《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》相手の名
実際のところ、踏切だけの寫真では判別が難しい。し引きの撮影でないと。あのアパートとか、道幅とか、そういうのが寫っていないと、見逃してしまいそうだ。
(うーんこれは違う、あ、似てる……でも新しいかな?)
しかも、寫真が明るい時に撮られたものか暗い時に撮られたものかでも、結構イメージ変わるんだよなあ。これ見つかるのかな……昨日の夜から頑張ってるけど。
心の中で獨り言を言いながら畫像を送っていく。アイスコーヒーをし啜り、伊藤さんに貰ったパンを頬張った時だ。
表示された一枚の畫像に、咀嚼も止まった。
撮られているのは晝間のようで晴れた青空が上部に見える。遮斷機は上がった狀態のままだった。かなり年季がったもののようだ。地面は舗裝がしっかりされていないようで、凸凹しているのがわかる。踏切の向こうには、築年數もそこそこ経っていそうなアパートが見えた。
「あ…………!」
一瞬で昨日見た映像がフラッシュバックする。
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これだ、間違いない。
私が見たのはこの踏切だ!
私の反応を見て、すぐに三人が駆け寄ってきた。一斉にパソコンを覗き込み、まず九條さんが口を開く。
「さん、ここですか?」
「こ、ここです。この遮斷機も、見えたアパートも、そのまま。間違いないです」
「やったあ! よし、じゃあここが一どこなのか検索して……」
伊藤さんが笑顔でそうこうとした時だ。畫面をじっと見ていた影山さんの様子がおかしいことに気がつく。目がこぼれ落ちそうなほど見開き、驚愕の表で踏切を見ていたのだ。
九條さんもすぐに、そのことに気がついた。
「影山さん?」
「……まさか、いや、そんな。でも、時期も」
小聲で一人呟いた。九條さんが鋭い聲で問いかけた。
「あなたここを知っているのですか? 一ここはどこですか、誰か知り合いが?」
質問に、影山さんはゆっくり首を振った。乾いたをし舐め、彼はいう。
「知り合い、ではありません。ですが私は知っている。いえ、あなた方も」
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「え?」
私たち三人の聲が重なった。影山さんは目に戸いのを見せながらこちらを見る。
「日比谷 輝明」
その名前が耳にった時、どこかで聞いた名前だと思った。だがすぐには思い出せず、はて、と首を傾げる。だが伊藤さんと九條さんは瞬時に反応した。大きな聲でまず伊藤さんが言う。
「日比谷輝明!?」
私一人だけ追いつけていないことに慌てる。そんな様子に気がつかないようで、九條さんは影山さんに言った。
「まさかあの日比谷輝明ですか? なぜ彼が?」
「あ、あの、どなたでしたっけ、日比谷さんって……」
恐る恐る聲を上げた。聞いたことはあるはずだけど分からない。自分の記憶力の悪さを恨んだ。
伊藤さんが真剣な顔で私に答えてくれた。
「ちゃん、テレビで目にしてなかった? 死刑執行前に死刑囚が病死したニュース。ここ最近それで持ちきりだったよ」
「あ!」
私は聲を上げた。その説明で一気に理解したからだ。
日比谷輝明、それは確かにニュースで何度も耳にした死刑囚の名だった。
死刑確定していた日比谷が、執行前に突然病死してしまったというもの。結構昔に起こった事件なので、容自は詳細を知らなかったのだが、日比谷が死亡してしまったことでよくニュースで取り扱われるようになり私も認識していた。
そうだ、彼は確か……
「若いを無差別に殺していた人、でしたよね?」
私の言葉に三人が頷いた。九條さんが続けて説明する。
「今からもう十四、五年は前だったかと思います。若いの死が次々発見され、合計五人の犠牲者が出た事件でした。そのうち四人は絞殺で、同一犯であると始めから言われていましたが、なぜか逮捕までに結構な時間を要してしまった。その犯人が日比谷輝明です」
がつい強張った。そうだ、世間を大きく騒がせた事件だったという記憶だけはある。影山さんが変わり説明を続けた。
「被害者たちは完全に無差別に選ばれたたちだったそうです。面識もなく、若く清楚という共通點があっただけ。殘忍なことに、を連れ去った後もすぐには殺さず、監し恐怖を植え付け、數日後殺害していました。そうか、思えば今回の被害者たちも、怪奇な現象が起きて數日は無事だった……同じ手法です。彼は相手が恐怖に怯える狀態に、快を覚えるらしいですから。
日比谷は裁判の末、死刑が確定されていましたが、執行はまだだった。
當時世間をかなり騒がせた事件の犯人が、結局は法の裁きではなく突然病死したということで、今再度注目された事件だったのです」
さらに伊藤さんが嫌悪剝き出しの表で言った。
「しかも日比谷の何が異常って、逮捕當時二十一歳だった彼は隨分綺麗な顔をしていたってことで、未だに強いファンがいるってことだよ。まあ、ああいう殘忍な殺人を犯した人間に憧れる人は、いつの時代もなからずいるもんだけどさ、日比谷は熱狂的ファンが特に多いらしい。理解できないけどね」
そういえば、と思い出す。何度か眺めたニュースで、逮捕當時の日比谷の顔寫真が流れていたけれど、確かに儚げな青年だった。真っ白なにパーマのかかった髪、素の薄い瞳。この綺麗な青年が、あんな事件を? と驚いた記憶がある。
九條さんが影山さんに尋ねた。
「……で、その日比谷とこの踏切には何の関係が?」
「聖地ですよ」
「聖地?」
「彼の信者たちにとっては聖地なのです。ここは日比谷が犯行當時住んでいた場所です。この映っているアパートではありませんよ、流石にもう無くなってしまっているようですが。
彼の殺害現場は全て自宅。踏切の音を背中に聞きながら、を絞殺していたんです」
ぞくっと寒気がして震えた。その景が鮮明に想像できてしまったからだ。
彼が古びたアパートの一室で、見知らぬの首を絞める場面が。嬉しさと楽しさで満ちた顔で、苦しむ相手を見下ろしている。そうか、踏切や電車が通過する音があれば、殺している時に暴れたりしても周りに気づかれにくいと考えたのかもしれない。
ああ、いつだって、一番恐ろしいのは人間なのだ。
「でも、影山さん何でそんなに詳しいんですか?」
私は頭に浮かんだ疑問をぶつけた。踏切を見ただけで、昔の殺人事件の犯人を思い浮かべるなんて。
彼は苦笑いして言う。
「黒島さんに言いましたね、昔やりたいこともあったと。私はこういった事件について、犯人の過去や育った環境などを研究することに、とても興味があったのです。除霊の方を本業にしてからはあまり行えていませんでしたが、それでも時々興味のある事件は調べることがありまして」
「そうだったんですか! もしかして、會ったことがある気がする、っていうのは、日比谷のことを調べていたからかもですね」
「そうなのかもしれません。
日比谷が亡くなったのは確か一ヶ月ほど前です。今回の事件が発生し出した時期と合っています」
みんな無言で顔を見合わせた。そこで、伊藤さんが突然あっと大きな聲を出した。素早くパソコンに手をばし、何やら作し始める。
「すみませんちょっと調べたいことがあって。続けてください」
片手にスマホも持ち出しいていた。かなり集中しているようなので、今は聲を掛けるのをやめておこう。
九條さんが顔を歪めつつため息をついた。
「若いを無差別に絞殺、死んだ時期と事件発生時期も被っている。日比谷のことを知っていたのになぜ思いつかなかったのか……」
悔しそうに言う九條さんに、影山さんが小さく首を振って言った。
「ニュースで見たりする事件は、人間みなどこか遠い世界のようにじているのです。記憶には殘っても現実と結びつけるのは難しい。まさか有名な日比谷が、なんて思いつかなくても仕方ないです。私こそ、まるで考え付かなかった……あれがあの日比谷だとは。信じられない」
九條さんは大きく息を吐いた。
「これは確定でしょう。今回の霊は日比谷輝明。完全に無差別にを殺したいと願っている狂った相手です」
そうキッパリ斷言した。まさか、相手が有名な殺人犯だったとは思いもよらず、私は何も言葉が出てこなかった。
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