《パドックの下はパクチーがいっぱい/子大の競馬サークルの先輩が殺された?著ぐるみの中で?先生、どうする? 競馬ファン必見、妖怪ファン必見のライト・ラブリー・ミステリー》11 一緒にいいですか
雨だった。
木曜日、大學へ出勤するために降り立つ駅。
阪急電車影の駅前では、タクシーは出払っていた。
大學まで急坂を二十分ばかり登らねばならない。
気候のいいこの季節でも、大學に著けば、Tシャツが搾れるほどの汗をかく。
汗だくの狀態で授業に出るわけにもいかず、おのずとタクシーを利用することになる。
雨ならなおさらだ。
しでも早く行けば授業で使うプリントを用意することもできるが、印刷機の前には長い列。
結局、自宅兼事務所でプリントして大學に持參することになる。
というわけで、登校する學生たちと同じような時間帯に正門をくぐることになる。
ようやくやってきたタクシーに乗り込もうとすると、
「先生、おはようございます」
と、いつもの聲。
「おはよう」
フウカだ。
今日も、華やかなワンピース姿。
「一緒にいいですか」
長い髪を押さえ、ワンピースの裾を気にしながら、乗り込んでくる。
「學生バス、雨でしょ」
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學生達は専用の送迎バスを利用して、汗をかくのを回避しているが、あいにくバス停まで傘をさす必要がある。
資金に余裕のある學生にはタクシーを利用するものも多い。
「今日の部活なんですけど」
フウカは、今日の晝休みの部活に、できるだけ參加してしいというメッセージを部員に送信していた。
「例のあの調査なんですけど、進め方を話し合いたいと思って」
先日の日曜日、ルリイアの部屋で始めたケイキちゃん殺人事件捜査會議。
殘念ながら、自然なことだが、進展は見られなかった。
スタートはまずまず。メンバーの意気込みもじられたものの、いざ的に報換をしようにも、互いに遠慮があるのか、発言はまばら。
それでは作戦は?という話にも、積極的に意見を出す者もいなかった。
フウカは粘り強く、會を実りあるものにしようと努力していたが、一時間も経たぬうちに散會を決めたのだった。
「先生にご指導をお願いしたいんです」
ミリッサはあの日、ほとんど発言しなかった。
関心がなかったのではない。
無駄なこと、と思っていたわけでもない。
むしろ、心中は積極的だったと言える。
しかし、自分が発言すればおのずとリーダーシップをとることになり、この繊細な課題に自分の思いで學生たちをかすことになりかねない。
あくまで學生たちの自主のみでこの課題に取り組んでほしい、と思っていた。
フウカにそう言った。
「はい。それはよくわかっています」
「君はリーダーだ。サークルもこの捜査會議も」
「ええ。でも」
「応援するよ」
「はい……」
助け舟は出すつもりでいた。
例えば、進め方についてなど。
「殺人事件、という線で進めるというのはいいアイデアだったね」
殺人だと決めつけているわけでは頭ない。ただ、そうしておけばあらゆる可能を否定せずに最大の活を余儀なくされる。
しかも本気度が試されることにも繋がる。
「今日は何を話し合うつもり?」
部活。
と言うのもおこがましいが、何しろ競馬を楽しむサークル。世間の視線は必ずしも芳しくはない。
ギャンブル部と揶揄されることもしばしば。
純粋に予想を楽しみ、競馬場の雰囲気を楽しむのだと説明しても、その経験のない人には通じない。
ましてや統が、馬場コンディションが、ジョッキーとの相が、などと言おうものなら、競馬に嵌って、と白い目で見られるのがオチだ。
ミリッサは、掛け金のことをはじめ、普段の行いにまで、部員たちに規律ある行を求めていた。
木曜日の晝休みに部室に集合し、週末の予定を確認しあい、部長フウカから注意事項などが話される。
部室と言っても、學生食堂の隅の、あえて人目に付くテーブルである。
大學學生課に申請すれば、各サークル専用の部屋が用意されるが、競馬サークルR&Hは申請していない。
できるだけオープンに見せておくことがサークル存続のために大切なことと考えているからである。
「今、考えているのは、的な行を決めた方がいいかなと。その方が、皆も自由に意見が出やすいかなって」
「そうだね」
と言っているうちに大學に到著した。
フウカは、さっさと車を降り、振り返りもせずに歩き去っていく。
これでいい。
先生と學生が一緒のタクシーで登校した図は、どう見ても褒められたものではない。
特別な関係が、などと妙な噂が立たないとも限らない。
おはよう、という聲があちらこちらから聞こえてくる。
ちょうど、學生でぎゅうぎゅう詰のバスも到著した。
フウカはその群れにたちまち紛れ込んでいった。
守衛の老人が、ちらと目を向けてきて、遠くからでもはっきりわかる會釈をよこしてきた。
「振りますなあ」
守衛が手招きをする。
「先生、ちょっと見てしいものが」
大學構にる場所はこの正門のみ。
裏山からもれないことはないが、そんな好きはいない。
當然、この守衛に見られずに大學構にることはできない。
子大である。
特に男には厳しい目が向けられるし、ミリッサのような教師陣であっても、構時に分証の提示と全スキャンが求められる。
とはいえ、スキャンは正門手前のエリアで自的に行われ、分証提示は、守衛との親度によって対応は異なる。舊知となれば、いわゆる顔パスというわけだ。
われて、守衛室にった。
「お急ぎでなければ」
っておいて、しかも、二限の授業開始のチャイムまでもうあまり時間がないことも分っているのに、守衛のライトウェイ(燈路)は自分の引き出しを開けて何かを取り出してくる。
六十は過ぎていようが、灑落た名をつけたものだ。
「見ていただこうと思って」
ノートパソコンだった。
立ち上がるのがもどかしい。
「帰りに寄りますよ」
そういうミリッサに心惜しげな目線を送ってきたが、あっさり引き下がった。
「紅焔山で見つけたんですよ。アケビの実を。まだ口は開いてないけど、來週には」
植好きの守衛である。
ミリッサが教えている科目の中に植を扱う授業があり、それを知った守衛と親しくなったのだった。
「じゃ、後ほど」
「今日のシフトは五時までなので」
と、守衛はそれまでに來てしいと言いたげだった。
「じゃ、その頃までには」
六甲の山麓、住宅街の北端、この先はり組んだ山に様々な植が棲むエリアとの境界線上、等高線に沿って東西に延びる校舎群。
その中央に口を開ける正門をミリッサはくぐっていった。
駆けだしている學生たちに混じって。
東西には広いが奧行きのないキャンパスに、いつものようにとりどりの花が咲き、レンガの世界に彩りを與えていた。
雨に濡れ、さらに彩度を際立たせて。
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