《パドックの下はパクチーがいっぱい/子大の競馬サークルの先輩が殺された?著ぐるみの中で?先生、どうする? 競馬ファン必見、妖怪ファン必見のライト・ラブリー・ミステリー》17 もうそのどなたかは、ここにはおわしますまい

滝は思っていたより増水していた。

ただ、さほど振ってはいないので、濁ってはいない。

木々に夕を遮られて薄暗い中、青みががかったを見せながら広い範囲に飛沫を上げている。

ミリッサはし落膽した。

學生たちはこの滝を見て、だれもが嘆の聲を上げるのが常だ。

學校の裏にこんなところがあったなんて、というわけだ。

はしゃいだ子の中には、素足になって滝つぼに踏みり、滝の水に手を差し出したりする子もいる。

勢いあまって、靴のまま流れにっていこうとする子もいる。

でも、ランは滝を見ても何も言わなかった。

見慣れたもののように、チラと目を向けただけ。

むしろ、祠にははっきりと嫌な顔をしてみせた。

山道は滝つぼで行き止まりになり、そのし手前、徑に沿って小さな祠が祀られている。

自然石を積み上げた臺座の上に平たく切った板石を組んである。

六十センチほどの立方

正面には鉄の格子狀の扉が設えられてあるが、むろん、錆びついていていつ崩れ落ちてもいい狀態だ。

上部にも平らな石が被せられ、これには分厚く土が積もり、苔とともに雑草が何本も生えている。

誰が祭られているのかわからないが、もうそのどなたかは、ここにはおわしますまい。

ただの石の構造、というわけだ。

「戻るか」

下りはランが先に立ち、飛ぶように駆け下りていく。

「走るな! 危ないぞ」

「平気です!」

もう、聲が遠い。

「おい! 待たんかい!」

アケビ。

生えているという斜面に差し掛かった。

渡れるところは。

ここだな。

ミリッサは道を外れ、沢の斜面を降りていった。

一応は見ておこう。

守衛に報告もしなければいけない。

ランはついてこない。

下の水面までわずか。五メートルほど。

草が生えているばかりで、視界を遮るものはところどころの馬酔木の藪のみ。

沢岸に降り立って、ミリッサは振り返ってランがそこにいることを確かめて前を向いた。

大小の石が水面から転々と濡れた顔を出している。

増水しているとはいえ、水は淺い。せいぜい、足首を洗うほど。

ただ、學生たちは渡れまい。

何人かは足を水に落とすだろう。

來週、授業をするとしても、自分だけ行ってアケビを取ってくるのがいいだろう。

おとなしく道で待っているだろうか。

ミリッサは、まずは渡ってみて、と考えて、一つ目の石に足を延ばした。

と、聲がしたような気がした。

違う、と。

そしてまた、聲。

渡るな。

ラン?

冷たい風が吹いてきて、ミリッサは急に寒気がした。

思わず、あたりを見回した。

何も変わったところはない。

ただ、水音がするだけ。

なんとなく気分がそがれた。

そこまでする必要はない、という気がした。

アケビを見せて、というアトラクションは是非にでもする必要があるわけではない。

やめだ。

徑まで上がると、ランは心配そうな顔をして黙って待っていた。

「さっき、なにか、言ったか?」

問うと、ランは怪訝な顔をし、首を橫に振った。

それでも、何も言わず、今度は考え込むように眉間に皺を寄せた。

長居をしすぎたかもしれない。

つい、ランの快調な足取りを見て、気分がハイになっていたのかもしれない。

もうすぐ日が落ちる。

そうすれば、ここは夕闇に覆われることになる。

星々と下界の明かりだけが頼り、という世界になる。

まだ日沒までには小一時間ほどあるだろうが、山の日暮れは早い。

急ごう。

歩き始めてすぐ、振り返らずにランが聞いてきた。

「私、何も言ってませんけど、なにか聞こえたんですか?」

ミリッサは、聞こえた気がしただけ、と応えた。

十分ちょっとで十二號館のバックヤードまで帰りついた。

ここまで降りてきてみると、まだ西の空には夕焼けが広がっている。

學舎がその茜空の助けを借りて、より鮮やかなレンガを際立たせている。いつもと同じ、學生たちの明るい笑い聲が聞こえてきた。

「ありがとうございました」

と、ランがぺこりと頭を下げた。

「楽しかった」

「ああ。じゃ、帰ろうか」

「はい。でも、來週の授業、予定通りで」

「そうだね」

駅への下り坂。

ランの言葉數は相変わらずない。

以前ほどではないにしろ、話したとしても、短い言葉の連続。

ただ、思いもかけないいをけた。

來週も一緒に帰りたい。大切な話があるから。

トラップではない、とミリッサは思おうとした。

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