《パドックの下はパクチーがいっぱい/子大の競馬サークルの先輩が殺された?著ぐるみの中で?先生、どうする? 競馬ファン必見、妖怪ファン必見のライト・ラブリー・ミステリー》2 サークルの掟
騎手たちが飛び出してきた。
「馬が教えてくれる」
これは、サークル・R&Hのモットーである。
數年前、ミリッサが數人の學生からの要請をけ、サークルの顧問に就いた時、なにか標語めいたものを、と考えたのがこれだ。
パドックで馬をよく見ろ。數か月前のデータより、數日前の調教の出來より、今の馬を、というわけだ。
とはいえ、それぞれの學生で予想手法は異なる。
それはそれでいい。
名前で決めると言われたジンは、三回生。
データを読むのは面倒過ぎて自分には合わない、だから馬名からでも馬番からでも、いくつか選んでおいて、パドックで最終決斷、というタイプ。
だからと言って、的中率が低いかというとそうでもない。
今日はクリームのワンピース姿。短い黒いスカート。
秋華賞だかららしい服にした、と言う。
いつもの白いブラウスやワンピースより、らしいのかどうかわからないが、學生たちは諾、というように頷いている。
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小さな痩せたが、モノトーン好みにさせているのかもしれない。
栗の長い髪を緩く編み込みにし、授業ではし的を外した質問を投げかけてくる。
外観とは裏腹に、自分のことを僕と呼び、年のような言葉づかいが初々しい娘だ。
「また、トカゲに聞いてる」
と、ミャー・ランにからかわれている。
ランは、ジンの同級生。
「トカゲって言わないでって言ってるでしょ」
「三四郎」
「そう」
「で、そのトカゲはなんて言ってる?」
「もう!」
ジンの背に、水に黒いストライプ模様のトカゲが張り付いている。
長十五センチほど。
彼のペットだ。
大流行しているペットロボット。
彼の好みはトカゲ型ロボットだが、人によって千差萬別。
犬やコアラといったノーマルなものから、昆蟲型も人気はあるし、妖怪めいたおどろおどろしいものやナメクジといったものまである。デフォルメした可いものから、本かと見まがうリアルなものまで。
元はと言えば老人や院している子供たちの話し相手として開発されたものだが、今や、世のの子にとって最大の関心事、というほど急速に広まりつつある。
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「僕は十一番のゴールドボートが固いと思うな。逃げ切ると思うよ。ニジニシキの差しは屆かないと見た」
トカゲの三四郎が年の聲で言った。
競馬予想ソフトがインストールされているわけではない。ロボットの価格帯によって大きく異なるが、人と概ね同じように考え、同じようにふるまえる。人工知能の最先端は、日本の向けのマスコットロボットに集約されているといってもよい。
ランはチラと暖かな笑顔を三四郎に向けたが、すぐにパドックの最後の一周に目を凝らし始める。
彼はどこに行っても目立つ。
背中の肩甲骨辺りまであるピンクと若草と銀の混じった、いわゆるフェアリーカラーの髪。
両目の下にある二つほくろがくるしい。長は大きくないが、の線が起伏に富んで、しなやかにく。
短いパンツからびる素足が眩しい。
エメラルドグリーンの人一倍大きな瞳の先、最後の一頭が地下馬道に消えた。
ジンとランは互いの買い目を披しあってから、じゃ、と別々の方向に歩いていく。
ハルニナも、ちょっと笑みを見せただけで、神社の方へ向かっていく。鳥居脇のベンチにでも座るのだろう。
ミリッサは、さあ、勝ち馬投票券を買ってから、どこをぶらつこうか、と思った。
今日の幸運を強めてくれるところ。
サークルの掟、その2。
他人を束縛しないこと。
パドックは一緒に見るし、レースも一緒に見る。
しかし、それ以外の時間は、食事も含めてよほどのことがない限りひとり。
このルールを決めたのは、一年ほど前。
の子同士。學年も違う。必ずしも全員が仲が良い、ということはない。
現に、今の三人にしても。
特に、ジンはハルニナと馬が合わないとじている。ハルニナの方は何とも思っていないようだが。
ミャー・ランは極端な無口だった。口を開けば片言の日本語。最近でこそ自然な口調だが、実のところ、誰とも打ち解ける様子はない。
そんなことに気づいて、導したルールである。
パドック橫の大階段を見上げた。
巨大な時計。長針が五十二分を指している。ファンファーレまで十八分。
秋とはいえ、まだ日差しが強い。スタンドの席に戻ってもよいか、と思い直し、建の一階通路に向かった。
パドックとコース前の観覧スペースを最短距離で繋ぐ広い通路で、人通りが多い。
馬券売り場も隣接しているし、売店が並び、トイレもある。無料のお茶サービスもある。便利だ。
夏は風が吹き抜けて気持ちがいいが、冬は寒風が吹き抜けて歩くのが辛い。
ミリッサはこの通路が好きだ。もう何百回も往復したことだろう。
通路に立ち並ぶ柱ので、そこここに置かれたごみ箱を機代わりに、投票用紙にマーキングする人がちらほら。
ミリッサもそのうちの一人。
紙の馬券を買う人はもうごく數となってしまい、馬券売り場は次々に小され、飲みやアイスクリームやお菓子、立ち食い総菜の自販売機が幅を利かせるようになった。定番の京都土産の自販売機まである。ただ、これは不評で、近く、居心地のいいラウンジコーナーに改裝されるらしい。
ミリッサは立ち止まった。
ケイキの大きなポスターが連続りしてあった。
ケイキちゃんこそ、獨居老人のための話し相手ロボットを象徴する存在。
そのマスコット名である。
ミリッサは、教え子であり、サークル・R&Hの元部員が、このケイキちゃんの著ぐるみの中で死んだときのことを思い出した。
半年前、この京都競馬場で開かれたG1レース、春の倭の國ワールドカップの日、ちょうど今いるこの先で。
「あ、先生」
振り向くと、三人のの子が立っていた。
「アイボリー」
ミリッサの授業をけている三回生。
「競馬?」
「いえ、バイトで」
「あ、そうだったな」
アイボリーは、ケイキちゃんの著ぐるみで、イベントを盛り上げるバイトをしていた。
男のミリッサよりも背が高く、あの巨大著ぐるみにるにはうってつけだ。
優しい娘で通っているが実は活的で頑張り屋。
勉強第一で真面目。正直だし信頼して任せられる。
ミリッサはそんな評価をこの娘にしていた。
あくまで授業からける印象として。
「ジンも來てるんですか?」
「來てるよ」
二人、仲が良い。
「バイトって、お晝休みの時じゃないのか?」
「ええ。でも、私たち、いつもこの時間に來るんですよ。打合せとか準備があるので」
あの日と同じように、イベントは今も、お晝休みに開かれる。
通稱「再生財団」が利用者拡大のためのPRイベントである。
正式名は、日本再生・活力創造・しあわせ度向上財団という。
お年寄りの人材発掘と再活躍を推進することを目的にして設立された団だが、実態は、一人暮らしの高齢者の生活向上のための話し相手ロボットの派遣業である。別名、傾聴財団などとも呼ばれている。
あれから半年か。
そんな言葉が浮かんだが、アイボリーは屈託なく、
「學部の先生」と、アルバイトの同僚らしきの子に紹介してくれる。
煌焔子學院大學の學生のようだ。
「競馬サークルですか?」
「そう。どう? 君達も」
しかし、
「うーん、土日は全部バイトで詰まってますし」
と、かわされてしまった。
「ジンが喜ぶと思うけどな。付き合ってあげたら? せっかく競馬場にいるんだから」
「ええ。でも、バイト中に馬券買うわけにもいかないし」
「そりゃそうだ」
聞けば、競馬場にあるプチカジノ型遊園地「ポーハーハー・ワイ」でも、午後から夜にかけて導係のバイトがあるという。
後で覗いてくださいね、と手を振るアイボリーを見送りながら、ふと視線をじた。
振り返ると、壁際に座り込んだ老人。
目が合った。
また、こいつだ。
痩せこけて皺だらけの男。片目が開いていない。
みすぼらしい格好で、足を引きずるようにとぼとぼ歩く白髪を、何度も目にしている。
縁起でもない。
ミリッサはあわてて目をそらし、その場を離れたが、老人の目がまだ追ってきているのをじていた。
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