《パドックの下はパクチーがいっぱい/子大の競馬サークルの先輩が殺された?著ぐるみの中で?先生、どうする? 競馬ファン必見、妖怪ファン必見のライト・ラブリー・ミステリー》62 焦りか……。似たようなものか……
兵庫県警の警察署の一室。
守衛から借りた服はどれも大きくて、格に合わなかった。
特にパンツのゴムが緩くて気持ちが悪い。
「それでは、まずはあなたのことをお聞きします」
待たされること十分。
ってきた刑事は二人。その第一聲。
「出來れば、通稱と本名でお願いします」
通り一遍の分照合を終え、刑事は手元の書類に目を落とした。
目を上げると、じっと見つめてくる。
なんの表も見せずに、ただ黙って。
観察しているそ、という威圧的ポーズ。
そして質問に取り掛かった。
「ところであなた、あそこで何をしてたんです?」
刑事に何度聞かれようとも、応えることはできない。
それが己がに非常に不利になることはわかっている。
それでも、事の経緯を説明し、なぜ白骨死を発見したかなど、説明できるはずもない。
応えなければ、刑事の頭に、犯人は犯行現場に戻って來るというジンクスが浮かぶ。
しかし、信じてもらえないことをいくら聲高に説明しても、狀況はかえって悪くなるばかり。
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「話せないのです」
「なぜ、です?」
「わかりません」
などというやり取りを続ければ続けるほど、己が首を絞める。
それに、ランのことも頭にあった。
ランの素をれずに経緯を説明することはできない。
妖怪のランに連れられて、などと、どうして言えようか。
「あなた、大學の先生ですよね」
「そうです。講師をしています」
「大學の裏山に登る、そんな授業があるそうですな」
と刑事は仕込んできた報をチラと見せる。
「つまり、あの山には何度も行ったご経験があるってわけだ」
「そうです」
「あの仏さん。今、確認中ですが、あなたの授業をけてた學生だったそうですな」
「はあ」
「彼と、裏山に登る。特別おかしなことでもなかったわけだ」
「違います。授業で行ったのは一度きりですし、いえ、彼が講していた授業では、という意味です。それに」
「それに、なんです?」
「彼が卒業してから、結局、雨やなにやで、一度もその授業はやっていません」
警察はすでに、白骨死がアデリーナであるという想定に立っている。
警察報網ではアデリーナの現時點での位置報が摑めず、かなり以前から行方不明という大學側の説明を踏まえれば、その想定は正しいのかもしれない。
學の誰かが最初にアデリーナのことを警察に告げたのだろうが、致し方のないことだし、責めるべきことでもない。
ただ、ミリッサは信じたくない気持ちがあったし、まずは己のを案じることの方が重要だった。
警察も、アデリーナのことを直接聞いてはこない。
あくまで、まだ想定の範囲なのだ。
遠回りした尋問になる。
「先生、その怪我、どうされたんです?」
「転んだだけです」
「一度転んだくらいで、それだけあちこち怪我しますかね」
「何度もね。木のに躓き、足をらせ、ぼこに足をとられ」
「焦っておられたんですな」
「は? 何に?」
「さあ、それはこちらが伺いたいこと。何を焦っておられたんです?」
「焦りか……。似たようなものか……」
「どういうことです?」
「いや……」
「それでは、もう一度お聞きします。死の発見當時の狀況を」
「もう何度も」
「ええ、なんども同じことをお聞かせ願うのは刑事の習ですので」
これで三度目の、肝心なところは伏せた説明をしながら、どうすればこの危機をやり過ごすことができるか、考えに考えた。
ただ、疲れ果てている。
しかも眠い。
焦點が定まらぬ思考が空回りするばかりで、妙案、珍案が浮かぶわけでもない。
こうやっていつしか、導尋問に掛かるんだろうな、などとつまらない思いつきだけが頭の中を巡る。
「で、私は待ちました。誰かが來てくれるのを」
「守衛が見つけてくれるまで、あそこにずっといた。そうですな?」
「そうです」
「ずいぶんと気長すぎる行ですな」
「待つしかなかった。何度、言わせるんです」
確かに、刑事が言うように、白骨死を見つけた時の恐怖や驚きに照らせば、フェンスのドアの向こうで何時間も蹲っていたのは奇異に映るだろう。
しかも時折雨が降る夜明け前に。
しかし、それしかできなかったのだ。
あらゆる電子機は放電していて連絡のしようもない。
フェンスはどう探しても乗り越えられるようなところはない。
が昇り、気づいてくれる時まで、濡れたを丸めて座り込んでいるしかなかったのだ。
「いい加減、自分のしたことを認めたらいかがです?」
ついに來た。
白狀しろと。
「あなたの話は辻褄が合いません。というより、隠されていること、抜けているところが多すぎて全貌が一向に摑めない」
「……」
「ここで何泊もするのは、気がすすまれないでしょう」
「當然だ」
「なら、すべて話されたらいかがです?」
「……」
「それにあなた、半年前、競馬場で起きたあの事件にも関係されているんでしょう。あれもまさに、あなた、現場におられた。そしてあれも、先生、あなたの教え子」
「いい加減にしてくれ……」
取り調べは晝をぎ、夕刻近くなっても続く。
不なやり取りばかり。
さぞ、刑事も嫌気がさしたであろう。
ただただ、話せない、というだけの相手では。
いや、よくあることか。
経験のない者には分からない。
いったん休憩、ということになって、刑事たちが部屋を出て行った。
扉があいた時、の聲が飛び込んできた。
ランだ!
フウカもいる!
ミリッサに會わせろと言っている!
どれだけ心強かったことか。
と同時に、どれだけみっともないと思ったことか。
茶が出された。
案外おいしい茶だった。
飲みながらまた考えた。
どうすればいい。
どうすればここから出られる。
ランは無事だった。
それはよかった。
すまないことをした。
ヘビに追われたとはいえ、彼をあいだみちに置いて戻ってきてしまった。
會わせたい人がだれだったのか知らないが、困った立場にならなかったのならいいが。
それにしても、この狀況、何とかしなければ。
やがて刑事が戻ってきて、告げた。
「今日はもうお帰りになって結構です」
ミリッサは立とうとした。
膝ががくがくし、立てずに機に手をついた。
クラッとした。
しっかり機の端を摑んで眩暈が収まるのを待った。
やっとの思いで部屋を出、刑事に付き添われて玄関ホールに向かった。
所在ははっきりさせておけ、と釘を刺された。
容疑者扱い、という重いものがのしかかってきた。
ランが抱きついてきた。
泣きじゃくっていた。
フウカも涙ぐんでいる。
ヨウドウもいた。
その眼前で、ランはきつく抱きつき、離さなかった。
そして涙聲で言った。
ごめんなさい、ごめんなさい。
私のせいで。
こんな目に合わせて。
ごめんなさい、ごめんなさい。
ヨウドウが手を差し出してきた。
絆創膏だらけの手を握ってくれる。
「長居は無用。帰ろう。帰って、ゆっくりして、旨いもん食って。風呂もって。話はそれからだ」
「すまない。ありがとう」
「禮は、この二人に言うんだな」
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