《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》笑い聲

一気に怒りが込み上げてきて、私は聲を大きくさせた。

「諦めろって言ったのそっちでしょうが! そりゃ可能ないなら他の探しますよ、葉わないけど一生一途、なんてどっかの小説じゃあるまいし、私は」

捲し立てるように言葉を吐く私を、九條さんは黙って見ている。冷靜な彼を見ると、的な自分が馬鹿みたいに見えた。ぐっと言葉をのむ。

どうしていいのか分からなかった。だめだ、もうこの話は終わりにしよう。早く帰宅してお風呂にる。うん、それが一番だ。

多分疲労もあって、今日の自分はどこかおかしい。

一度呼吸を落ち著け、冷靜になる。

「……すみません、ちょっと興しちゃって。帰りましょう、九條さんも疲れていると思いますし。帰ってゆっくり」

立ち上がりながらそう言った私の手首を、九條さんが摑んだ。反的にそちらを見る。私を見上げるその顔に、息が止まった。

「そう言ったのは確かに私です。

あなたはとてもいい人で優秀です。仕事仲間として信頼していますし、人間は尊敬しています。けれど、対象に見たことはなかったんです」

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「は、はい、もう聞いたから大丈夫ですって」

「でも。

あなたにもしものことがあったら。

あなたが他の誰かのところに行ったら。

……そう考えるだけで、狂ってしまいそうになります」

無言で彼の方を見た。

九條さんがゆっくり立ち上がる。私の手首は握ったままだ。そこから流れてくる溫が、やけに熱い。

背の高い彼を見上げ、揺れる瞳に自分を映した。なんだか、今日の九條さんは見たことがない顔をしている。

私だけでなく、今日は九條さんも、どこかおかしい。

「あなたがもしよければ、付き合ってみませんか」

「…………え?」

なんだか、日本語じゃない言葉が流れてきたかも。いや、でも意味は分かった。けど理解できない、そんな覚。

ぽかん、としながら聲も出ない。

今なんて言ったの?

つき、あ、う、って、

本當に九條さんの口から出てきた言葉なの?

頭の中は完全にフリーズした。だってあまりに信じられないセリフだったから。

「く、じょう、さん?」

「はい」

「今、よく分からない言葉が出てきたような気が」

「多分、聞こえてますよねそれ」

「え、だって、えええ?」

に震えが生じてしまっている私に対し、九條さんはどこか気まずそうに顔を背けた。

「今更都合がいいとはわかっています。それに……ご存じのとおり、私は基本人付き合いに関してはズレています、自覚があるんです。気も使えないし察することも出來ない。

あなたの期待には応えられないかも」

そう言った彼の橫顔は、どこか苦しそうだった。

もしかして、彼は彼なりに、マイペースな自分をコンプレックスに思ってたんだろうか。今までもそうして失敗を重ねてきたんだろうか。過去にそんな何かがあったのかもしれない。

初めて見た九條さんの弱気な様子に、私はなぜか嬉しく思った。

「何言ってるんですか、九條さん!」

笑いながらそう明るく聲をかけた。それに驚いたように私を見る。

「そんなの知ってますよ、一年どれだけ一緒の時間を過ごしてきたと思ってるんですか。それを承知で告白したつもりだったんですが」

そうだ。相手は今まで出會ったことないほどの変人だ。主食はポッキーだしドライヤーも炊飯も持ってないし、いつも寢てるし天然だし。殘念すぎるイケメン。

でも、そんなの全部知った上で好きになったのだ。苦労するからやめておけ、と何度も自分に言い聞かせたのに、言うことを聞かなかったのはこの私。

今更何を言ってるんだろう。

「九條さんがそんな弱音を吐くなんて意外でした」

笑っていると、彼もふっと力を抜いて微笑んだ。

「あなたのそういうところ、やっぱり凄くいいと思います」

嬉しそうに言った九條さんの顔を見て、笑っていた余裕は再び吹っ飛んでいく。心臓が誰かに握りしめられたように痛い。

何度も諦めようとして、でも出來なかった。絶対報われないだろうって思ってたから。

だからまさか、こんなことになるなんて想像もしていなかった。諦めずに片想いしていてよかったと、心の底から思える。

慨深く思っていると、ふと九條さんの手がびる。それだけで、自分のが跳ねた。

ゆっくりく綺麗な指がこちらに迫る。スローモーションのように見えた。憧れてならなかったその手が、私の頬にれ———

ストン、と力が抜けた。おが冷たい床についている。痛みなどは特にじず、ただ呆然としながら見上げた。九條さんもぽかんとしている。

「……あ、えっと……

腰が抜けたみたいです」

素直にそう言った。

だって、こんな展開私は追いつけない。多分もうも心も限界なのだ。ついに立っていられなくなり、電池がなくなったおもちゃのように突然停止しましたとさ。

し沈黙が流れたかと思うと、突然九條さんが吹き出した。そして珍しくも、大きく笑っている。

笑われた。そりゃそうだ、だってムードのかけらもない。普通こういうのって、いいじのラブシーンで締めたりするもんなのに、腰ぬけるって。

顔を赤くしている私に、九條さんがしゃがみ込む。そして、未だに笑いながら言った。

「あなたって、本當に面白い人ですよね」

そう言った彼の笑顔があんまりにも可くて、ずるかった。そんな顔が見れたなら、腰抜けたダサい姿を見られてもまあいっか、って思えるほどに。

私も釣られて笑い出す。二つの笑い聲が、部屋に響いていた。

それから仕事はしばらく休んだ。私だけではなく、九條さんや伊藤さんも同じように休んだらしい。

そりゃ夜もあまり眠ることなくを持っていていたのだ、休息も必要。

私も帰宅し、お風呂にった後は死んだように眠った。人生の中で新記録を生み出すほどの長い睡眠で、起きた後は目がパンパンに腫れていた。

それから食べたいものを食べ、見たいテレビを見、聞きたい音楽を聴き、リラックスして過ごした。普通の生活がこれほど幸せだとは。もっと謝して毎日を過ごそう、と改めて思う。

麗香さんからラインが屆き、影山さんと共に院したこと、二人とももうすぐに退院できそうだということも聞いた。影山さんはかなり塞ぎ込んでいるそうだが、麗香さんがそばにいるなら大丈夫だと思う。時間はかかるだろうが、また除霊師として活躍してほしい。

休みの間、特に九條さんと會うことはなかった。流石の私もあんな事件があった後で、すぐにモードにれるわけもない。お互い落ち著いてから、ようやくスタートするのかな、というじだ。

ただ、仕事が始まる前日、彼から一通ラインがきた。今までほとんどくることがなかったので、飛び跳ねて確認した。

『またお弁當、作ってもらえますか』

実は夢オチだったらどうしよう、とかに悩んでいた自分は、そのメッセージを読んで、夢じゃなかったんだと思えた。

嬉しさと、どこか慨深いも相まって、しだけ涙して返信した。

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