《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》ムースってお菓子かと思いましたわ!

ムースというのはヘラジカのことです。

「うう……」

彼(・)の腹にはじわりとが滲む。撃たれた衝撃で後ろに餅をついた。弾は蔵まで達しているようでどす黒いが溢れる。明らかに致命傷だった。

銃を地面に落とし、腹を押さえて彼は倒れた。それを誰もが驚愕を持って見たことだろう。

うめき聲を上げ倒れたのはロスに向き合っていた若い兵士の方だったのだ。

そう、煙に巻かれていたのは、兵士たちとて同じ事だ。気付かれぬように近づき、不意を打ち誰(・)か(・)が兵士を撃った。

(誰かだと? 一人しかいないだろう……!)

だが信じられるか。ロスは銃弾が飛んできた方向を見る。

「ヴェロニカ……」

そこには、ロスが渡した長銃を震える手で持ち、決死の表を浮かべるヴェロニカの姿があった。銃口からは白い煙が立ち上る。

「ロス! 助けに來たわよ!」

はそう言って、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。

人を撃った事実に心ヴェロニカは怯えていた。弾はロスに対面していた兵士の腹に當たっている。ロスは即座にその兵士の元に駆け寄ると、腰に差した拳銃を抜き取りその頭を打ち抜く。

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我に返った殘りの三人が銃を構え発砲する前にロスは素早くヴェロニカの側に行き再び木のに隠れる。

「お前が人を撃つなんて」

「わたしが來て助かったでしょう?」

とやや間があって返事が來る。

「……ああ。だが、致(・)命(・)傷(・)じ(・)ゃ(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。殺したのは俺だ」

彼はヴェロニカから返された銃を殘りの兵士たちに向けようとするが失敗し取り落とす。手を怪我しているためだと気づく。彼の右手は撃ち抜かれ、真っ赤に染まっていた。これでは長銃を持ち上げ、引き金を引くのは無理だ。

「わたしが撃つわ!」

「お前は撃つな、俺が撃つ」

「そんな怪我では無理よ!」

「なら、お前が支えてくれ。引き金は俺が引く」

「……分かったわ」

兵士たちの攻撃が再開される。先ほどよりもずっと近い。撃ちながらしずつこちらに向かってきているようだ。激しく地面や木がめくれ上がる。

手前でヴェロニカが長銃を持つ。後ろからを覆うようにして立つロスが引き金に手をかけた。

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ヴェロニカは暗闇に目をこらす。なるべく兵士たちに銃口が向くように、必死に銃を支えた。白い煙が立ちこめる。

風のない夜。その場に煙は留まり続ける。

ヴェロニカはロスの息づかいをじた。流れる汗もの溫かさもじた。そしてそう思っていることがどうか彼に気づかれませんようにと願った。

數発、ロスが撃つ。ヴェロニカの手に振が伝わる。敵に當たったのか、それすら分からない。

しかし兵士たちが止まった気配がした。まさかこちらが撃ってくるとは思わなかったのだろう。一瞬だけ、攻撃の手が緩む。

その隙を見て、ロスはヴェロニカの手を引き、走った。銃聲が続けて聞こえ、ロスはヴェロニカを自分の前に走らせる。

「右へ行け! 走れ!」

ロスは何かを目指しているようだった。

彼の聲を指針にして、ヴェロニカは暗い中を必死で走る。兵士たちの足音も追ってくる。まだ、多の距離はある。

木の隙間から二人の姿を捕らえた兵士たちが放つ銃聲が絶え絶えに夜の森に響く。かなり近くをかすめたように思うが、ヴェロニカには當たらなかった。代わりに後ろを走るロスがいつになく激しく呼吸をしていた。

やがて森は途切れ、突然平野が現れた。

(こんな見通しのいいところでは見付かってしまうわ!)

ヴェロニカが恐怖した瞬間、ロスが言った。

「見えたぞ、あれだ……!」

指差す先をヴェロニカも見る。そこには數十頭はいるであろうムースの群れがあった。中には見たこともないほど立派な角をもつ牡鹿もいる。二メートルはありそうな巨大なものもある。

「あれが、なんだっていうの!?」

しながらヴェロニカはんだ。確かに大きく威厳があるがこの最悪な狀況を打破する鍵になるとは到底思えなかった。

迷ったか、ト(・)モ(・)ー(・)ロ(・)ス(・)よ」

追ってきた兵士が追いついた。暗闇から姿を現した彼らは余裕の笑みを浮かべている。

(トモーロス?)

ヴェロニカは疑問に思った。それは確か、神話に出てくる山の神の名だ。なぜ、彼をその名で呼ぶのだろうか。

(ロス……トモーロス……)

ロスがヴェロニカを背中に隠すように兵士との間に立つ。彼の背中に數発の銃弾が當たっていることに、月明かりの下でヴェロニカは初めて気がついた。が服を濃く染めている。ぞっとした。彼は死んでしまうのではないのか?

兵士は銃を構えているが、撃ってこないところを見ると有利な狀況にしおしゃべりでもしたくなったようだ。

「鬼神の如しと恐れられた貴様が、にたらし込まれて墮ちたか? ……それとも、他に理由があるのか? なあ、純粋に分からんのだ、貴様が金払いのいい國を裏切る理由は何だ?」

「言ったところでお前たちには到底、理解できんだろうさ」

會話から兵士とロスが知り合いなのは間違いがなさそうだ。

ヴェロニカはロスの背中を見る。

その背中からはがあふれる。額には脂汗が滲んでいる。ロスはヴェロニカを橫目で見る。目が合い、思わずどきりとした。

「ヴェロニカ、ムースを撃て」

「……へ?」

兵士に聞こえないほどの小聲で彼が言う。予想外の言葉に、間の抜けた返事をする。が、真剣な瞳に疑問を口にする前に、ヴェロニカは銃をムースに向けて撃った。

――――ターン!

一発の銃聲が木々に反響する。ムースの數頭が顔をこちらに向け、また數頭は驚き森の中に逃げていった。

「なにを?」

兵士が眉を顰めた時である。地面を揺るがすほどの低い咆哮が聞こえた。

(ムースが吠えたのだわ!)

一頭の巨大な雄がこちらに向かって突進してくるのを見た。あまりにも圧倒的な景にただ立ち盡くすことしかできず、思い出したのは小さいとき、図鑑でムースを見たときの説明文だ。

――ムースは人間を見ると逃げていきますが、繁期の秋になると、とても神経質になります。驚かせた場合、切羽詰まって攻撃してくることがあります。

あの巨でぶつかられたらひとたまりもない。蒸気機関車に弾き飛ばされるようなものだ。

固まるヴェロニカだが、ふいにが宙に浮くのをじた。ロスが自分を抱えて走る。抵抗する間もない。

そのままロスは一目散に森の中にり込む。そして限界だ、とでも言うように土の上に放りだされた。ヴェロニカのに、彼の生暖かいがドバッとかかる。

向こうで銃聲が響く。兵士たちがムースに向かって発砲しているらしい。ヴェロニカはの向きをわずかに逸らし、兵士たちを見た。

一方的な景だった。

ムースはその巨大な角で兵士を弾き飛ばした後、後ろ足で立ち上がり、前足で何度も踏みつける。踏まれながら、兵士は徐々に人間の姿を失っていく。銃聲は鳴り止まない。が、ムースも止まらない。

今度は勢いをつけて首を振るようにして別の兵士を角で攻撃した。に角が突き刺さる。宙に放り出され、それから即座に地面に落ちて、兵士はうめく。もう一人の兵士は餅をついて後ずさる。人間たちは大きな鹿に翻弄され、躙され、抵抗することもできずに怯えている。

それをムースはどちらが強者かをしめすような堂々たる態度で一瞥した後、他の仲間たち同様、ついに森の中へ去って行った。

ムースが去ったのを確認すると、ロスは拳銃を取り出し、兵士たちに向けて數回発砲した。まだ生きていた兵士たちも、それによりついに土の上に倒れた。

ヴェロニカは一仕事終えたロスを見る。

月明かりに照らされた彼の顔は汗でびっしょりで、土とがこびりついていた。疲れたようにその場にどかりと座り込んだ。

「ムースたちがいるって、知ってたの?」

「落ち葉の上に、足跡があったからな。発期の奴らは気が荒い、襲うかは賭けだったが、まだ神は俺たちを見放していなかったらしい」

“神”と口にした彼をヴェロニカは意外に思った。彼も自分と同じ神を信仰しているのだろうか。それとも、もっと別の存在を神と形容したのだろうか。

「奴らに襲われる事例は、クマよりも多い。巨で攻撃されればひとたまりもない。間違いなく、最も危険な獣だろうよ」

ヴェロニカの視線をどう捉えたのか、ロスはため息とともに言った。

「野生の勝ちだ。人間ってのは、弱いもんだぜ」

二人は、そしてその場を去った。

――――だからムースに襲われた兵士のうち、むくりと起き上がった者がいたことを、二人は知らない。

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