《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》対処法
その場で私は休ませて貰いながら、影山さんは傷の手當てをすることもなくすぐにいた。
まずは再度警察に電話をし、これまでに亡くなった人の報を早く渡せと粘った。どうやらどんどん上の立場の人へ電話へと変わっていき、時間を掛けたものの最後にはやっと許可が降りた。すぐに報が送られてくるだろうと彼は言った。
九條さんも言っていたが、この霊が一どこから発生したものか調べ、相手を知ろうということだ。知り合いから知り合いへ渡り歩くなら、一番初めの被害者はどこであれを拾ってきたのか。何か分かれば、除霊の手助けになるかもしれない、というわけだ。
そして次に、影山さんが考えた末持ち出した予防策は、相手を跳ね除けるというものではない。もはや理的な予防策だった。
私の手の先を布でぐるぐる巻きにしたのだ。首を締め出しては、男二人の力を合わせてもまるでいうことを聞かない。だったら絞めないように手先を塞いでしまえ、というわけだ。まさかこんなことになるとは思ってもおらず、私は戸いで一杯になった。これ食事は確実にとれないよね。著替えも無理じゃない? って、トイレ!!
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九條さんはトイレの間でも外すのは危ないと頑なだったが、まさかそこだけはどうしようもない。そこで、トイレに行くときは布を外す代わりに、首にオイルを塗っておくことで解決された。って絞められないだろう、ということだ。
まさかトイレすら簡単に行けない狀況になるとは思ってもおらず、ことの重大さを思い知る。いや、それもそうだ。麗香さんに続き影山さんまで除霊に失敗したなんて、伊藤さんに言わせればこの業界がひっくり返るぐらい驚きの報なんだそう。
とりあえずその場しのぎだが、やれることはやろうということ。影山さんの提案にみんなで頷いた。
伊藤さんと九條さんは警察から屆く報を調べること、影山さんは壊されてしまった鏡の代わりになるものをすぐに手するという役割を分擔し、私たちは一度マンションから立ち去ることになった。効果があるのかもわからないが、と影山さんは事務所に置くお札などをさらに分けてくれた。
三人で玄関に向かう。私は自由の効かなくなった手でなんとか靴を履くと、影山さんを振り返った。
「お邪魔しました」
「私の力不足ですぐに解決できなくて申し訳ない。もうし時間をください」
「はい。あの、腕の怪我、ちゃんと病院行った方がいいと思います。化膿したら大変だし……行ってくださいね」
私がそういうと、影山さんは驚いたように目を丸くした。そしてすぐに笑う。
「あなたは優しすぎますね。その優しさは霊をも引き寄せることがある。自分のことだけ考えていればいいのですよ」
「は、はあ……」
「鏡の手さえすれば、私もまたそちらの事務所に伺います。共に報を集めて相手を調べましょう」
鋭い眼差しでそう言った彼に頷く。黙っていた九條さんと伊藤さんも聲をだした。
「私は祓えません。その代わり報を調べることに徹します」
「僕なんて視ることもできませんけど、死ぬ気で報集めます。みんなで頑張りましょう」
私を勵ますように言ってくれた。そしてそのまま、高層マンションを後にしたのである。
疲れがすごかった。
車は沈黙が流れていた。あの伊藤さんですら口を開かず、重い空気が流れている。時刻はまだ晝前だ。朝食を食べ損ねていたが、お腹が空いたという覚もない。
九條さんは靜かに運転し、伊藤さんは車でノートパソコンを開いて何かを見ていた。私は自由の効かない手でぼんやりと座っているだけだ。
麗香さんがあんな目にあった。それだけで相手は普通じゃないとわかっていた。
でも想像を超えていた。今までも恐ろしいと出會ったことはあったけど、あれだけ攻撃的で真っ直ぐに殺意をじたのは初めてだった。
(楽しそうだったな……)
私が死にそうになるほど、あの男は楽しそうだった。
「九條さん、視えましたか?」
私は尋ねる。九條さんは普段はシルエットだけしか視えないタイプなのだが、相手の力が強いと全貌が見えたりする。やはり、彼は頷いた。
「ええ、細の若い男のように見えましたね。ただし顔が真っ黒で分からなかった。影山さんでさえそうだったのですから、故意に隠しているんでしょう」
「なぜ顔を隠してるんでしょう?」
私の率直な疑問に、ふと彼の表が固まる。確かに、と頷きながら答える。
「それもそうです。なぜ相手は顔を隠していたのか。もしかすると、顔を知られることは弱みを握られることだとわかっているのか? 影山さんの場合は特に、相手の顔を確認することが重要そうでした」
「場合ってことは、違うこともあるんですか?」
「例えば悪魔祓いなどは、相手の名前を知ることにより力を弱ませるというやり方もあるみたいです。それぞれ理由ややり方はあるでしょうが、影山さんの場合は相手を捉えることが重要なのでしょうね」
「なるほど……そうだとして、なんで顔を隠すべきと知っていたか、ですよね」
「いくつか思い浮かべる理由はあります。生前除霊に攜わっていたから知識があった、影山さんに以前除霊されたことがあった、もしくは……我々が知っている相手だった」
最後の説にが震えた。私たちが知ってる人? ずっと黙ってパソコンを見ていた伊藤さんが答える。
「流石に全員共通の人はありえませんから、誰か一人の知り合い、っていうパターンは考えられますかね。でももし知り合いなら、顔が見えなくても意外と気づいたりできそうですけど」
それもそうだな、と思った。なくとも、私には知り合いであんな人はいない。痩せ型で若い男で亡くなった人なんて。
それは彼らも同じようだった。不思議そうに首を傾げている。九條さんがハンドルを回しながら言った。
「分かりませんね。とりあえず、警察から屆く報を洗いましょう」
私たちは頷いた。
その後事務所にたどり著き、私たちはいつもの場所に戻った。疲れ果てた自分はとりあえずソファに座り込む。手が使えない私に、伊藤さんが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。コートをがしてもらい、水がったペットボトルにストローをさして置いておいてくれる。どこかのお嬢様と執事かな?
さらには、朝私が準備して置いてきたおにぎりたちを溫め直して持ってきてくれた。
「ちゃん! お腹空いてないかもしれないけど、しでも食べなきゃだよ。おにぎり食べれる?」
「あ、はい、ありがとうございます、じゃあ」
「はい、どうぞ!」
そう言って子犬みたいな笑顔で、彼は私の口元におにぎりを差し出した。ピタリと靜止してしまう。
……え、なに。食べさせてくれるってこと?
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