《パドックの下はパクチーがいっぱい/子大の競馬サークルの先輩が殺された?著ぐるみの中で?先生、どうする? 競馬ファン必見、妖怪ファン必見のライト・ラブリー・ミステリー》16 だって、これ、楽しみにしてるんですよ! 私

守衛のライトウェイは、初老の男

立派な軀を持ち、いかにも門番という風貌。

正門前で起きる様々ないざこざに対応してきた。

ろうとする警察を追い返し、マスコミにも門前払いを食らわせ、日々訪れる営業マンをその訪問理由も聞かずに追い払う。

探しの、あるいは彼を待つ若者たちの車を整列させ、學生たちにできるだけ聲をかけて挨拶を促す。

時には宿直もこなすし、植栽の手れもこの男の手による。

守衛は何人もいるが、ミリッサは特にこのライトウェイと親しかった。

この男が植好きであることも知っていて、キャンバスの木々の様子やメンテナンスのことなども、挨拶代わりの話題にする仲だった。

今日も、裏山で撮影した寫真を見せてくれるという。

珍しいものがあれば聞いておいて損はない。今から見に行くのも一興である。

「先生、ほら、これ」

守衛が立ち上げたモニターに、たわわに実ったアケビが映し出された。

「ほう」

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「珍しいものじゃないが。とはいえ、こんなもの、今の子たちは知らないだろ」

守衛はミリッサがこの時期、裏山に學生たちを連れて行くのを知っている。

「どこら辺に?」

ミリッサがこう問うのも予測していたのだろう。壁に張り出された大學敷地全図の上の端の方に、すでに赤い印が打たれてあった。木通とも書いてある。

「なるほど。そこまでは足を延ばさないなあ」

殘念ながら、學生たちにアケビの白いどろりとした果を見せたり、舐めさせてみたりするアトラクションは難しい。時間的にも行程的にも。印は小滝のさらに上部にある。

「そうですか。じゃ、ここは?」

守衛の太い指が地図を這った。

「確かこの辺にも」

あるという。

ここなら、ルートからし外れるだけだ。ただ、沢を渡ることになる。

渡れるところがあっただろうか。

その思いも見越されていたのか、守衛の指がまたいた。

「確か、このあたりで渡れますよ。石伝いに、ですが」

守衛に禮を言い、ミリッサは外で待っていたランを呼んだ。

貓のような俊敏さを見せて、飛んでくるラン。

「さ、行こう。どこかその辺の共用ロッカーに、バッグ、なおしておいで」

裏山は紅焔山と呼ばれているが、頂を持つ山ではない。

表六甲の一つの尾と両側の谷を指して、山と呼ばれている。

さほど急峻ではないが、昭和の終わりごろに學校法人が購し、大學敷地となってからはいわゆる里山ではなくなり、人の手がることはない。

それこそ、大學の管理部の職員や守衛が見回りのためにごくまれに足を踏みれるだけだ。

おのずと、以前は網の目のようにあったであろう山道は消え、右側の谷筋にある小さな滝とその畔に祀られた祠への道がかろうじて通じるのみである。

山へのり口。

十二號館の裏、人目から隠され、倉庫や空調機の群れや焼卻爐などが並ぶバックヤードの脇。山との境にフェンスが張り巡らされてある。

學生たちが足を踏みれることはない。

フェンスの端、申し訳程度のゲートがあり常に施錠されている。

乗り越えることはできない。不審者の侵というより、山の獣の侵を防ぐためのものである。高さがあり、かつ頑丈。縦格子で足がかりもない。

片方は山の崖に面し、もう片方は谷川の急斜面に沿って隙間なく張り巡らされてある。

それでも、冬になれば猿や鹿が學を歩き回ることもあるし、イノシシの出沒はよくあること。

ミリッサは守衛室から借りてきた鍵を挿しフェンスの扉を開けた。

「怖くないか?」

すでに夕刻が近い。

道はいったん谷へと向かって降りていき、沢に接すると流れに沿って、ゆっくり登っていくことになる。

「ぜんぜん」

ランの足取りに全く不安はない。

このフィールドワーク授業は楽しい一方で気を遣う。

あれだけ歩きやすい服裝と靴で、と念を押しておいても、毎年、フリフリのスカート姿で、しかもパンプスを履いて參加してくる學生がいる。

デートでもあるのだろう。

あくまで自己責任だぞ、とはいっても気が気ではない。

「空模様が怪しい。急ぐぞ。しんどくなったら言ってくれよ」

「大丈夫ですって!」

ランは心底楽しんでいるのか、聲まで生き生きとして、瞳のまで変わってきた。もちろんほくろは特大に。

アケビ探しは後回しにして、まずは目標地點の滝まで。

事前踏破が優先だ。

「ラン、山道、慣れてるね」

それほど、ランの足取りは軽い。

若いから、というだけではない。

のこなしが普通のとは、いや、若い男であっても彼にはかなわないのでは、と思うほどに軽々と障害を超えていく。

倒木が道をふさいでいたり、道にガレた區間があったり、山から染み出た水が徑を橫斷していたり、夏に背丈を超えて育った草が倒れて踏み越えていかねばならない場所があったり。

通れないことはないが、來週の授業では難渋しそうだ。

「無理かもな」

「授業?」

「ああ。君だけなら何ともないけど……」

「そうですねえ。リエちゃんとか」

と、學友の名を出した。

「うむう」

などとは言いつつも、とりあえずは滝のある所までは行ってみよう。

時間にして二十五分。

いつも通りだ。下見としては。

「來週の授業、やめようか」

「いやよ!」

と、急にランがきっぱり言った。笑いながら。

「だって、これ、楽しみにしてるんですよ! 私」

ミリッサが先に立ったり、ランに追い越されたりしながら、細い、消えていきそうな山道を登っていった。

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