《パドックの下はパクチーがいっぱい/子大の競馬サークルの先輩が殺された?著ぐるみの中で?先生、どうする? 競馬ファン必見、妖怪ファン必見のライト・ラブリー・ミステリー》21 淀の坂

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やれやれ、今日のところはお役免だ。

この先に、ワレの用はない。

しかし、妙だ。

いわゆる新たな局面にったということか。

お役目も終わりが近いのやもしれぬ。

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ミリッサは、京都競馬場の馬場、第三コーナーにる辺り、世に淀の坂と呼ばれる坂を登り切ったところにいた。

コーナーの背景には木々がうっそうと茂り、すぐ後ろに流れている宇治川の堤防も見えない。

空には星が瞬きはじめ、杜が放つ芳香と冷気が溜まっていた。

「こんなところで……」

ポーハーハー・ワイの資材庫から、これに似た言葉を何度吐いたろう。

そのたびに、もうちょっととハルニナに言われ、結局こんなところまでついてきてしまった。

資材庫の中には、野外で使うチェアやテーブルがうずたかく積まれてあった。

その奧に進むと、また一つの、ごく小さな扉があった。

外に出るのかと思いきや、小扉の裏には地下に向かう狹い階段があった。

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下りきったところにはまたドア。その先に進むと、明るい近代的な廊下が続いていた。

何度か折れ曲がり、がらんとした空間を通り抜け、ようやくたどり著いたのが、ここ、淀の坂。

「さあ、座りましょう」

ハルニナが手近な大木の元の石に座り込んだ。

クスノキだろう。獨特の木が月明かりをけて、その凹凸を際立たせている。

「ミリッサも」

ミリッサは、覚悟を決めて、ハルニナとし離れた場所に腰を下ろした。

ここまで一緒にいたメイメイは、すでに姿を消している。

どこかで見ているのかもしれないが、なくとも、視界の中にはない。

とんでもないことになってしまった。

席を立つこともできたが、自分ひとりで、今通ってきた廊下を資材庫まで戻ることはできない。

経路を覚えていないし、途中、なんども施錠された扉があった。都度、メイメイが解錠してくれた。

馬場経由ではどうか。

コースの周りには水壕がある。亀や鯉が住む深い堀である。馬でも飛び越えられない堀を人が越えれるはずがない。もちろんコースへの出り口はあるが、厳重に施錠されているだろう。

あるいは周りの植栽帯経由ではどうか。こちらはさらに厳重に立ちりが制限されているはずだ。

戻れやしない。

怒りを覚えた。

「怒ってるでしょ」

「當たり前だ」

怒りで聲が震えそうになった。

「単位がどうのこうのって、話だと思ってたでしょ」

ハルニナの言葉遣いが、微妙に変わっている。

その変化がさらに怒りを増幅させた。

「なんなんだ。こんなところにまで呼び出して」

と言ってから、ついてきたのは自分、と気づいて、怒りの矛先は自分にも向かった。

「話とは!」

と、ついきつい口調になった。

しかしハルニナはじることなく、腰を下ろしたまま。

かすかに微笑んでさえいる。

ミリッサは立ち上がった。

じっと座っている心境ではなくなっていた。

「座ってよ」

ハルニナの聲が強くなった。

そして、もうちょっと待って、と言った。

「何を」

「だから、もうちょっと待つのよ」

「何なんだ、さっさと」

君の話を、と言いかけてやめた。

學校の話でないなら、心して聞かねばならない。

怒りに任せて聞いてよい話ではないかもしれない。

なにしろ、ハルニナはノーウェと同級である。

黃昏時の薄明かりの中、黃いローブとハルニナの顔に月のが當たっている。

二十過ぎにもみえるが、三十は回っていそうにも見える。

改めて、そんな目でハルニナを見つめた。

ミリッサは座り直した。

大學生とはいえ、だれもが高校を卒業した二十前後とは限らない。

多くがそうであっても、中には大學にり直す者も多い。しかも今や、年齢や高卒資格さえ事実上不問とされる時代になった。三割ほどはそんなイレギュラー學と言われている。

ハルニナの年齢。

そんなことを気にしたことはなかったし、ましてや問うたこともない。

しかし、今目の前で、厳しい顔をして見つめている黃のハルニナ。ただの學生ではない、という気がしてきた。

何度も繰り返す留年。これさえも、何らかの意図があるのでは、という気もしてきた。

話をするためにここを選んだのは、絶対に誰にも聞かれることのないように、という意図だ。

街中はもちろん、學校も競馬場も、いたるところにカメラや集音マイクがある。加えて、誰かのペットロボットがどこに潛んでいるか、知れたものではない。

「ふう」

ミリッサは心を落ち著けようとした。

これからハルニナが話すであろうことは、自分に関係することであろうとなかろうと、はたまたノーウェに関係しようとしなかろうと、きっと重要な事柄のはず。

そうでなければ、この會のシチュエーションにどんな意味があるというのか。

大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出して、ハルニナから目を外し、木々の幹越しに見えるコースとスタンドを見た。

スタンドには明かりがともり、遠く、京阪電車が淀駅にるときのアナウンスが聞こえてきた。

目を転じると、木々の梢が空にシルエットとなって有機的な模様を描き、その隙間から宵の明星がっていた。

「落ち著いた?」

ハルニナが口を開いた。

すぐ近くにいるのに、なぜか聲が遠く聞こえた。

「ハルニナ、それ、先生に向かって言ってるのか」

言葉遣いが気に障ったのではない。

だれか、別の人に向かって言っているようにじたからだった。

「そうよ」

普通なら驚くようなハルニナの応え方にも、ミリッサはなぜかさほど驚きはなかった。

やっぱりな、というが沸いただけ。

「じゃ、お話ししましょうか」

と、今度は微笑みかけたハルニナを見つめ、ミリッサは再び大きく息を吸い込んだ。

夜の蟲が鳴き始めた。

「先生、今、妙なことが噂されていること、知ってますよね」

「今度は、先生か?」

「ええ」

「まあ、なんでもいい。わかるように言ってくれたら」

また、ハルニナが大きく微笑んだ。

こんなハルニナの微笑は見たことがない。

なくとも、學校や競馬をしているときには。

いや、でも……。

たまにはハルニナと一緒に下校することがある。

そうだ……。

こんなハルニナの顔……。

見たことがある……。

隨分前のことだ。

まだハルニナが二年生だった頃だろうか。

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