《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》作業再開

懐かしむように目を細めて続けた。

「もちろん始めからうまくいくことばかりではなくて、麗香も何度も挫折は味わっています。ですが、コツを覚えれば一気に自信もつき、素晴らしい人になりました」

「麗香さんの力、凄いですもんね。私は祓うなんて能力ちっともないから……羨ましくもあります」

ふと、影山さんが視線を上げる。その目と合い、優しい瞳のに包まれる。

「むしろ私はね、祓う能力がなくてもこの業界にいるあなた方の方が凄いと思ってます。その分恐ろしいでしょう? それも、浄霊をしてあげる、なんて、優しさの塊のようなやり方で」

「怖いことはたくさんありましたが……どん底にいた時、私をれてくれた職場はここでしたし、満足して眠る霊たちの穏やかな様子は、見ていて嬉しいですから」

私の言葉を聞くと、彼は嬉しそうに頷いた。そして再び畫面を見つめなおす。

「いい人たちに巡り合いましたね。あなたを大事に思っていることがよくわかる」

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その言い方に、なんだかドキッとした。含みのある、意味深な響きに聞こえたのだ。もしかして、昨晩の會話、影山さんも聞いてた?

私はちらりと影山さんを見る。それに気づいた彼はにっこりと笑うだけだ。だめだ、深く聞かないことにしよう。話題を変えるんだ。

「え、ええと、影山さんはどうしてこの業界に? やっぱり、自分の力が強い自覚があったんですか?」

「正直に言いますと、私はこの業界にるつもりは全くなかったんです。むしろ、他にやりたいこともあった」

「やりたいことが?」

「ええ、でも私の考えを正したのは妻でした。あなたにしか出來ないことだから、いろんな人を助けてあげればいいじゃない、って。こんな仕事、安定するわけもないのにそう勧めた。私は妻の言葉があってこうしてるんです。妻がいなければ今頃どうしていたか分かりません」

「……影山さんって、妻家ですよね」

私は微笑んで言った。彼はちょっと目を丸くした後、わざとらしく咳払いをして誤魔化した。そう言われて照れているんだろうか。

でもなんか想像つくなあ。影山さんって腰もらかくて、私のために包丁で自分を傷つけることもできちゃうぐらいだし、責任も強い。

奧さんもきっと素敵な人だったんだな。

彼は小さく息を吐き、つぶやいた。

「妻はね……もっと長生きさえしてくれれば、100點の妻でした」

その言葉にぐっと泣きそうになった。同時に、影山さんのが伝わってきてが震える。

まだ若いのに奧さんに先立たれ、寂しいだろうな。そりゃ麗香さんをなんとか救いたいと思うのも當然だと思う。奧さんとも仲良くしてたって言うし、娘みたいに思っているんだろう。

素敵だな。私もそんな結婚がしたい、と思う。

「影山さんってほんと、優しくて素敵な方です……奧さんも幸せでしたよきっと」

「ははは、あなたは単純すぎる。私を買い被りすぎです。そんなことではいつか騙されてしまいますよ。

人間は人には言えない恐ろしい面を隠し持っていることもある。あなたのいいところでもあるでしょうが、信じすぎもよくないですよ。全く、私のせいでこんなことになってるのに」

彼は笑いながらそう言った。だって、本當にそう思ったんだから仕方がないのに。こんな人がお父さんだったらなあ、なんて。

私はもう一口水を飲むと、影山さんが話題を変えるように言った。

「さて、黒島さん。九條さんたちが夜な夜な、全國の踏切の畫像をまとめてくれていますよ。大変でしょうがあなたの出番です」

「はい!」

私は元気よく返事をして立ち上がった。しでも早く真実に辿り著けるよう、一杯頑張るしかない。

ひたすら畫像を見続けるという作業は、簡単なようで脳を疲労させる。

しかも、似たような畫像ばかり。夢で見たものと照らし合わせていく工程は、うんざりしてしまう。判斷力も鈍ってくるのか、進めば進むほど時間がかかるような気がする。

これかも! と思いよくよく見たら違った。そんなことを繰り返しているのだ。目も疲労が凄い。

影山さんと共にそんなことを一時間以上行っていた頃だ、まず伊藤さんが覚醒した。ソファからむくりと起き上がり、し赤い目で私たちを見た。

「おはようございます。ちゃん大丈夫?」

「おはようございます伊藤さん。大丈夫ですよ」

「ほんとに? 変な夢とか見てない?」

ドキッとする。夢は見てない、ただ変なシーンは盜み聞きしてしまった。いけない、あれは忘れるんだ。蘇ってしまいそうになった會話を必死に掻き消す。

「何も見てないです」

「そっか。ならいいや。んー朝食の準備でもしようか」

大きくびをしながら言う。私は再度畫像を見つめながら必死に脳の映像と照らし合わせていく。

それに気づいた伊藤さんは立ち上がりながら言う。

「結構選別してみたよ。その中にあるといいんだけど、流石にまだ全部はまとめ切れてないんだよね。朝食軽く食べたら僕もまた戻るから」

「ありがとうございます、助かります」

「その様子じゃまだ見つかってないよねえ? 田舎風の踏切かあ。數も多いからなあ」

ブツブツ言いながら彼は仮眠室へっていく。しばらくしてコーヒーとパンのいい香りがしてきた。それを嗅ぐだけで脳みそがスッキリする気がする。ああでも、また食べさせてもらわなきゃいけないんだけどね。

匂いに釣られたのだろうか、九條さんも目を覚ました。彼はのそりと起き上がり、れた髪のまま私の方を向く。

さん大丈夫ですか」

(同じ質問してる……)

ついふふっと笑ってしまった。心配してくれるその様子が嬉しいのだ。

「はい、変な夢も見てません。今踏切を見ています」

「それはよかったです。その踏切から何かわかることを祈って、今は細かい作業ですがこなしていくしかありませんね。そういえば今しがたパンダが事務所にいたと思うのですが」

「九條さん、起きてるんですか寢ぼけてるんですか。両方とか用なことしますね」

なぜか隣にいた影山さんが笑う。九條さんは半目でじっと私たちの方を見ている。頭をポリポリと掻いた後、ゆっくり立ち上がった。コーヒーの香りに気付き、伊藤さんに聲をかける。

「伊藤さん、私にもコーヒーをください」

「!?」

驚きで反応したのは私と伊藤さんだ。だって、九條さんはコーヒーが飲めない。苦味だとか辛味があるものを苦手としているのだ。

伊藤さんも顔だけ出してきて反応した。

「ええ、九條さんコーヒー飲めるんですか!?」

し頭を冴えさせないと。量でいいのでお願いします」

彼はそう言って両手で頬を軽く叩いた。自分を起こしているようだ。そしてすぐさま私たちのそばに近寄り、後ろからパソコンを覗き込んだ。

「どうですか」

「まだ見つかっていません……似たようなやつもたくさんあって、時間がかかってる狀態です」

「數も膨大なので仕方がないことです」

隣にいる影山さんが唸りながら言う。

「もし見つけたとして、安直に考えればその踏切で亡くなった人間だとか? そうなら割れやすいかもしれませんが、単に思いれのある場所だったりしたら、ここから辿り著くのは困難かもしれませんよ」

尤もだ。いつも踏切の音が聞こえてくるので、霊と深い関係があるのは間違いないだろうが、そこから本人まで判明するのかは分からない。

九條さんはそれでも言った。

「ですが今は、これしか進める道がないんです。細かなことでも調べていかないと」

やや重い空気が流れる。そんな事務所の雰囲気を変えるかのように、伊藤さんの明るい聲が響いた。あえてそんな聲を出したのかもしれない。

「はーい! 腹が減ってはなんとやら、ですよ! 腹ごしらえしましょう。前パン屋さんで買ったパン冷凍しといたんで、それ焼きました。味しいですよー!」

彼は人數分の食事が乗ったお盆を手に持ち颯爽と現れる。一人一人にパンとコーヒーを手渡し、最後に私の隣に椅子を持って移する。

「はいちゃんは口開けてね。そっち見ながらでいいから。火傷したら大変だから、君だけはアイスコーヒー」

「ど、どうも……」

やっぱり伊藤さんの手からパンをいただくことに。仕方ないのでそのまま齧らせてもらう。バターがよく効いたクロワッサンだった。層がしっかりしていてパリパリがとても味しい。

離れたところで、九條さんがコーヒーを啜って凄い顔をしているのが見えてしまい、つい笑ってしまう。彼は無言で、冷蔵庫から牛とスティックシュガーを持ってきてたっぷりれていた。多分、子供向けコーヒー牛の味になっているとみた。

私はクロワッサンをもぐもぐと咀嚼しながら、畫面に視線を戻す。

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