《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》諦める

ふと目が開いた時、一瞬ここがどこだかわからなかった。隨分と睡してしまっていたらしい。

眠気との戦いは私の負けだったようだ。のそっと頭を起こしてみると、向かいのソファに九條さんが座っているのが視界にった。はっとして勢いよく起き上がる。

「く、九條さん! すみません、私寢てましたね!?」

彼はソファに座ったまま、何かを考え込むようにぼんやりと窓の外を見ていた。そして私の聲に反応し、ゆっくりとこちらを見る。

外は暗くなっている。時計を見てみれば、一時間ほど眠ってしまっていたようだ。

「ああ、おはようございます」

「起こしてくれればよかったのに! すみません、待っててくれたんですね」

慌てて起き上がってみると、布が掛かっていた。九條さんが掛けてくれたのか、と気づき、すこしが弾んでしまう。

私はそんな自分を隠すように、布を畳みながら言った。

「お待たせしてすみません、ほんと。気がついたら寢てしまってて」

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「疲れが出たんでしょう、當然のことです」

「そんな、私はちゃんと眠らせてもらってたのに。九條さんたちこそ、まともに寢てないですよね? なのに私一人ぐうぐうと」

「危機が迫っていたあなたの心労は計り知れませんから。お疲れ様でした」

そう言って彼が微笑む。私も釣られて笑い返した。

帰りの支度をしようと思っていると、九條さんが無言で立ち上がり、そのままこちら側へ回り込んだ。そして、私の隣に腰掛ける。たったそれだけのことで、大きくが鳴った。わざわざ隣に座り直すなんて、どうしたんだろう。

彼は何も言わず、どこかまっすぐ前を見ていた。私は沈黙に耐えられず、こちらから口を開く。

「本當に解決してよかったです。九條さんたちにはどうお禮を言えばいいのか分かりません」

「お禮を言われるようなことは何もしていません」

「後味がいいとは言えないけど、私は助かったし、これで次の被害者が出ることもない。そこは素直に喜びたいんです。影山さんのこと、九條さんが気づいてくれたから」

「いいえ、彼をそそのかしていたのが日比谷本人だったことまで考えませんでした。すみません、あなたを危険な目にあわせた。もし、麗香が來てくれなかったらと思うと」

そう言った九條さんは口を結んだ。あまり晴れないその表に気付き、顔を覗き込む。

「……自分の無力さに呆れていました。麗香が間に合ったからよかったものの、あのまま何も出來ずあなたを失うかと。今まで祓えないことなど、そんなに気にかけていませんでしたが、今日初めて、自分に祓う能力があればと思いました」

九條さんの口から出てきた信じられない弱音に、私は驚き言った。

「そんなこと言わないでください。私だって、ただ視えるだけの能力で、今までずっと悩んできたんです。こんな力何も役に立たないって。でも、祓えなくても価値はあるんだって教えてくれたのは九條さんじゃないですか。

それに麗香さんだって、影山さんの存在がいたら除霊できていなかったんですよ。だから、九條さんのおかげなんです。それにたどり著く資料を見つけてくれた伊藤さんも。

私の命はみんなの力で助けられたんです」

噓偽りのない言葉をぶつけた。

相手が強すぎた、誰か一人欠けてもダメだったのだ。

するとゆっくり九條さんがこちらを見る。目が合った途端、全流が速まった気がした。不思議な目ので、私を見ている。こちらをとらえて離さない、そんな強い目だ。

「あなたに何かあったらと思うと、生きた心地がしませんでした」

どこか力無く言われたそのセリフに、愚かにも私の心は騒ぎ出す。

なんて顔で、なんてことを言うんだ。無自覚なのがまた厄介な人。深い意味なんてないって分かっていても、これじゃあ私が辛いだけ。

私は顔をそらす。なんとか九條さんの視線から逃れたかったからだ。そして、ずっと溜め込んできた不満をついにぶつけた。

「あ、ありがとうございます! でもですね九條さん。あの、言うタイミングといいますか、々考えてくださいね!」

「タイミング?」

「だけじゃなくて、言い方とか容とかとにかく全部!

九條さんは深い意味なんてないって分かってますし、無自覚でそういうことを言うのは前からだって知ってます。

でも、振った相手にそういうこと言うのはよくないんですよ、せっかく諦めようって頑張ってるのに、また心が引っ張られるというか」

何を言っているんだ自分は。恥ずかしくて稽な不満を言ってしまっている。

でも指摘しないとこれからもずっと続くんだもん、勘弁してほしい。諦めて新しいを見つけにいく自分の妨げになってしまうんだから。

「ですから、こう、そうだ、せめて二人の時はそういうこと言わないでおきましょう! そうすればまだ大丈夫だと思います。まあ調査中二人のことが多いんですけど、私が早く諦めるにはそこは気をつけてもら」

「諦めちゃうんですか?」

予想外の言葉が返ってきたので、勢いよく橫を見た。てっきり、『はあ、すみません気をつけます』なんて気の抜けた返事が返ってくると思っていたのだ。

九條さんは真剣な顔で私を見ていた。冗談でもなく、本気で尋ねているようだった。

(……何、言ってるの)

自分が何を言ってるか分かっているの?

人をバッサリ振ったのはどこの誰だ、忘れたとは言わせない。

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