《パドックの下はパクチーがいっぱい/子大の競馬サークルの先輩が殺された?著ぐるみの中で?先生、どうする? 競馬ファン必見、妖怪ファン必見のライト・ラブリー・ミステリー》48 彼の死を変な思い出話にするのはまだ早い
ミリッサは部活を途中退席して、授業準備室に向かった。
いつも使う教室とは別の建の四階にあるせいで、日常的に顔を出すところではない。
行くとすれば、急のカラーコピーをするようなときだけだ。
助手含め事務員合わせて六人ほどが在籍している。
そこには仲のよい職員もいるにはいるし、よもやま話をすることもある。
しかし、今日の用事は、ノーウェの噂について聞き出すこと。
先日來聞くノーウェの噂、人となりにどうしても違和があった。
自分の耳で直接聞いておきたかった。
學食からは空中廊下伝いに行くことができる。
予報通り、雨が降っていた。
午後から雨腳は強まる。
空中廊下は、屋はあるがいわば吹きさらし。
床は濡れ、りやすいが、六甲の自然のすがすがしい香りが運ばれてきていた。
授業準備室には誰もいなかった。
三限の授業開始が迫っているが、待つことにした。
付代わりの書類収納庫の上には、様々なお知らせやパンフレットに並んで、數年前からの卒業生アルバムが立ててある。
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その一冊を手に取った。
ミリッサ自も寫っている。
その學年の授業風景や行楽の寫真。
學での暮らしを切り取った寫真。
そして卒業式や謝恩會の記念寫真など。
ページをめくっていくと、ノーウェやジーオ、アデリーナ、そしてハルニナも寫っている。
そうだ。
こんな風に、ノーウェ、ジーオ、アデリーナはいつも一緒に授業をけていた。
ノーウェを中心にして、三人並んで。
ノーウェがヒロインで、あとの二人はその付き人のように。
ノーウェはどの寫真にも輝くような笑顔。
清楚な服裝に、しく切り揃えられた髪。
ジーオはといえば、活発そうな雰囲気を発散させ、ノーウェとは好対照ながら人に好かれる顔つきをしている。
対するアデリーナは、と見れば、おとなしそうな控えめな笑顔を見せている。
今さらながら気づいたが、とても人だ。もしかすると、普遍的に見て、三人の中で一番かもしれない。
そう。こんなじの學生だったな、と記憶の扉が開いて、いくつかのシーンが蘇ってきた。
ある日、學食で三人が食事をしている中にミリッサが割り込み參加した時、もちろん三人は喜んでくれたが、もっとも気が利くのはアデリーナだな、と思った時のこと。
さりげなくしょうゆ瓶をかしてくれたり、食事中にふさわしい話題、つまり野菜のことを話しだしたり。
こんなこともあった。
授業中、ミリッサがふざけて、人に好かれる指のかし方を話していた時、率先してそれを実踐してみせてくれたのもアデリーナだった。
思い出すごとにアデリーナの存在のリアルさが増していく。
輝くノーウェの後ろに隠れて、薄くなりがちだった印象に、彩度が増していく。
「あら」
と、事務員の一人、この部屋の大所ともいえるガリ(雅李)が戻ってきた。
「懐かしいでしょ」
あ、この年の子たちね。
面倒ごとの多い年でしたね。
と、橫からアルバムを覗き込む。
「卒業してまだ二年なのに、ずいぶん昔のことのよう」
いい出だしだった。
ミリッサはこの同年輩の事務員とそれほど懇意ではない。
きっちりしすぎる格と、短く刈りつめた髪に、ほぼノーメイク。いつも濃紺のスーツを著込んだに、親しみをじなかった。
この調子で、ノーウェのことを聞き出そう。
「ガリさん、ノーウェが亡くなって、半年だね」
と、ミリッサは切り出した。
「そうね」
ガリはまだアルバムに目を落として、ページをめくっている。
「あの子は……」
と、言いかけたが、見てこれ、とある寫真に指を落とす。
「このときのこと、先生、覚えてます?」
「もちろん」
大學祭の出しとして演劇をすることになり、その練習風景だ。
學生たちがふざけ合って、めちゃくちゃなメイクを互いにしあって、しかもレオタード姿ではしゃいでいる。
ミリッサは、ストレートに聞こうと思っていたが、遠回りをすることにした。
「この學生」
「アデリーナ」
「ああ。素敵な人だったね」
「あれ? 先生、ノーウェがお気にりじゃなかったんですか」
そうか、見かされていたのか。
さすが、子大の事務員を長年務めているだけのことはある。
言葉に詰まるが、ここはうまく、
「これがノーウェだろ。覚えてるよ」とかわしておく。
が、ガリの導火線に火をつけてしまったようだ。
「先生、その言い方、ちょっと違うと思いますよ」
「ん?」
「だって、ノーウェが死んだとき、京都競馬場で。先生、そこにおられたんでしょ」
知られていたのなら、もう隠すことはない。
「そう。その日、俺たち、競馬サークルのメンバーは競馬場にいた。驚いたよ」
「何に? ノーウェが死んだことに? それとも、ノーウェがケイキちゃんの著ぐるみにっていたことに?」
このにあいまいな話し方は許されない。
怒り、あるいは蔑み、といった気持ちが表に、言葉に表れてくる。
「なんていうか、それもこれも、いろんなことに」
「わからないですね。それに、彼の死を変な思い出話にするのはまだ早いし、失禮だと思いますよ」
「全く同」
ミリッサは、やはりストレートに話さなければこのから何かを聞き出すことはできないと悟った。
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