「お姉様。今日はわたくしの服を選んでくださる？」

そう綺麗に舗裝された道を走る馬車の中でリリアン様ににこやかにそう言われた。

今日は公爵家三兄弟の買いということで街に來ている。

「ドレスを見に行かれるのですか？」

こんなにかわいいリリアン様なら何を著ても似合うだろう。

実際彼はお灑落で、いつもセンスのいいドレスを著ている。

ふわふわのらかそうなかな髪も々とアレンジが出來そうだ。

と言っても、私は侍のふりをしているだけで、細かい作業が苦手なのでそういった事は全部リタに任せている。

「ドレスとか々見たいと思っているけれど、お店のこともあるから報収集したいの。」

「お店？」

「はい。『レアリゼ』という容の専門店を趣味でやっているんです。最初は仲間のご令嬢たちに容のアドバイスをしていた事から始まったんですが、なんだか噂になっちゃって。こぢんまりだけど、意外に繁盛しているんです。」

ここにおったかー！！！

目的の店の経営者がリリアン様だなんて思いもしなかったけど、彼の趣味から始まっていたとは……。

どうりでリリアン様は綺麗だと思った！

今ままであったことのある令嬢たちと比べ、一際可いと思っていたけど……。

まさかの十歳児……。

「お姉様も良かったらぜひお店で遊びましょう。」

そうにこやかに言うリリアン様の言葉にリタが、「これは、シルヴィア嬢とやらに會ったとしても、公爵家から離れられませんね。」と私にだけ聞こえる聲で言った。

「そうだわ、時間もたっぷりあるからお姉様も寄りたいところがあったら仰ってね。リタも何処か寄りたいとこはある？」

「え、私は味しいスイー……ツっぐ……。」

そう真顔で言うリタの脇腹をついて黙らせる。

一介の侍は仕える人間に寄りたい所とかリクエストしませんよと思いながら、笑顔で返す。

リタも私の目的の『レアリゼ』が見つかって余裕が出たのか、上機嫌に見える。

「いいのよ、リタは本當に味しい食べに目がないのね。」

うふふと笑うリリアン様に、仕える人間にそんなことするのはウチのリタとテトぐらいじゃないかと乾いた笑いが溢れた。

その時、街を走る馬車の窓から一瞬見えた姿に驚く。

――テト！！

考えていたから見間違えたとかではなくテトだった。

リタも見えたようで、お互いアイコンタクトを取る。

テトは何をしに來たのだろうか？

ここにいることがバレた？

まだ何も出來ていないこの段階では帰れないし、そもそも帰るつもりもない。

そうこう考えているうちに、馬車が目的地に著いたようで、ゆっくりと停まった。

とりあえず店にいる間は見つかることはないだろうから一安心だけど、街を歩く時は気を付けなくては…。

馬車から先に男陣が降りて、リリアン様が降り、その後に続こうとすると、「お手をどうぞ。」と、スッと手が差しべられた。

差しべられた小さな手に思わず固まってしまう。

「ウ……ウォルアン様。私は侍ですので、そのような気遣いは不要かと……。」

見下ろす先には金髪のサラサラの髪を輝かせ、あどけない笑顔で手を差しべる天使がいる。

「そんな事を言わないで下さい。リリアンの大事な方は僕にとっても大事な方です。」

ねえ、おかしいよ？

一介の侍にそんな事普通しないよ？

そう思いながらも純真無垢な満面の笑みで差し出された手を取らないことがあるだろうか。

いや、無い。

その手を取って降りた瞬間、絶対零度の寒気を背後からじ、さらにはドゴッといういものが壊れる音がした。

音のした方を振り向いた瞬間、笑顔なのに、誰もくことの出來ない程の冷気を纏った公爵様が立っていた。

足元にはレンガで舗裝されたはずの綺麗な地面が、不自然に凹んでいる。

「あぁ、ここの舗裝は甘かったようだな。セルシオ、業者に連絡しておけ。」

「は……はい。」

橫には顔を真っ青にして、ちょと引いた顔のセルシオさんがいた。

恐らく、侍の分際でウォルアン様にエスコートさせたのに怒っているのだろう。

「あの、公爵様、申し訳ありま……。」

「さぁ、お姉様！りましょう！！！」

謝罪する隙を與えてもらえず、リリアン様に店に引っ張り込まれた。

待って！！待ってえええ！！

公爵様の不興を買って屋敷を追い出されるわけにはいかない！！

そう思いながらも、そのままリリアン様にVIP室に連れ込まれた。

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

彼の好みを知るためにリリアン達とブティックに來た。

寶石店に、雑貨屋、食や小の好みを知りたい。

後は彼の目的が何なのか、リリアンに行きたい所も聞き出すよう言ったが市にはこれと言った目的地は無さそうだ。

『アンノ、リタ。まだ、ティツィアーノ嬢は見つからないが、彼の部屋に置くものや服や寶石を選んでほしい。』

屋敷を出る前に彼たちにそう伝えると、リタは躊躇いもせず、「畏まりました。」と返事をしたが、アンノはリタに倣い、頭を下げるにとどめただけだった。

きっと、公爵邸に殘るつもりは無いんだろう。

しかし、そうはいかない。

絶対にここから出すつもりはない。

その為にもセルシオがバランスを考えろと言うから彼のエスコートを我慢したと言うのに何故か弟が彼を馬車から降りるエスコートをしていた。

完全に彼を義姉として見ているようだから仕方ない…………が、それでも、それでも彼のエスコートをああも易々と……。

自分の狹量さに呆れため息をつく。

そう思いながら心に黒い澱が溜まっていくのが分かる。

弟相手にこんなになるのに、他人であったならどこまで我慢出來るか……。

『彼のする人間』とは誰なのか。

その男にだけ、彼にれる権利があるのか。

あのあどけない瞳に寫される資格を得た男が、彼のらかな頬に手を添え……あのに……。

「最悪だ！！」

そのシーンが頭に浮かんだ瞬間、叩きつけた拳と共にバキッという破壊音がし、目の前の機が半分に割れていた。

ハッと顔を上げると、目の前にはフィッティングルームから丁度出てきたティツィアーノが立っていた。

先ほどまで著ていた外出用の綿のドレスでは無く、シルクの夜會用のドレスで、彼の雰囲気に合った澄んだ水に、すらっとした型を引き立たせるシンプルなAラインの作りになっていた。

形はシンプルだが、ハイネックになっている部分は繊細なレースで真珠があしらわれている。

最近のドレスは元を大きく開いたデザインになっているが、けたレースに隠されたデコルテが想像を掻き立てる。

あまりのしさに固まっていると、

「……ですよね。」

目の前の青くなった彼がそう呟いたが、一瞬何を言っているのか分からなかった。

「お兄様……最低。お姉様がティツィアーノ様とほぼ同じ型だと言うからわざわざ著てもらったのに。」

そう言ってリリアンが絶対零度の視線を投げつけてきた。

リリアンは本當にティツィアーノに心酔しているようで、今まで自分に向けられたことの無い目をしている。

周りの視線もそれと同じくらい……いや、リタに至っては殺さんばかりの殺気だった。

「はっ……、い、いや、最悪なのはアンノではなく……。ちょっと仕事の事を考えていたからで……。」

思わずしどろもどろになってしまう。

「男の人ってすぐ言い訳に仕事仕事って。お姉様、だけで裝を決めましょう。」

リリアンがそう言うと、陣は別室に出て行った。

「――――――何してるんですか。」

セルシオが左斜め後ろから言った。

「うるさい。…………先ほどのドレスと、違いで白も注文しておけ。」

「了解しました。……フォローに行かないんですか？」

「今行ったら、リタから暗が飛んでくるだろうよ。」

「あぁ、彼結構仕込んでますよね。」

「…………どうしたら良いと思う？」

「……をぞんざいに扱ってきたツケがここにきて払わされていますね。」

自分でなんとかしろと言いたいのは分かる。

普通の令嬢ならフォローする気もないが、……ティツィアーノを傷つけた。

他の誰でもない私が傷つけた。

彼に好きだと、してると伝えられたらこんなことに悩まないのに。

引き寄せて、抱きしめて、綺麗だと伝えたい。

出來ないもどかしさにがざわつき、吐き出せない澱が溜まっていく。

その澱がさらに重く、暗く、それが増えていく。

思い通りに出來ない心が軋み、更に思考は悪い方へわれる。

「もういっそのこと、屋敷の奧にずっと閉じ込めておきたい……。」

天井を仰ぎ、ため息と共にそう溢した。