《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》ドライヤー
途端、頬に痛みを覚えた。火傷したかのように熱く痛む。
「出ろ!!」
そう厳しい聲がする。カッと自分の瞼が開いた。
呼吸は苦しくはなかった。酸素はきちんと吸えている。視界にってきたのは、男三人の顔だった。
真っ青な顔をしている伊藤さん、汗だくになっている影山さん、苦しそうに顔を歪めている九條さん。
そこで現実だ、と気づいた。何か聲を上げようとして、先に伊藤さんがんだ。
「ちゃん! 覚めた!!」
泣きそうな聲だった。同時に影山さんがああっと空を仰ぐ。九條さんは目を閉じて力するように頭を垂れた。
「あ……わ、たし」
「ちゃん! られた? そうだよね、全然起きなくなって、もうどうしたらいいのかと……」
半泣きの伊藤さんがそう言った。
私は事務所の床で仰向けに寢ていた。し眼球をかしてみる。両手は変わらず布で巻かれているし、事務所もいつもの様子だ。
起きあがろうとして、頬に痛みを覚えた。ヒリヒリするし、あれ、顔面びしょびしょだ。これはもう誰がやったかなんて聞かなくてもわかるからいい。
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「られたんですね、私……」
九條さんが頷く。
「突然倒れました。いつものように叩いたり水を浴びせても起きない。その時、タイミングよく影山さんが現れたのです」
影山さんがしだけ微笑んだ。見れば、手に數珠を持っている。
「鏡の調達ができたので、こちらに合流しようと。すみません黒島さん、頬を思い切り毆ったのは私なんです。相手に申し訳ない」
「い、いいえ。助けていただいて安心しました。もう、私の力では絶対無理で……マイナスなことどころか、負けないぞって意気込んでいたのに」
「私ですら引き離すのに苦労しました。変な相手です、執著心が強いのか……今まで出會ってきた者たちとは何かが違う」
影山さんはそう呟き、額に浮いた汗を拭いた。苦労したというのは本當らしい。彼の表を見ればわかる。
私はようやく上半を起こした。伊藤さんが慌てて支えてくれる。
「大丈夫!?」
「はい、すみません」
「あーちょっとタオル持ってくるから!」
慌てたようにタオルを持ってきてくれる。髪も服も濡れたままで、し寒気がした。でもそんなことをかまっている暇はない、私は見た出來事をすぐに影山さんに言った。
「踏切の前にいたんです。田舎みたいなところで、古びた踏切でした。見えたのはアパート。目の前を電車が通過すると、そこに乗ってる大勢の人が私をじっと見つめていて……その直後、誰かに首を絞められました。男の人です、顔は見えませんでした」
「やはり踏切ですか」
影山さんが唸る。九條さんがすかさず言った。
「顔は見えなくても、どんな様子だったか細かく教えてください」
「えっと……すぐ背後に立ってるみたいでした。なんだか嬉しそうにじました。こう、変な言い方ですけど丁寧に私の首に手を回して……寶を扱うみたいに。そして、絞めた」
あの絞められた違和がまだ殘っているようだった。ごくんと唾を嚥下する。伊藤さんがちょうど戻ってきて、私の髪などを拭いてくれた。
影山さんは首を傾げながら言う。
「この霊はあまりに強い。かなり前からいて長く彷徨っている霊なのか……相手がどんな存在かというだけでも知れたらいいのだが」
それを聞いていた九條さんがハッとする。そして立ち上がり、近くに置いてあるノートパソコンを作した。それを手に持ち、私に向ける。
「さん。あなたの出番です」
「え?」
「今られて見てきた踏切がどの踏切なのか、探し當ててもらいたい」
彼が持っているパソコンには、踏切の寫真がずらっと並んでいた。
伊藤さんが私の髪を拭きながら言う。
「そうか! もしかしたら、なんか霊に関係ある場所かもしれないですよね!? いつも現れる時には踏切の音がするんだし……た、ただ、日本に踏切って何萬か所あるのかって話ですけど」
不憫そうに私をみる。首を振って答えた。
「いいえ、大丈夫です。頑張って探します」
言い切った私に九條さんはし微笑みかけ、畫像を見ながら言った。
「私と伊藤さんも手伝って、條件に合いそうなものだけ見てもらいましょう。背景は都會ではないのですよね。それだけでもだいぶ減ると思います」
聞いていた影山さんが唸った。
「さすがです。私は除霊はしますがこうやって相手を調べたことはあまりないので、あなた方の進め方は非常に勉強になります。私も手伝いましょう。鏡は手配済みですし、これからはしでも黒島さんの近くにいます。られた時出せれるように」
その提案にホッとした。気を張っていてもられてしまった今、もはやられた後どうするかの問題になってくる。影山さんがいてくれると心強い。
伊藤さんと九條さんも安心したように表を緩めた。
「では影山さんもよろしくお願いします。さん、調べの前にまずはその髪や服をなんとかした方がいいのでは。真冬に髪が濡れているなんて」
「九條さんにだけは言われたくないんですけど」
「私は短いですから。あなたは長いので風邪ひきます」
「長さの問題なんだ……」
「調でも崩せば大変です。隙を見せることになりますよ。著替えて髪を乾かしましょう、あなたドライヤー持っているでしょう」
頷いた。調査で泊まり込みをするときのために、キャリーケースの中にっている。伊藤さんが私の手を持って言った。
「流石に著替えは手伝えないから、急いで終えて帰ってきてね。また首もオイル塗っておくから。髪はこっちでやろう」
「はい、わかりました」
私は言われた通り、手先の布を取ってもらった後はすぐさま著替えを済ませた。今更ぶるっと寒さが襲ってくる。隨分派手に水責めされたようで、髪も水滴が落ちてくるほどだった。私、ここの事務所に來てから何回水浴びした?
でも浴がわりになったかも、なんてプラス思考なことを考えて、すぐに戻る。伊藤さんが床に撒かれた水を掃除してくれているところだった。私に気づくと、笑顔で迎えてくれる。
「おかえり、すぐに布を巻こう! はい、ドライヤーは預かるね」
「すみません……」
「座って。手を出して」
素直にソファに腰掛ける。伊藤さんは早速両手を布で巻き始めた。仕方のないこだけど、指が使えないって本當に不便で苛立つものなのだ。
まだしばらくこの生活か、とため息をついた時、九條さんがいた。テーブルの上に置いてあるドライヤーを手に取ると、コンセントをれて背後から私の髪を乾かし始めたのだ。
彼の手が私の髪にれた瞬間、予想外のことに驚きすぎてが直した。心臓が口から飛び出したかと思った。
「あ、ええっと、九條さん?」
「熱かったら言ってください」
いやそういうことでもなくて。自分の髪すら乾かさない人が、急にこんなことをして驚いてしまう。どうしよう、今日シャンプーできてないんですけど!!
伊藤さんがちらりと私の背後に視線をやった。両手をしっかり巻いたあと、にこやかに立ち上がる。
「九條さん、僕がかわります」
九條さんからドライヤーを取ろうと手をばす。が、それをひらりと九條さんはわした。そのまま熱風を私にかけながら、平然として言う。
「調べは伊藤さんの方が得意なので、踏切についてお願いできますか。ここは私が」
伊藤さんは何か言いかけたけれど、そのままパソコンへ向かった。私は馬鹿みたいに背筋をばして姿勢良く座っていることしかできない。今振り返る勇気は持ち合わせていなかった。
壊れを扱うような、優しい手が意外だと思った。どこか戸っているのが伝わってくるようなき。多分、この人人の髪なんて乾かしたことがないんだ。
私は何ができるわけもなく、ただ黙って任せていた。痛いほどに鳴る心には、気づかないふりをして。
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