《【書籍化】初の人との晴れの日に令嬢は裏切りを知る〜拗らせ公爵はを乞う〜》落とされた

「口元を塞げ!!」

そう聲が聞こえた瞬間、目の前にティツィアーノ=サルヴィリオが降り立った。

は何かを大蛇に向かって投げつけた。鮮やかな赤いがベッタリと大蛇に付くと同時に、強烈な刺激臭がして、思わず布で口元を覆った。

は私の腕を引っ張り走り出した。

ちらりと後方を見ると大蛇はその刺激臭をものともせずこちらを追いかけてくる。

大蛇用の嫌がる匂いか何かを投げつけたかと思ったが、違うようだ。

「何を投げ付けたんですか!?」

「黙って、もうすぐ著くから!!」

その時、高い崖を背に退路が塞がれた。

この崖は流石に登れない。

――――――やはり、私が倒すしかないか。

そう思った瞬間、彼は大蛇に向かって不敵に微笑んだ。

「さようなら。」

その笑顔に目が釘付けになった瞬間上空から大鷲が大蛇の頭上にのし掛かった。

さらにもう一羽、尾を鷲摑みし、二羽で大蛇を引きちぎり崖の上空にある巣へと持ち帰っていった。

あまりのあっという間の出來事に呆然としてしまう。

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「あの刺激臭は、大蛇の覚を狂わすものでも何でもなく、真っ赤なは大鷲が見つけやすいように付けたものよ。」

つまり、彼はここに大鷲がいることを把握していたと言うことだ。この巣は野営地から見えにくいところにあるが、いつここを知ったのだろうか。

そう驚きながら彼を見ていると、スッと彼の目が細められ、低い聲で聞かれた。

「ところで、どうして三人を隊に戻した?一人であの大蛇は無謀だと思わなかった?」

「……四人で死ぬより僕一人の犠牲で済むならと思いまして…。」

本當は一人で大蛇と対峙した方が楽だったからだ。

簡単に倒せるとは思わなかったが、大蛇にそれなりのダメージを與えて逃げる時間は稼ぐ自信があった。

「僕一人の犠牲?」

は濃いブラウンの瞳に怒りを滾らせ、繰り返した。

「はい、彼らはまだ新米騎士ですし、未來ある若者です。民の為にも……戦って命を落とせるなら本です。」

本當は國の為に死んでも良いなんて思っていないけれど、自分の命を重たいものだとはじない。

戦爭や討伐で消えていく命を數えきれないほど見てきた。

『戦って死ぬ。』

それが私の人生だ。

もちろん簡単に死ぬつもりはないけど、自分の人生に執著はない。

そんなことを考えていた瞬間、ぐらを摑まれ後ろの木の幹に叩けつけられ、絞り出すような聲で彼は言った。

「死ぬことは許さない。どんな狀況でも生きることを諦めるな。命令だ。」

その瞬間心臓が大きく跳ねたのが分かった。

に向けられた瞳は、逸らすことを許さないものだった。

こんなにも強いを瞳に宿したを見たことがあっただろうか。

いつも寄ってくるはキツイ香水の香りを漂わせ、とても好ましいとは思えない視線を向けてくる。

を売るだけでなく、私の価値を値踏みし、自を飾り立てることに全てを注いでいる。

でも、今目の前にいる彼は訓練で日に焼けた小麥に、剣だこの出來た手で私のぐらを摑み、化粧っけの無いを曬し、その瞳はきらきらと生気に満ち溢れている。

視線をそのしさから引き離すことなどできなかった。

自分の全神経が彼に集中する。

「貴方の犠牲でどれだけの人間が悲しむと思うんだ。家族や、仲間、……この瞬間をこの短い時間を共有した私ですら貴方が死んだら心は苦しい。」

私は部下に、周りの人間にそんなことをじたことなどない。

戦う立場にいる以上それは當然のこととれているし、戦場にいる人間はそうじている人間が多いだろう。

でも彼は心がかで、きっと人の心に寄り添える人間だ。

私が死んだら辛いと言うその言葉は、今の彼の表が真実だと表している。

「私が王太子妃となり、いつか王妃となった時、誰も飢えることなく、戦爭や魔に怯えることなく、全ての國民にこの國を故郷と誇ってもらえる國を作りたい。」

そんなのは綺麗事だ。そんな甘い考えでは國は守れないし、間違いなく淘汰されていくだろう。

「綺麗事と笑う?それでもどこか一つ妥協して歪めてしまうと、全てがいつか捻れて行ってしまう。私はそこだけは違えることのない人間でありたい。この手から溢れていく命だってあるのは分かってる……。それでも…それでも。」

きっと彼は貴族社會の腹の探り合いや、化かし合いはできない格だろう。

実直で誠実。でもその純粋さではこの貴族の世界は生きにくいはずだ。まして王家など謀にまみれた象徴だ。

ならば、私が彼の手が汚れることのないように、歪ませることの無いように、全てのものから彼を守ろう。

「そのままの貴方で國を守ってもらえるのなら、私たち民は幸せです。」

そう言うと彼し驚いたように目を見開いた。

「貴方の為に死んでもいいと言ったら貴方は怒るんでしょうね。」

そう笑いながら言うと、彼はむっとしたように、「當然だ。」と言った。

「では、貴方の為に生きることを許して頂けますか?」

そう言って、片膝を突き、騎士の忠誠を誓う禮をとった。

すると彼は自の剣を鞘ごと外し、私の肩にれるかれないかのところでピタリと止め、心地良い聲で言った。

「貴方の生きる目標ができるまで、その心と忠誠を預かります。」

普通はそんなこと言わない。

騎士の忠誠は貴族、王族共に騎士が生涯死ぬまで誓うものだ。

それを誓われるものは數を誇る。

強制できない忠誠は自を高めるものとされているからだ。

頭上から剣が引かれた気配をじ、下から彼を見上げると、森に差し込むが彼を照らし、神のようだと思った。

直し、彼しさから目が離せない。

大きく響く鼓は大きく耳に響き、ざわりと不快ではない何かが全を駆け巡った。

その直後、泣きたくなるような、がじわりと苦しくなる覚に襲われる。

は皇太子の婚約者だ。

人生で初めて何かをしいと思ったその瞬間、手にることはないと知った。

三年前のあのを忘れることは無かった。

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