《パドックの下はパクチーがいっぱい/子大の競馬サークルの先輩が殺された?著ぐるみの中で?先生、どうする? 競馬ファン必見、妖怪ファン必見のライト・ラブリー・ミステリー》54 信じないでどうする……

私は、貓の妖怪。

黒貓の姿をしていた時もあるけどね。

學生のふりをして、人間社會で遊んでる。

誰も気づかない。

気づいているのは、馬たちだけ。

私が牙をむくと、馬たちは興して浮足立つ。

それがおもしろそうだったから、競馬サークルにったけど、そんなこと、もう最近はしないよ。

七十歳になったって言ったけど、それはちゃんとした妖怪になってからという意味。

それまでは、捨て貓の仔として、生きるか死ぬかの毎日。

私、運が良かったのね。

野犬やキツネに襲われることもあったけど、生き延びた。

生き延びて生き延びて、生き延びた。

病気になったことも何度もあった。

貓取りに狙われて捕まりそうになったこともある。

もし捕まっていたら、三味線の張り革になっていたかもしれないけど、なぜかいつも逃げおおせた。

住んでいたのは、白山のふもと。まあまあ裕福な普通の農村。

場所が良かったのかもしれない。市街地は遠く、山は近い。きれいな川が流れ、魚もネズミもいっぱいいた。ちょうどいいを見つけたからかもしれない。

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そこで、何年も何年も、何十年も何十年も、死なずに生き延びた。

いつしか私のに変化が起きた。

大した変化じゃない。

何となく、強くなったような気がした。気力が満ちるような気がした。

弱々しく、いつ死んでもおかしくないよぼよぼの貓に活力があふれた。

も一気に大きくなり、並みも輝きを増し、跳躍力も走力も、今まで験したことのない境地になった。

そして私は、もう死ぬことを恐れなくていいのだと悟った。

ある日、私は久しぶりに市街地に出た。

驚いたことに、人は誰も私に気づかない。

私は、誰もが恐れるだろうという大きさになった貓なのに。

顔は獰猛。そこらを散歩させられている大型犬さえ、尾を巻いて私を避けるのに。

道から屋へ、屋から屋へと跳躍しているのに。

聞けば聞くほど、先ほどじた驚きは小さくなっていった。

いとおしいと思うほどに、ミリッサはランが語る話にのめり込んでいった。

貓の妖怪。

妖怪の稚園児。

今、目の前に。

黒いTシャツから細い腕を出して、今度はプリンの蓋を開けている、この小さなランが。

「どれにする?」

プリンや抹茶ゼリー、一口チョコパイなどを出してくる。

「どんだけ買ってるんや」

「お土産もあるからね」

食事が終わって、言われるがままに、荷はコインロッカーに。

向かった先はテレビ局のある一角だった。

賑やかに若者が大勢出りするビルの橫に気な路地があった。

それと言われなければ、見落としてしまう細い路地。

いや、路地でさえない。ビルとビルの単なる隙間。

を通すだけの狹い空間。

雨に濡れて黒りする蓋がりそうだ。

もちろん妖怪ランは、全く危なげない。

注意しながら進むと、ビルの壁に突き當たり、左に折れる。

數十歩進むと今度は右に。

その先。

まさに崩れ落ちそうな木造の建があった。

ビルに挾まれた信じられないほどの狹い谷底。

打ち捨てられたその建は、それでもビルにもたれかかったりせずに、かろうじて建っていた。

かつては連棟形式の平屋長屋だったのだろう。

しかし今は、両側の部屋が取り壊され、奇妙に縦長の小屋となっている。間口二間半ばかり。

すでに日は落ち、古蒼然としたその家は、それが纏う木の板、トタン板もあせ、黒ずみ、いたるところ破れて中の土くれも零れ落ちていた。

はと言えば、何度かの臺風、あるいはビル風で飛ばされたのか、瓦はずれ、雑草さえはびこっている。

その玄関、引き戸の橫に、表札の代わりか、竹筒が突き出ていた。

近づくラン。

何事かを、竹筒の中に告げている。

そして、どんな躊躇も見せず、がらりと戸を開け放つと、足を踏みれた。

奧行き一間ほどの玄関土間は、モルタルが割れ、土が見えている。

カマドウマが跳ねた。

こんなところに生き延びていたのか、とミリッサは場違いな想を持った。

玄関土間の左手には造り付けの木製の靴箱が設えられてあり、もう何十年も履かれたことはないと見える埃だらけの靴が三足。

右手には、なぜか十姉妹の飼育箱が積み上げてあった。金網は錆びて破れ、幾つかの箱はひしゃげて、今にも全が崩れ落ちそうだった。

もちろん、鳥はいない。十姉妹の箱だと見えたのは、十姉妹と書かれた木札が架かっていたからにすぎない。

正面、沓石の上に、奧行き四十五センチほどの板が敷かれてあり、その上は障子が視界を遮っていた。

ランはこれも躊躇なく開け放つ。

と、狹い三畳の間。

ぐっと暗い。

しかし、ランにはしっかり見えているのだろう。

なにしろ、貓の妖怪。すんなりそう思ってしまう自分に驚きながら、後に続いた。

「靴のままで」

「おう」

三畳の玄関和室の奧の襖も開け放つ。

その先には……。

あっ、と思わずミリッサは小さな悲鳴を上げた。

てっきり、六畳ほどの真っ暗な和室だと思っていたが、違った。

すでに、もう外だった。

いくら何でも、こんなに小さな建ではなかったはず。

しかし、目の前は。

庭……、か?

石を踏んでランはその庭に降り立った。

奇妙だぞ。

いいのか? ここに出て。

うっそうと木々が茂り、もうすでに濃い夜の気配。

木々など、なかったはずだが……。

ミリッサが躊躇していると、ランが手招きした。

早く降りてこいと、腕を大きくかして。

別世界のり口……。

ワープゲート……。

違いない。

庭の奧行きは広く、というより、先は見えない。

小徑が奧へ奧へと、さらなる暗闇に続いている。

「急いで」

「お、お、う……」

「ここはさっさと通り過ぎるのが習わし」

ミリッサは覚悟を決めた。

ここまで來たのだ。

ランを信じる。

信じないでどうする……。

「この先に、會うべき人がいるんだな」

「そいうこと」

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