《パドックの下はパクチーがいっぱい/子大の競馬サークルの先輩が殺された?著ぐるみの中で?先生、どうする? 競馬ファン必見、妖怪ファン必見のライト・ラブリー・ミステリー》56 どう見ても、もう夜中じゃないか
ランは最初に謝った。
ここから先はまだ遠い。
時間にして一時間ほどだという。
「スニーカーだから大丈夫よね。でも、ちょっと急がないと。相手を待たせるわけにもいかないし」
「今夜中に帰れるのか? 明日は」
「大事な仕事がある?」
「そうだ」
「順調にいけば、夜中になる前に帰れると思うよ」
「どう見ても、もう夜中じゃないか」
「あいだみち。ここは時間の概念が希薄な道。あいだみちって妖怪の。彼か彼か知らないけど、お腹が満たされていれば時間はゆっくり流れる。お腹がすいていれば、時間の経つのは速い」
だから、しっかりお禮を持ってきたのよ。
これだけあれば、お腹いっぱい。
向こうに戻った時、たいして時間は経っていない。
「でも、急いでいくよ」
ランが歩き出した。
速い!
ミリッサは意識を妖怪ランの後ろ姿に集中した。
幸い、道は平坦だ。
歩きにくいこともない。
追いつけないほど、ランは飛ぶように歩いているわけでもない。
今のところは。
とんでもないことになった。
妖怪の世界で、誰かに會う。
何のために會うのかも定かではない。
ノーウェの死に関係しているとは言うものの。
ランは貓の妖怪。
オレは特別な人。
あいだみちのを移。
お禮のおはぎ……。
ノーウェの死は妖怪の仕業?
そもそも、ランは何を知っている?
そんな思いが浮かんでくるが、ミリッサは深く考えないようにした。
考え事をすれば歩みは遅くなる。
ここではぐれてしまうわけにはいかない。
絶対に。
徑は徐々に登り坂になってきた。
依然としてクマザサは深く視界を遮る。
徑は曲がりくねり、ふとランの背が視界から消える。
映畫館の中のような薄暗闇。
どんな明かりもない。
妙だな。
生えている木はシイ類とクマザサのみ。
まあ、どうでもいいことなのだろう。
環境づくりに「あいだみち」ってやつは無頓著なだけだろう。
ランが立ち止まった。
再び平石の小皿。
今度はみたらし団子。
「はい、ミリッサ、これ」
と差し出されたものは、小さな提燈だった。
「手に持って、しばらくすれば明かりがともる」
その通りだった。
ほのかな明かりだが、暗闇に慣れた目には眩しいほどだ。
足元だけが照らされる程度のものだったが、それでもありがたい。
明かりは燈ったが、なぜっているのか。
覗き込んでも、火はなかった。
「今日は、あいだみち、ご機嫌がいいみたい。こんなのを用意してくれて」
登り勾配がきつくなってきた。
積み重なった巖を登り、木のを摑んで降りる、を繰り返すことに。
そのたびに、提燈は口でくわえることに。
「やっぱり機嫌が悪いのかな。道が意地悪い」
「明日、筋痛かも」
「まさか」
依然としてシイとクマザサ。
植生に変化はない。
というか、単調すぎる。
あいだみちの経路を彩る木々や草花は、修景としてどうでもいいのだ。
前方に大きな巖が立ちふさがっていた。
ランは跳ねるように飛びつくと、あっさりその上部に立つ。
「ミリッサは、鎖で」
確かに鉄の鎖が垂れ下がっていた。
「やれやれ」
「提燈は口に」
鎖を握り、巖を見上げた。
すでに、ランの姿はない。
薄な奴め。
貓なら平気だろうが、こちらは中年男。
そう、やすやすとはこれは超えていけない。
が。
なっ!
ミリッサのは直し、提燈は口から落ちた。
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