暇なら読んでみて下さい。

( ^-^)_旦~

弟子り騒から數日経ったある日のこと。

朝早くからウォルトが住み家の裏にある畑で野菜を収穫していたとき、鼻と耳がピクピク反応する。

『久しぶりだな。いつぶりだ？』

獣人は嗅覚や聴覚などの五が、人間に比べて遙かに優れている。冒険者パーティーにおいても、戦闘は勿論だが斥候や警戒も得意分野だ。

五は當然獣人でも個人差がある。ウォルトは、他の獣人に比べて力が大きく劣る反面、そういった覚が非常に鋭い。

今も風上から近づいてくる知り合いの匂いと足音をじた。

しばらくして、匂いの主が姿を現す。

「よぉ。久しぶりだな」

「久しぶりだな。マードック」

現れたのは筋骨隆々の男の獣人。

その軀はウォルトより二回り近く大きく、濃紺のビロードのような皮を纏い、一見ゴリラのような風貌だが、実際は狼の獣人で頭の申し訳なさげなタテガミが特徴的だ。

鍛え抜かれた鋼のような筋に加えて、至る所に古傷があり歴戦の戦士といった佇まい。

「土産持ってきたぜ」

マードックが手渡してきたのは、街で買ってきたと思われる酒だった。

「ボクは酒飲めないって知ってるだろ？」

「俺が飲むためだ！ガハハ！つまみは頼むぜ！」

豪快に笑いながら、ターキー鳥を４羽差し出してくる。まだ元気にジタバタいていて、いかにも來る途中で捕まえたといったじだ。

「解った。ゆっくりしていってくれ」

畑作業を切り上げて住み家の中へと案する。マードックは慣れた様子で居間の椅子にドスッと腰掛けると、クンクンと鼻を鳴らして部屋の匂いを嗅いだ。

「知らねぇ匂いがある…。これは…獣人じゃねぇな。１人、いや２人か？」

「冒険者の友人だよ。人間だ」

「また助けたのか？お前は、お人好し過ぎんぞ」

マードックは呆れたように言う。

「森で倒れてたんだ。放っておけない」

「相変わらず好きだな」

「なんとでも言ってくれ。ちょっと肴を作ってくる」

ターキー鳥を片手に臺所へ向かうと、手早く捌いて肴を作る。マードックは見た目通り大食漢なので作り甲斐がある。肴だから香辛料たっぷりで焼いてみようか。

作り終えて、出來上がった肴とグラスを差し出すと、マードックは土産の酒を手酌で飲み始めた。肴もバクバクと豪快に食べている。

「ふぅ。旨ぇ…」

自分が酒を飲めないのもあるが、朝早くから酒を飲むことなんて考えられない。ただ、味しそうに見えるのも事実。

今日はオーレン達が來る予定はないから、も全部食べさせていい。マードックと向かい合った椅子に座ると、淹れてきたお茶を飲む。

「會うのはいつぶりだ？」

「半年ぶりくらいじゃねぇか？」

食べる手を止めずにマードックが答える。

「なかなか會わないもんだな」

「たまには街に來いって言っても、お前が全然來ねぇからだろうが！こっちは仕事が忙しいから、そうそうこれねぇんだよ！」

マードックは酒を煽りながら怒っている。その姿を見て、苦笑するしかない。まったくその通りだからだ。

一見暴に見える狼の獣人マードックは、冒険者でオーレンと同じ戦士だ。オーレンは剣士かもしれないけど。

あまり興味が無いから詳しく聞いてないけど、何人かでパーティーを組んでいて街ではまぁまぁ有名らしい。

同郷で歳も同じ。いわゆる馴染みで、かなり長い付き合いになる。『獣人らしくない』と他の獣人に疎まれる中で、普通に接してくれた數ない友人。

そして…マードックは、両親以外でボクが魔法を使えることを知ってる唯一の獣人。

「お前がここに住んで、もう何年だ？」

「もう５年になる」

「辛くはねぇのか…？」

「全然。たまに會いに來てくれる人もいるし。マードックみたいに」

「うるせぇ！言ってもお前が來ねぇからだろうが！」

「悪いと思ってるよ」

フン！と鼻を鳴らしてそっぽを向いたマードック。こう見えて昔から面倒見がよくて兄貴だ。口調は暴だけど、獣人にも慕う者は多かった。

「ところで、今日は何か言うことがあって來たんじゃないのか？」

問いかけるとマードックの耳がピクリといた。何故気付いたかというと、マードックからいつもと違って困している匂いがするから。

獣人は人間と違ってが匂いに出やすい。ただし、ボクには親しい者の匂いしか解らない。そのことをマードックに伝える。

「お前のその能力は何なんだ…？普通の獣人はそんなことまで解らねぇ」と呆れた様子。

「ボクは普通の獣人じゃない。お前はよく知ってるだろ？」

「チッ！」

舌打ちしてもう一杯酒を煽ると、グラスを置いて重い口を開いた。

「サマラが…　番(つがい)になるってよ…」

予想していなかった一言に、思考が停止する。直ぐに言葉を紡ぐことはできなかったが、一呼吸おいて冷靜に答える。

「そうか…。おめでとうと伝えてくれ」

「お前は…それでいいのか？」

「もちろんだ。好き合ってるんだろう？」

「あぁ…。相手にも実際會ったけどよ、ムカつくことにイイ奴だった」

「よかったじゃないか」

「あぁ…。上手くいかねぇよ」

苦蟲をかみつぶしたような表のマードックを橫目に、窓から見える風景をぼんやり見つめる。

サマラはマードックの妹で、同じく馴染みだ。小さな頃はよく一緒に遊んでいて…ボクはサマラのことが好きだった。

彼もボクに偏見を持たない獣人だった。々あって、森に移り住んでからは１度も會っていない。

「おい。ウォルト」

名を呼ばれて窓からマードックに視線を移す。

「なんだ？」

「お前…サマラに會う気はねぇか？」

いつになく真剣な眼差し。冗談で言ってるわけじゃないのは伝わった。

「ボクは…會いには行けない。今さら、どんな顔して會えばいいか解らない」

「俺が話を通しても、無理か？」

コクリと頷く。それを見たマードックは、予想外の言葉を口にした。

「お前……俺と勝負しろ」

いきなり勝負を挑まれ困する。

「いきなり何だ？」

「お前が負けたら…サマラに會いに行け」

マードックの提案を聞いて、眉間に皺が寄る。

「なんで、そんなに會わせたがるんだ？」

「俺は…サマラにはお前と番ってしかった。けど、くだらねぇ獣人社會のせいで…。あの頃、お前らは好き合ってたろうが！それを…」

「……」

確かにサマラのことが好きだった。將來、番になれたら…と淡い想いを抱いていた頃もある。ただ、好き合っていたかは解らない…。サマラもそうであってくれたら嬉しいと思っていたけれど。

「俺は…馬鹿だから難しいことは解らねぇ。けど、アイツが番う前にお前と會わせてやりてぇと思った。…もう、アイツの踏ん切りがついてんならそれでもいい。でも、もしそうじゃねぇなら、最後にお前と話をさせて思い殘すことなく幸せになってもらいてぇんだ」

「……そうか」

「全部、俺のワガママだってのはよく解ってる。だから、勝負はけなくてもいいぜ。どうする？」

「…ボクとお前が、闘うってことか？」

「當然だろ。獣人が勝負と言って、他に何かあんのか？」

至極當然といわんばかりの表を浮かべている。本當は聞くまでもなく解ってた。獣人にとって、勝負といえば闘うということ。それ以外にない。

目を閉じて思案する。

マードックは、戦闘狂と言ってもいいほど闘うことが好きな獣人。昔からその強さは折り紙付きで、なくとも１対１の闘いで負けた話を聞いたことがない。

過去に、ケンカも含めてマードックと闘ったことはないし、マードックに限らず対人戦闘の経験もない。

経験が全くなくはないけど、非力すぎて獣人同士のケンカで勝ったことがない。森に移り住んでからは獣や魔と闘っているだけ。

いを斷るのは簡単だ。ただ、マードックが弱者に力をひけらかすような男じゃないことは解ってる。今回のいが、ただ闘いたいという理由でないことは明白で、だからこそ答えに困る。

きっと…ボクをサマラに確実に會わせるためにはどうすればいいか？と、マードックなりに考え抜いて達した結論。

この暴だけどは優しい狼の獣人は、自分が勝負に勝つことで會う口実にしてやりたいと考えてる。

それに、マードックが會わせたいと思ってるのは、サマラじゃなくてボクの方だ…。

サマラに番になるような人がいるのなら、ボクのことはもう何とも思ってない。踏ん切りなんかつける必要も無い。格や思考については知っているつもりだ。

會わせてやりたいという気持ちは、余計なお世話のはず。そんなことを告げたら怒り出すかもしれない。おそらくマードックも解ってるはずなのに、會わせてやりたいと言った。

それは、最後にサマラに會って『気持ちの整理をつけろ』という、馴染みなりの優しさ…。

『このままだと、お前が後悔するぞ』

そう言われた気がした。

しばらくして目を開くと、意を決して答える。

「わかった。勝負をけよう」

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