《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》お姉様の初験ですわ!

ヴェロニカはをなんとかかしロスが落ちた滝まで這っていく。

「噓でしょう……?」

中が痛かったが、大きな怪我はしていない。骨も折れていないようだ。服がクッションになったらしい。それでも、這ってくのがやっとだった。

滝の手前までやってきて、下を覗く。

遙か下では數日前の雨で水かさを増した川が轟音を立てながら流れていく。ロスの姿も、ヒグマの姿も、見つけられない。

「ロス、ああ、ロス、なんてこと……」

死んでしまった。

彼は落ちる瞬間、ヴェロニカを見た。

まるで無事を確認するかのように……。

「クーン」という聲が聞こえて振り返る。

アルテミスが立っていた。ふらふらと寄ってくる。怪我をして、が滲んでいたが、彼の傷は幸いにして淺い。気を失っていただけらしかった。

アルテミスを抱きしめた。ヴェロニカの頭から流れたが、白いを赤く染める。

「アルテミス、あなたが無事で、本當によかった」

犬はただ悲しげに鳴き、ヴェロニカのを舐めた。

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日は落ち、夜になった。ヴェロニカはその場をかなかった。

放り出されたロスの荷から水を取り出すと、アルテミスの傷を洗う。それから、自分の顔も洗った。

ひりひりと痛かった。鏡がないので、自分の顔にどんな傷跡があるのかわからない。

「でもいいわ。だって、見せる相手もいないもの」

そう言って、アルテミスをでる。彼も不安なのかをぴっとりとくっつけてきた。

夜が深まっても、眠らずにその場に留まっていた。

(ヒグマがまた戻ってくるかしら? でも……)

もしかしたら、ロスがひょっこり戻ってくるかと期待もしていた。夜の森は何のもない。ただざわめきと、うっすらと黒い木々のが見えるだけだった。

やがて太が昇っても、ヒグマもロスも現れなかった。

ヴェロニカはのろのろと立ち上がり、ロスの銃を拾う。荷を持とうとしたが重すぎたので、いくつか捨てる。必要だと思われるものだけ持って、荷を背負った。

片手には、銃。もう片手には、地図を握りしめた。

そして不思議そうに見つめるアルテミスに向かって言った。

「行きましょう、アルテミス。ロスは戻らないわ」

エリザおばの家は近いはずだ。重い足取りで歩き始めた。歩くヴェロニカを、アルテミスはかず見つめていた。

「來ないなら、それでもいいわ。わたしは行くから」

一度だけ振り返り、聲をかけてまた前を向いた。しばらく行くと、やがて後をついてくる頼りない足音が聞こえた。

「これは栗の実ね、アルテミス?」

落ちた栗の実を拾いながら傍らの犬に聲をかける。ロスがいつもしていたように、足でとげ踏み、中から実を取り出す。取り出した実は水を張ったに浮かべた。

「いい? アルテミス、浮かんできたのは蟲食いだから食べちゃダメ」

それもロスが言っていたことだ。

アルテミスは興味深そうに水を見ていた。

「水が飲みたい? が渇いたのかしら」

ふと、ロスももしかしたら、孤獨な山の中でアルテミスにこうして話しかけていたのかもしれないと思った。白い犬は良い聞き手だった。

マッチで火をおこし、鍋をかけた。ロスが行っていたのをいつも見ていたので、要領は知っている。

「わたしって、見たら大抵のことはできるのよ。サバイバルの才能もあるのかしら?」

だれに話しかけるでもなく、呟いた。

と、視界の端で何かがくのに気がついた。

(――野うさぎだ)

とっさに銃を構え、迷うことなく撃つ。

ターン、と大きな音が響き、うさぎはガサガサと逃げていった。

「殘念。外したわ。ふふ、わたしがうさぎを撃とうとするなんてね」

自分でも驚いていた。外してなければ殺していた。

思わず苦笑いする。

「ロスの亡霊がわたしに乗り移ったみたいだわ」

――もしこの場にロスの幽霊がいたら、下手くそだなってこの前のように笑ったかしら?

「なんてね。案外生きてるかもしれないわ」

そう言って、笑った。

そして、異変に気づく。

(アルテミス!!)

アルテミスがいない。

逃げてしまったのか?

気が変わってロスのいなくなった場所に戻ったのか?

「アルテミス!! 嫌よ! 一人にしないで!」

急に不安になった。ロスを失い、アルテミスまでいなくなってしまったら、本當にひとりぼっちだ。

森はざわめきで返事をする。それが余計に孤獨をじさせた。

(たった一人で、どうしろというの? 無理よ……。置いていかないで……)

母が亡くなっても、學園で辛いことがあっても、いつだって誰にも泣き言を言わずに耐えてきた。でも、今は耐えきれない。

うずくまり、子供のように泣き出した。

「うわあああん! ひどいわ! 神様がこんな過酷な試練を與えるなんて、だって、わたしはお嬢様なのよ? 溫かい場所しか知らない。乗り切れっこないのに! どうしてわたしがこんな森にいなきゃいけないの? おかしいわ……。お父様、チェチーリア、どこにいるの……? 會いたいわ、會いに來て……お母様……」

抱えていたの思いをすべて吐き出すかのようにヴェロニカは泣きわめいた。だってここには本當に誰もおらず、聞かれる心配もない。だから、思い切り泣いた。

と、遠くで犬の吠える聲が聞こえる。

「アルテミス!!」

慌てて、聲のする方へと走った。

犬の居場所はすぐにわかった。大きな巖の隙間に向かって激しく吠えている。ヴェロニカに気がつくと、アルテミスは尾を振った。

「そこに何があるって言うの?」

巖の隙間をのぞき込むと黒い目が見えた。じっとこちらの様子を窺っている。張しているのかそのの呼吸は荒く、が小刻みに震えていた。

それは先ほど捕らえ損ねたうさぎだった。それより奧に逃げ道はないのか、または恐怖からか、うさぎはその場をかない。

アルテミスを見ると、得意げな顔をしている。

「あなたが追い立てたの? わたしのために……?」

アルテミスは「わん」と鳴いた後、ヴェロニカの顔を舐めた。ヴェロニカは涙をぬぐい、笑った。

「ありがとう」

禮を言ってから、うさぎに向けて銃を構えた。うさぎの呼吸はさらに荒くなる。我がに何が起こるのか、知っているようだった。黒い目が、怯えたように見つめていた。

(……ああ、この子は、ヒグマに出會ったわたしだわ)

そう思い、うさぎに聲をかけた。

「ごめんね」

森に銃聲が響いた後、うさぎの息づかいは聞こえなくなった。

ロスがいつもやっているように、まっさきに頸脈を切った。とどめを刺す意味もあるが、死んでいてもを早くより多く抜くことでが臭くならないのだとロスが言っていた。

しかし、思ったよりもは出ず、やり方があっているのか心配になる。ひとまず逆さに木に吊してみる。

「まず、皮を剝ぐのよ」

言葉に出すと、これから行う行為にもし気分が落ち著いた。

思い切って腹に切り込みをれる。れすぎたのか、蔵がどっと地面に落ちた。むわっと辺りに匂いが広がった。アルテミスがしきりに臓の匂いをかぐ。

を止めてから、心臓を探す。

「これかしら?」

それらしいものは、思ったよりずっと小さかった。こんな小さなものがうさぎの命をかしていたと思うと、命というものはいかに繊細で奇跡的なバランスでり立っていることだろうかと改めて思う。

心臓に十字に切り込みをれるとがあふれ出てきた。それを手の屆く一番高い枝の上に置いた。そして、掌を組んで祈った。

(神様、うさぎさん。命の恵みに謝いたします)

それが正しい祈りか不明だったが、思うことに意味があるとじて、とにかく謝の気持ちを伝えた。

皮は思ったよりも簡単に剝ぐことができた。引っ張ると、するするとげるのだ。手足、そして頭も丁寧に皮を剝いだ。

腹を更に開いたところで、頸脈を切ってもが出なかった理由が分かった。が銃弾を浴びたのあたりに大量に溜まっていたのだ。ロス曰く、銃弾を浴びせるとの味が落ちるから、腹は狙わない方がいいらしい。しかしヴェロニカには場所を正確に打ち抜くほどの腕はなかった。

汗をかきながら、うさぎを解していった。不用ながら、なんとか食べられるを取り出す。

は、不思議にも殘酷とも、気持ちが悪いとも思わなかった。奪った命に対する、責任とさえじられた。

を焼いて、アルテミスにも半分食べさせた後で、地図を広げる。

「ここはなだらかで、さっき川があったから、今はこの辺りかしら」

ヴェロニカの考えが正しければ、ハイガルドにあるおばの家までは、道を下っていくだけでよかった。あとし、と思えば気が楽だ。

「エリザおばさまが、アルテミスを気にってくれるといいけど」

アルテミスの頭をでると目をくるくると嬉しそうにさせていた。

食事を済ませてから、また歩き始めた。

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