《パドックの下はパクチーがいっぱい/子大の競馬サークルの先輩が殺された?著ぐるみの中で?先生、どうする? 競馬ファン必見、妖怪ファン必見のライト・ラブリー・ミステリー》53 ……か、可いよ そうじゃなく

座ったのは、素敵なカフェでもなく、おいしげな湯気が立ち込める店でもなく、酒の香りが充満する居酒屋でもなかった。

「ミリッサは、學生と一緒にはお店にらない主義だから」

阪急電車の高架下、雨に濡れていないベンチを探して腰を落ち著けた二人。

ほの暗いがいかがわしくはない。目の前を多くの人が通り過ぎる。

さっきコンビニで買ったおにぎりやサンドイッチや飲みを出してくる。

「お金払う」

「いいえ、これは私のお願いだし、自分のためのものも買ったから」

「こんなものまで」

「へへ」

みたらし団子や牡丹餅や黒のわらびもち、などなどが袋から顔を覗かせている。

「なんだよ、これ」

「言わずと知れたイカクン」

なかば押し付けられるようにして口にした卵サンド。

たいして味くもじなかったが、それでも一息ついた。

さあ、今日の行き先と、待っているという人のことを聞こう。

その前に、とランはここでガリの話を反芻した。

男を弄ぶか~~。

やだよね~、人間の社會って、と嘆息してみせたのだった。

しかしすぐ、

「妖怪は信じるって話、そこから話します」

と、モードが切り替わる。

どこからでもいい。

「昔々、大昔、京に都があった時代、妖怪は普通にそこらじゅうに見られた。人々は恐れおののき、師は商売繁盛」

などと、わけのわからない前振り。

「でも、その妖怪どもはどこに行った? 渡辺の綱に全部敗されてしまった?」

「さあな」

「そんなわけないよね。ミリッサは授業でこう言った。現代人には見えなくなっただけ」

「ああ」

「じゃ、妖怪はいるってことよね」

「おい……」

この話はどこへ行く。

「やっぱり、そこら中に。例えば、今、ミリッサのすぐ前に」

「だろうな」

「そう。で、ミリッサは平安人のように、妖怪が怖い?」

「そりゃ、相手によるだろ」

「だよね。妖怪イコール悪で、怖い、ということじゃない。実際、ミリッサは私を怖がったりしていない」

「……」

ん?

んん?

なんだ?

「ラン、なんの話をしてるんだ?」

「今、言ったよ」

「うん?」

「私の齢。こう見えても七十は超えている。稚園児ね」

「ちょ……」

「ミリッサ。こっち、見て」

「……見てる」

「もっと、真剣に。私の顔を」

恐怖はなかった。

驚きだけは、いっぱいだったが。

「私の目を」

人一倍大きな目。

目の下に並んだ二つのほくろ。

小さめの鼻と、形のいい

しかし、全としてみた場合、顔の造作の大小がしバランスを欠いている。

二つの八重歯が巨大で、前歯がその影響をけている。

「どう言ったらいい?」

じたように」

「……か、可いよ」

「そうじゃなく」

あっ、と思うほど、ランの顔が、一瞬だが変わった。

それは瞬間だけだったが、その顔は、まさしく、

「貓みたい」

「ふふ」

「黒貓。とても人の黒貓だ!」

「さすがミリッサ! 見えるのね!」

「いや、今、そんな気が」

「うんうん。でも、そうやって見える人って、なかなかいないよ」

「おい。あまり答えになってないぞ」

「黒貓。そう見えたってことは、そういうことにしておきましょう」

「違うのか。というか、なんなんだ? ラン。まさかオマエ、黒貓の妖怪ってことじゃないだろ」

ランが、ぐっと前のめりになった。

顔がいよいよ近づく。

危険距離。

「じゃ、も一回」

「もういいって。それより、話を進めてくれ。今から、どこに行く?」

「はあ、でもその前に、私のことをもっとよく知って。授業でもそう言ってたでしょ。人を好きになった時、最初は」

「それはいいから、早く話せ」

それから語られたランの話に、ミリッサは耳を疑い、それが事実だと思い始めると今口にしたカレーパンが食道を逆流してきそうだった。

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