対して強く反発しているんだと」

「それが、どうして影山さんを傷つけることに?」

「思いつきですよ。一瞬でもあの霊に油斷を作りたかった。死んだ者はの匂いに敏です、それも私のように力がある人間のにはね。上手くいきました、やつの気が逸れたので一時期的に追い出しました。それだけです、何も解決していない」

影山さんは暗い聲で言った。つまり、除霊は失敗してる。私はまだきっと狙われているんだ。

彼は腕の傷なんて気にしてないように私に尋ねた。

「そのお守りを持っていて変なことを験したのは、あの宅配便だけですか」

「え? あ、そういえば変な夢は見ましたけど……」

思い出して昨晩見た夢のことを説明した。なぜ言わなかったんだ、と九條さんに叱られる。ただの夢かと思ったんだと正直に謝った。

影山さんは小さく首を振る。

「もしかしたら、元々お守りはあの相手にはまるで効いていなかったのかもしれない……事務所には札や塩もあるのに、力が強すぎる」

九條さんが聲を上げた。

「影山さん、どう考えても今現役の方で一番実力があるのはあなたです。あなたに無理では他の人間ではお手上げであることは間違いない」

「分かっています。諦めるつもりはありません。ですが正攻法はうまく行かないことが判明してしまった。……もうし相手を知らねばならない。何もわからないままでは、到底敵う相手ではない」

そう言って影山さんはゆっくり後ろを振り返った。全員の視線が同じ方に集まる。

祭壇の上にある丸い鏡。彼が最も重要なものだと言ったそれには、真ん中にヒビがっていた。

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