《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》発見

私は俯きながら言った。

「お母さんじゃない、なんて、頭の奧ではわかってたんです。でもひどくを揺さぶられて……」

「日比谷があまりに強いのですよ」

「そうですね……こっちはこんなに苦しそうなのに、やつはすごく楽しそうでした」

私が思い出しながらそう言うと、九條さんが不思議そうに首を傾げた。

「いましたか?」

「ええ、二人の真後ろに。多分、私が手の布を解こうとしたから、それを止めるのに必死で九條さんは気付かなかったのかも」

「なるほど、確かに余裕はありませんでした」

さっきの顔を思い出す。あの説明し難い不快な表に顔を歪めた。なんとか気を紛らわせたくてココアを飲む。それでも気分が晴れるわけもなく、暗い聲で続けた。

「あんなに強くて、相手は面白がってるだけっていうことはショックです。思えばいつもこっちを嘲笑うようにしていたし……日比谷にとっては遊びの一環なんだって」

「彼の力はとてつもない強さです。麗香と影山さんが苦戦していることがその証明です。

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珍しいパターンだと思いますよ、死んで間もないのにあれほどの力があるというのは。普通、長くこの世を彷徨って力を増していくパターンが多いですから。恐らく、これまで手にかけた四人のたちを自分の力にしているんでしょう」

「生前から若いを殺害することに快を覚えていたやつが、死んである意味、自由になってまたそのを葉えている……というじでしょうか」

「それでしょうね。死が相手に自由を與えることになったという、なんとも複雑な展開です」

私ははあと息を吐いた。

ずっと黙っていた伊藤さんがポツリと呟く。

「鏡の準備ができたらもう一度除霊をするってことですけど……もうし何かこっちに有利な事柄がないか、調べますね。やっぱり強いんだ、って目の當たりにしちゃったから」

そう言って彼はノートパソコンを持ってくる。言いたいことはわかる、日比谷の正は分かったけれど、それでも除霊に不安があるのだ。

影山さん一人の力に託すしかないなんて。彼は日比谷との対面で明らかにやつれている。あんな狀態で、大丈夫なんだろうか。

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伊藤さんがキーボードを押す音を聞きながら、せめて相手に弱點でもあれば、と唸る。九條さんも同じことを考えているのか、腕を組んで難しい顔をしていた。

「なんせ相手が狂った殺人犯ですから、何を考えているのかもちっとも分かりませんね」

「そうですね。さっき見えた顔は、やっぱり造りは綺麗な顔立ちでしたけど、異様に口角を上げて笑ってて、とにかく嬉しそうってことしか伝わってこなくて」

「顔?」

九條さんがぱっとこちらを見る。

「顔が見えたんですか?」

「あ、そうなんです。やっぱり日比谷でしたよ、ニュースで見た顔寫真と同じ青年でした」

見間違いではない。一見儚げな青年のおぞましい顔は、目に焼き付いて離れないのだ。

九條さんはゆっくりと眉を顰めて首を傾げた。私も釣られて首を傾ける。

「どうしましたか?」

「今まで顔を見せないようにしてきたのに、急に顔を出して來たのか、と思いまして」

「ああ、私たちが日比谷だってたどり著いちゃったから、もう隠す必要ないじゃないですか」

「それもそうですが……」

九條さんは納得していないようだった。さらに疑問を口に出す。

「それに、さんが見たのはニュースで見た日比谷の顔だったんですね?」

「はい」

「今報道で流されているのは逮捕當時の寫真ですよ、今から十五年は前。青年だった日比谷も、流石に顔立ちが変わっているかと」

「…………あ」

言われて気づいた。そうだ、私が見たあの顔は間違いなく日比谷だったけど、どう見ても二十歳前後の男。最近の彼でないことは確かなのだ。

九條さんはじっと一點を見つめながら獨り言のように呟く。

「まあ、自分の人生において全盛期の姿で出てくる、というパターンはなくはないです。日比谷にとっては一番しく、自由だったあの頃の姿で蘇ったのかもしれませんが……」

そこまで言って黙る。どこか腑に落ちないようだった。

そして、私をまっすぐ見ると真剣な顔で尋ねる。

「さっきあなたが見たりじたりしたことを細かく教えてください」

「は、はい」

そう言われて、私は説明した。足音が聞こえた後、麗香さんや聡の聲がしたこと。母の聲で我を失い気がついたら布を食いちぎろうとしていたこと。それでも九條さんたちの顔なども見えて、笑う日比谷の顔を見たこと。

思い出せる限り細かく説明してみる。終わると、九條さんはまたしても考え込むように黙ってしまった。

(なんかおかしいところあったっけ? 顔を見たのは見間違い、じゃないよね。聲は聞こえなかったよな)

なんせ自分も一杯だったので、見落としていることもありそうだ。必死に先ほどまでの出來事を思い出していると、九條さんがあっと思い出したように言った。

さん、踏切の音は?」

「あれ、そういえばさっきは聞こえませんでした」

「聞こえなかった?」

彼の聲が一段と低くなる。ずいっとこちらに顔を寄せた。

「今まではほとんど踏切の音が聞こえたのでは?」

「そうですね、ええっと……麗香さんの病室、除霊する時、られた時、その時は踏切の音が聞こえました」

「今回だけ聞こえなかった? 室ってきたというのに?」

言われてみればそうじゃないか。日比谷と踏切の音は多くの場合セットだ。なぜさっきは聞こえなかったんだろう?

そう思うも、私にとっては些細な疑問だと思った。宅配便が來たときは聞こえなかったし。

けれどすぐ思い直す。九條さんが気にかけていることは、後々大きなヒントになることが多い。今まで一緒に調査をしてきた上でわかっていたことだ。この踏切の音についても、何かヒントが隠れているんだろうか?

しばしそのまま黙り込んでいる。そして、彼はポツンと言った。

「まるで、答え合わせのようですね……」

「え?」

「踏切の音を散々鳴らして、さらにはさんにその映像を見せ、我々が霊の正まで辿り著く。その途端、『正解だ』と言わんばかりに顔を現し、踏切の音も消える」

「……九條さん? その言い方だと、まるで日比谷が自分の正を私たちに教えてくれたってことになります」

おかしい話だ。除霊しようとした時は顔を隠していたくせに、その後自分で正をバラしてくるなんて。九條さんも自分で言ったことを不思議に思ったのか頷く。

「そうですよね。おかしいです。でもまるで、日比谷に導かれているような気がしてならなくて」

「いろんな疑問は置いておいて、もしそうだとしたら私たちハメられてるってことですよ、危険なんじゃ」

彼は大きくため息をついて天井を見上げる。

「ここに來て未だ疑問が多すぎる……。

何か、何かが引っかかるんです。大きな勘違いをしていそうな、そんな気がしてならない」

私たちはどちらともなく、白いカーテンに目をやった。仮眠室だ。靜かなそこで、影山さんが一人頑張ってくれている。

除霊は彼しか出來ない。そんな無力さが歯い。多分、九條さんたちも同じことを思っているんだろう。

そのまま伊藤さんがパソコンを作する音だけが響いた。九條さんが飲んでいるココアはだいぶ量がなくなってきている。私もストローで甘みを補充する。

九條さんが出してきた疑問、いずれも同意できる。

もし、もし……今進んでいる道が、全て日比谷の思い通りだとしたら、鏡の準備が整ったところで、除霊なんて無理なのでは?

前回間一髪のところで、影山さんが包丁で出させ、日比谷を追い出した。九條さんもさっきしてくれた。もう次は使えない手だ。

次は……使えない。

不安に押しつぶされそうになる。ダメだ、

気を強く持たなきゃ。そう言い聞かせるけれど、ずっと付き纏ってきた『死』の恐怖が一番近くに迫ってきている気がする。

もし萬が一、自分に何かあったなら

「九條さん、ちゃん」

考え事をしている時、突然伊藤さんの低い聲がした。はっとして隣を見る。九條さんもマグカップを一旦置いて伊藤さんを見た。

「どうしました?」

隣に座る彼の橫顔を見て、私は息を呑む。

伊藤さんは鋭い視線でパソコンの畫面を見ながら、青い顔をしていた。普段ニコニコしている彼とは別人のような表。自分を落ち著かせようと、一旦息を吐いたのが分かる。

々調べていたんですけどね」

「何かわかりましたか」

「わかりましたけど、わかりません。

これ、どう思いますか?」

伊藤さんはそう戸いの聲で、パソコンをくるりと私たちの方に向けた。二人で畫面を覗き込む。一枚の寫真があった。

伊藤さんが一言、言葉を発する。

途端、九條さんが勢いよく立ち上がった。目の前にあった寫真に驚き、ついそうなってしまったようだった。置いてあったマグカップが倒れ、ココアが溢れる。でもそれを掃除する余裕すら、私たちはなかった。

誰一人言葉がでず、瞬きすら忘れた。

「……どういう、こと、ですか?」

私が震える聲を絞り出す。

九條さんを見上げた。彼は顔を真っ白にさせ、目を見開いて停止している。だが、その景は、彼が脳で必死に考えを巡らせているのだとわかっていた。

正直、私は驚きで頭が回らない。

「これ、今回の件に関係あるんですか? 無関係でしょうか。でも、こんなこと」

私の言葉に彼は答えなかった。じっと考え込み、瞬きすらしていないように見える。

そのまま時間が経過し、突然その口があっ、と小さく開いた。それを否定するように小さく首を振り、だがすぐにまた頷く。

ようやくいたかと思えば、力無くソファに座り込んだ。

がくっと頭を垂れ、小さな聲を出す。

「一つ……考えられる結論があります。が、正直これが正しいのかどうか、私には分かりません」

「え……」

「試してみる価値はある、と思います」

ゆっくりと顔を上げた九條さんの瞳は、強くっていた。

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