《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》真夜中の會話
二人に聲を掛けようとして、次に出てきたセリフに口を閉じた。
「ちゃんのこと考えたら寢てる場合じゃないんですけどね……なんでこんなことになったやら。はあ、九條さんに々言いたいこともあったのに」
伊藤さんの不機嫌そうな聲がした。珍しいなと思い、ついカーテンにばした手を止める。自分の名前が出ている時にるというのも、なんだか気まずいからだ。
そして私が聲をかけるよりすぐ、九條さんの返事が聞こえた。
「ああ……伊藤さんがどこか怒っているのはじていました。私が軽率にさんを病院に連れて行ったためにこんなことに」
九條さんがどこか聲をらせて言った。それに被せるように、伊藤さんの聲が響く。
「そこじゃありませんよ! そんなの、まさかこんなことになるなんて思わないの當然です。僕だって連れて行っちゃったと思いますよ、ちゃんは朝比奈さんと結構仲がいいんだし」
「それではないんですか?」
「あーあ、九條さんの鈍いところ好きでしたけど、今回ばかりは初めてイラッときてます。
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九條さんにちゃんは勿無いですね」
ついに、私は向こうへ行けないことが確定した。立ち盡くしたまま呼吸すら忘れてしまった気がする。
まさか、そんなことを伊藤さんが言い出すなんて!
呆然としている私をよそに、勝手に會話は続いていく。
「……知ってたんですか」
「僕は元々気づいてたんで。あんないい子振っちゃうなんて理解不能ですよ、優しいし可いじゃないですか。何が不満なんです」
棘のある伊藤さんの聲。私は早くベッドに戻って寢よう、と必死に自分に言い聞かせた。盜み聞きなんてよくない、これ以上は聞かない方がいい。
そう思うのにまるでけなかった。金縛りにあったようだ。息を潛めてその場に立っているだけ。
「不満なんてありません」
そう九條さんの聲が聞こえてきたので、どくんとが鳴った。
々あって忘れていたけど私は彼に振られたばかりだ。キッパリ、もっといい人がいますと。そんな風に見たことありませんと言われた。流石に諦めざるを得ない返事を貰ったのだ。
それでも諦めるには時間がなかった。人の気持ちなんて簡単に切れるものではないと思う。だからこそ、私は彼の発言が気になって仕方がない。
「彼がいい人なのはよく分かってます」
「ちゃんは一年、ずっと九條さんと調査を同行して、マイペースで主食がポッキーの九條さんを見てそれでも好きになってくれたんですよ。はあー勿無い」
伊藤さんの口撃が続く。いい加減け、と自分を強く叱咤した。そしてやっと足がく。
ゆっくりと音を立てないように振り返り、その場から離れようとする。が、背中に降ってきた言葉に、私はまた足を止めることになる。
「じゃあ、僕がちゃんもらっていいんですか?」
信じられないセリフだった。
何? 伊藤さんは何を言ってるの??
公園で二人ランチをした時の映像が蘇る。あの時の言葉、どういう意味なんだろうって思った。まさか、本気なわけがない。もしかして、九條さんを焚きつけようとしてる?
それは無駄なことだ。だって、あれだけはっきり言われた。九條さんは私をこれっぽっちもそんな風に見てはいない。
しばらく沈黙が流れる。九條さんは言葉を発さなかった。自分の心臓の音がうるさくて、二人に聞こえてしまうんじゃないかなんてバカな心配をする。
「…………彼はではありませんよ」
長く間があったあと、九條さんかられた小さな聲はそれだった。伊藤さんの大きなため息が聞こえる。
「もー比喩ですよ、比喩。もらうったって、ちゃんの意思が一番大事なんだからここで決定するわけじゃないですよ?
でもね。あの子は視えるから友達がいないとかいつも嘆いてますけど、普通に考えてその狀況の方が不思議なんです。モテる子だと思いますよ、現に元カレから復縁迫られたり、調査中変なやつに好かれたりしてたでしょーが」
「…………」
「九條さんが興味ないっていうなら、きっとすーぐ他の誰かのところへ行っちゃいますよ。誰かは分かりませんが、斷言できます。まあそんなの分かってますよね、分かっててそういう返事したんですよね」
九條さんの返事はまるで聞こえてこなかった。伊藤さんがパソコンを作している音だけが響いている。
一今、彼はどんな顔をしてるんだろう、と思った。
困ってる、呆れてる? どちらにせよ、今私がそれを確認するはない。あれだけ仲がよかった二人の関係がギクシャクしたらどうしよう、と思った。
やっぱり告白しなきゃよかったな、と今更ながら思う。
黙り込んでいる九條さんに、伊藤さんが言った。
「まあ、さっきの僕の発言は冗談です。真にけないでください。
ちゃんは九條さんを恨んだりとか全然してませんけど、僕が個人的に苛立ったから言っただけです。
ちゃんはきっとすぐにでも他にいい人が見つかるんだ、ってこと以外は忘れてください。調べを続けましょう」
そう淡々とした言葉のあと、聲は何も聞こえなくなった。私は止まっていた足をそっとかし、音を立てないようにベッドに戻る。
盜み聞きしてしまったことに対する罪悪と共に、伊藤さんがあんなことを言ったのが不思議だと思った。
だって気遣いが凄い伊藤さん。自分が九條さんに何か言うことはよくない、とか思って、知らないふりをしそうなものなのに。よっぽど私が振られたことを哀れに思ったんだろうか。
(……寢よう)
忘れよう。何も聞かなかったんだ。
當事者である私が、平気な顔をしているのが一番だ。そうすれば、きっと時間が解決してくれる。
いつも通りの三人で、これからも働いていけるはずなんだから。
朝が來て、ベッドから降りた。昨晩見たことは脳裏から追い出し、しゃんと背筋をばす。今は余計なことを考えている余裕はない。とにかく、この事態をなんとかするのが先だ。
仮眠室から出てみると、パソコンの前に座っているのは影山さんだった。その向こうに、ソファにそれぞれ九條さんと伊藤さんが死んだように眠っている。
影山さんは私を見ると、ほっと表を緩めて挨拶をした。
「おはようございます、眠れましたか」
「おはようございます。はい、そこそこ眠れました」
「変な夢は見ていないですね?」
「はい、大丈夫です」
影山さんは頷いて、再びパソコンに視線を落とす。が、すぐに思い出したように立ち上がった。
「飲みでも取ってきましょう。その手ではね」
「あ……すみません! お水を頂けますか」
影山さんは冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、伊藤さんがしてくれたようにストローを指してくれた。それをけ取り、が渇いていたので一気に飲む。
影山さんは再度パソコン前に腰掛け、じっと畫面を見つめている。彼の近くにある椅子に腰掛けた。
ちらりとその顔を見る。何だか初めて會った時よりやつれているような気がする。顔もよくないし、何だかげっそりしてるような?
除霊などもしてくれたし、ああいった行為はやっぱり力や気力を使うんだろうか。
「あ、影山さんも、奧にある飲みや食べはなんでも好きに使ってくださいね」
「ええ、ありがとうございます」
「何だか顔が悪いような……やっぱり除霊とか、昨日みたいにられた後追い出すので疲れがきたんでしょうか。眠れましたか?」
「まあ、それも多はあるかもしれません。ですが、それが原因ではないですよ。昨日言いましたが、妻を亡くしてあまり経っていないんです。それで一気に痩せましてね。眠りも淺いのです」
そう話す影山さんに、余計なことを聞いてしまったと俯く。そんな私を気遣うように、彼は話題を逸らした。
「恥ずかしいですが、私はあまりパソコンに詳しくなくてですね。でも、しでも役立てるようにと借りているところです」
「あ、ありがとうございます」
「あなたがお禮を言うんですか? こんな目に遭わせたのは私なんですから、やって當然なんです。黒島さんにどんな暴言を吐かれても仕方ないと思ってるんですよ」
彼は苦笑いする。私はゆっくり首を振った。
「そんな。麗香さんを助けたいって気持ちからですし、責めるつもりはありません。付き合いも長いですよね?」
「ええ、彼が本格的にこの世界に足を踏みれる前、共に何件か回りましてね。あの子のパワーには驚かされたものです。その後も、妻も含めて家族ぐるみで仲良くしてました。うちには子供がいなくてですね、特に妻があの子を気にっていましたね」
麗香さんには家族がいない、という九條さんの言葉を思い出す。もしかして、本じゃなくても家族のような間柄だったのかもしれない。
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