《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》お魚を食べますわ!

一日中、急斜面を登り続けた。尾に出れば楽になると言われたが、それまではほぼ直角とも思える坂を行く。

びた木の枝や蔓に捕まりながら、ヴェロニカはなんとかロスとアルテミスについて行った。

アルテミスは四本足であるからか、颯爽と斜面を駆け上り、上で二人を待っていた。

ロスにしたって荷を背負っているというのに、息ひとつさずに登っていく。ヴェロニカはそれでも必死に後をついていくが、ある場所でどうにもが上がらなくなってしまった。

「ほら」

目の前に、手が差し出される。

摑まれ、という意味だと気がついたが、無視して力を振り絞り、自力で斜面を登った。

「まったく、強だな。かわいげのない」

ロスがアルテミスに言うのが聞こえたが、ヴェロニカはそれも無視した。たやすく人に頼る弱い者だと思われたくなかったのだ。

やがて日が暮れて來たところでロスは立ち止まった。

「暗い中でかない方がいい。今日はこの辺りで野営にしよう」

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その言葉を聞き、力が一気に抜けその場にしゃがみ込みそうになる。そして慌ててハンカチを取り出すと、敷いてからその上に座った。

やや平らな地面を確認すると、ロスは荷を降ろし水筒を取り出した。

「み、水……!」

それを見たヴェロニカは彼の手から水筒をひったくると思い切り飲んだ。

時折休憩をして木の実を食べて水分と栄養を確保したが、それでもは渇いていた。

(水がこんなに味しいなんて……!)

「それほど飲みたかったら言えよ」

呆れたような聲が聞こえたが、水を持っていると言わなかったのも彼だ。

そして水筒の中を全部飲み干したところで、ロスの分がないことに気がついた。

「あら、ごめんなさい。水がなくなってしまったわ」

「ああ、それは小さい奴だ。お前にやるよ。これからは好きなときに飲め」

そう言って、ロスは持っていた大きな革袋を取り出した。サックのようになっているそれからはちゃぽんと音がする。

「山羊の皮で作った水筒だ」

「えっ。じゃああなたはそれを飲みながら歩いていたわけ? わたしには一口もくれずに?」

「言えばあげたさ。文句一つ言わずについてくるから、必要ないのかと思ったんだ、なあ、アルテミス。俺とアルテミスは當然、飲んだ」

「はあ!? なんて男なの!?」

「これからは、疲れたときや何かしいときは、そのよく回る達者な口で言え。助けがしいときもな。強がりは山では命取りだ」

そう言いながら、これ見よがしにロスは水をがぶがぶ飲んだ。

ここに野営を決めたのは平らであったことと、清流があったためだという。

「減っちまった分の水を確保しておこう」

そう言いながら、ロスは例の水筒に水をれていく。ヴェロニカも同じように水をれた。川の水を飲むことに対する抵抗はなからずあったが、それでも水は明で清潔に見えた上、の渇きに贅沢は言えなかった。

それからロスは、地面の大きな石を取り払いその上に厚手の布を手際よく敷いていく。

「ヴェロニカの寢床だ」

「え!? 嫌よ! こんな土の上に敷いた汚い布の上にを橫たえるなんて!!」

「なら立って寢てろ」

ロスはそう言い放ち、今度は乾いた枝を集め始めた。冷たくあしらわれたため不愉快であったが黙って彼を見ている。

木々の間から夕が差し込み、ロスの橫顔を照らした。珍しい黒髪黒目、そして彫りの深い顔立ち、見慣れないれ墨。それは遠い國の民族を思わせる。

集めていたのは薪だった。

それをあらかた集め終えたところで彼は今度はじゃぶじゃぶと川の中にる。そして巖のに手を突っ込むと、あっという間にその手に魚を捕まえていた。

それを土の上に放り投げる。

「ひゃ!」

ヴェロニカはピチピチと跳ねるそれに怯える。ロスは今度は別の巖の下に手をれ、同じ要領で魚を捕った。

「魚は食えるのか?」

「食べられるわよ、當たり前じゃない!」

馬鹿にしたようなロスの言葉にむっとして言い返す。しかし彼はやれやれとでも言うように頭をかいた。

「鹿はかわいそうで、魚はかわいそうでないのか。基準が分からんな」

から薄い木の板を取り出すと、その上でロスはナイフで用に魚を下ろしていく。神経が生きているのか、捌かれてもなお、魚はいていた。

「うげえ……不気味だわ」

「しめるのが早いほど味いんだ」

一切れアルテミスに放られると、味そうに平らげている。

ロスは荷から鉄製の小さなフライパンを取り出すと、集めた薪にマッチで火をつけた。あっという間に燃え上がるそこで、いつのまにか採取していた山菜とともに魚を炒め始めた。

流れるようなその一連の作業に思わず心した。

「手際がいいのね。もしかして、走してからずっと山にいたの?」

「……ああ」

やや間を置いからロスは肯定する。

簡単な炒めではあるが、香ばしい匂いに刺激されたヴェロニカの腹は鳴る。

「まだできないのかしら?」

作って貰うのが當然といった態度のヴェロニカをロスは橫目でみると、黙ったまま今度は荷から茶い円盤のようなものを取り出しぱきっと割った。

「それは?」

「北國のパンだ」

その上に魚と山菜の炒めを乗せる。

薄く、とてもパンには見えない。どちらかと言えばビスケットの方が近い。

(見たこともないわ)

「ライ麥でできてる。日持ちするからな」

疑問に答えるように、ロスは補足をした。それでも空腹よりはましだと一口食べてみる。

味しいわ……!」

疲れたに新鮮な食材が行き渡る。魚の脂が乾いたパンに染みて丁度良かった。

ヴェロニカの様子を見ながらロスも食べ始める。

明日からまた、歩かなければならない。

食べ終えて、寢る準備にる。

空は分厚い雲で覆われ、星一つ見えなかった。晝間は太が出ていたため溫かかったが、夜の森は冷える。

ロスは二人分の布を持っており、一つをヴェロニカに寄越す。

ふと疑問に思う。

「どうして二人分の布を持っていたの?」

「……予備だ」

そんなものか。一応は納得し、ロスが用意した自分の寢床にを橫たえた。

ロスはし離れた木に寄りかかり、座ったままアルテミスを抱えて眠るようである。ヴェロニカから離れた場所にいるのは、彼なりの気遣いかもしれない。

ヴェロニカは、空を見た。

木々の間から、ぼんやりとした雲が広がる空だった。

(昔、お母様が生きてた頃、家族で星を見に行ったっけ)

今は、星は見えない。

風が起こす木のざわめきも、流れる川の音も、寂しげに聞こえる頼りない蟲の聲も、フクロウのような鳥の聲も、すべて不気味に思えた。

まるで、自分のいる領域ではないと言われているように思えたからだ。

心細く思って聲をかけた。

「……ねえロス。眠れないわ」

沈黙が長く、既に寢てしまったのだと思った時、返答があった。

「目を閉じてろ、それだけで休まる」

たとえ昨日會ったばかりの得の知れない男の聲でも、自分以外の人間の存在が心強かった。言われた通り、目を閉じる。

そうしていると浮かんでくるのは、家族のことだった。

(チェチーリアはもう修道院に著いた頃かしら? 空気の読めないあの子のことだから、上手く皆さんになじめてるといいけど。

お父様はどうしているかしら? 逮捕されてしまったかしら。

わたしの乗った馬車が襲われたことを知ったかしら? 死んでしまったと思って、しでも心配してくれるかしら?)

自分は無事だと、二人に伝えるはない。そして二人の安否を知るもない。

――だからなんとか、生き延びなくては。

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