《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》クマ出沒注意ですわ!

事件はその日の午後、起こった。

ロスは今のうちに罠を仕掛けておくと言ってどこかに姿を消した。前日に罠を仕掛け翌朝獲を見に行く、というのは彼が度々していることだ。

今日はこれ以上歩かないということなので、ヴェロニカはほっとした。

ここ數日、ずっと歩きっぱなしだった。ロスが取ってくる木の実や山菜、時に保存用にした魚を食べた。相変わらずは食べなかった。

一人で森の中に座っていると、ふと何か視界の隅でく気配がした。目をやると、低い笹の向こうにが見える。

(驚いた、犬だわ)

アルテミスと同じくらいの大きさの黒い犬だった。

ここ數日アルテミスと過ごしてすっかり犬に慣れたため、見ようと立ち上がった。犬もこちらを見ている。

(迷い犬かしら?)

だとしたら、一緒におばの家まで著いてくるかもしれない。犬はかわいい。扱いにも慣れてきた。旅の道連れが増えることは嬉しかった。

立ち上がったのに気がついたのか、犬も走り、近づいてくる。

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手を差し出そうとした瞬間だった。

気づく。

(――犬じゃない!!)

そのは目の前まで來ると立ち上がり咆哮する。

長は一メートル以上だ。

図鑑で見たことがある。

つややかな黒い、鋭い爪、大きな牙。

「熊……!?」

恐怖。全から汗が噴き出した。今すぐに走り逃げたいが、かなかった。

人は死に際して走馬燈を見たり天使を見たりすると言うが、ヴェロニカが見ているのは大きな熊、じるのは死、それだけだった。

対面する熊はその大きな手を大きく挙げ――そして、ヴェロニカ向けて振り下ろす。ヴェロニカは、それでも見つめることしかできない。

(お父様! チェチーリア!!)

瞬間、家族の事を思った。

そして目を閉じた。

――……しかし、死は訪れなかった。

ターン、と大きな音がした。それは木々に反響し、殘響だけが空間に殘る。

銃聲だ。

続いて犬が吠える聲。アルテミスだ。

ヴェロニカは目を開ける。そこには先ほど対面していた熊が橫たわっていた。

心臓付近にがついている。打ち抜かれた痕。

熊は舌を出して死んでいた。

「ヴェロニカ、大丈夫か」

ロスが銃を構えながら、珍しく優しい言葉をかけ近づいてくる。彼が熊を撃ち殺したらしい。

張と恐怖から解放されたヴェロニカはを押さえてうずくまっていた。

「怪我でもしたか? おい、聞いているのか」

聞こえているが、返事ができない。

心臓が引きつってしまったかのように、息をするのがやっとだった。

そして、自分ではひどくけないと思うことに――ボロボロと泣いていた。

「い、犬だと、お、思ったのよ……」

やっとそれだけ言う。

怖かった。死ぬと思った。流しているのが恐怖の涙か、安堵の涙か分からない。

ロスは呆れたようにため息をついたあと、語気を強めた。

「例え犬だとしても気安くれるな! 妙な染癥を持ってる可能だってあるんだ。こんな場所で病気でもしてみろ、お前だけじゃない、俺もアルテミスも死ぬ! 自覚しろヴェロニカ、小さな事でも命取りになるんだ」

ヴェロニカが泣いていることなど気にならないかのようにロスは舌打ちすると言った。

「だが小さい奴で良かった」

「ち、小さいですって? これが?」

倒れる熊の全長はヴェロニカよりやや小さいが、としてはかなり大きいのではないか。

「ヒグマだったら、弾が當たっても仕留められたかわからんからな」

「……熊にも種類があるってこと?」

「こいつはクロクマだ。大きさからしてまだ一年目で若い。ヒグマより小さくて臆病だから、突然現れた人間にびびって威嚇したんだろうな。

……ヒグマの気は荒い。もし出會っていたらお前は即死だったかもな」

冗談か分からないが、ヴェロニカはぞっとする。今にしたって、もしロスが來てくれなかったら死んでいたかもしれない。

熊の死を見ていたロスの視線がある一點で止まったことにヴェロニカは気がついた。

見るとそこには銃弾の痕ではない傷がついていた。ロスがつけたものではない。まるで獣の爪痕のようだ。

深い細い傷が數本腹に著いていて、裂け目からが滲んでいる。

「……この辺りに熊の気配はなかった。縄張りを追われ、逃(・)げ(・)て(・)き(・)た(・)のかもな」

「逃げたって、何から?」

意図が分からず聞き返すと、ロスは傷から視線を外さずに答えた。

「ヒグマからさ」

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