《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》アルテミスはどこに行ってしまったのかしら?

妹、チェチーリア視點のお話です。

わたくしはその頃、すっかり修道としての生活が板に付いていました。

毎朝四時に起床し、部屋を整頓、それからお祈り、お世辭にも味しいとは言えない朝ご飯を食べた後、畑や裁仕事、時たまおつかいなんかをこなしました。こういう規則正しい生活をしているのは、學園と変わりありませんわ。そうそう、ここでも友達ができました。わたくしと同じ歳くらいのの子たちも數人いて、よくおしゃべりをするのです。

「ねえ、チェチーリア。やっぱりグレイとは人同士なんでしょう?」

食事中、思わず飲んでいた水を噴出し、目の前の子にかかってしまいました。

余計なおしゃべりはご法度。キッと修道院長に睨まれてしまったため、その會話はそこで終わったのですが……。

どうしてか、度々、こんなことを聞かれるのです。

そのたびに否定しているのですが、中々彼たちは納得してくれないのです。わたくしとグレイが人同士なんて、あるわけがないでしょう?

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ゲームLRでは、グレイはヒロインにぞっこんで……なんだか前にも同じ事を言いましたっけ? とにかく彼がわたくしを好きになることはありえません。だってそんなシナリオ、ないのですから。

「でもグレイはほとんど毎日ここへ來るでしょう? あなたに會いに」

畑仕事をしているとまたそんなことを言われます。にやにやしている友人に言い返しました。

「それは、わたくしを見張るためですわ!」

「あら~、照れちゃって」

のれんに腕押し。

娯楽のない修道院では、こんな小さなことでも愉悅なのです。それに皆さんは口にはしないものの、姉を失ったわたくしをお勵まそうともしてくれているようです。まあ、お姉様が亡くなったとはもちろん信じていませんけれども。

「あら、ほらまたグレイよ!」

そう言って、修道の一人が指差した門の先には、町からこちらに走ってくるグレイの姿が見えました。

「行ってらっしゃいよ、チェチーリア!」

「あ、ちょっと!」

背中を押されたわたくしは門の前に勢いよくつんのめりました。れた髪を整え咳払いをしてからグレイを待ちます。

と、いつもと彼の様子が違うことに気がつきました。手には汚れた絨毯のようなものを抱えています。近づくにつれ、それが何か分かりました。

「グレイ……! 一、その子はどうしたんですの!?」

「森の中で倒れていたのを、猟師が見つけたんだ! さっき道で通りかかって……。放っておいたら死んでしまう。ここには手當てできる道があるだろう!」

そう言って、グレイは抱えていた大(・)型(・)犬(・)を差し出しました。元々白かったであろう並みはと泥で汚れています。その子はぐったりとしていました。には撃たれたような跡がいくつもあります。は止まっているようですが、重傷です。

「すぐに準備しますわ!」

元々この修道院は野戦病院の跡地なのです。だから、いざというときの醫療はありました。わたくしは他の皆さんにも聲をかけて、その子の手當てをします。

こういうときの皆さんはすごいです。団結してその子を救おうと闘します。

その子は意識がないのか、傷口を洗う時も、に殘った銃弾を取り出す時も、そして傷口をい合わせる時も、始終靜かに目を閉じていました。

一番酷かったのは、右の前足でした。銃弾が骨に達していって、足が取れかかっていたので、壊死してしまう前に切斷するしかありませんでした。消毒したのこぎりで切り落とすのですが、流石にその時はその子も酷く暴れました。數人がかりで押さえて、噛まれてもひっかかれても離しませんでした。

やがて全ての処置が終わったとき、もう夕方で、その子もわたくしたちもぐったりとしていました。

処置が終わって、その子のはすごく冷たくなっていました。微かにによって生きているのだと分かりましたが、今まさに死に向かっているのかもしれません。

他の方たちは先にお休みを取りました。でもわたくしはどうしてもその子の側を離れたくありませんでした。言葉も通じず、たった一人で痛い目にあったこの子の不安をしでも取り去ってあげたくて、近くにいたかったのです。自分と重ねてしまったのかもしれません。

壁に沿って設置された長椅子に、その子を橫たえて、布をかけました。わたくしはその隣に座りました。ステンドグラスには神の子と聖母様のお姿が寫されています。それが夕を浴びて、わたくしのに落ちました。

と、椅子の反対側にすとんと誰かが座りました。見るとグレイでした。とっくに帰っていたと思っていたので驚きです。

「あなたもいたんですの?」

「心配だったから」

見知らぬ犬を心配するなんて、グレイは責任が強いですね。

その子を挾んで左右にわたくしたちはいました。わたくしは、その子の白い頭をなでながら、思ったことを言いました。

「この子は、一どんな目に遭ったんでしょう?」

「さあな。猟師の中には、不要になった猟犬を山に捨て、戻ってこないように撃つと聞いたことがある。もしかしたら、そういった一匹だったのかもしれない」

「そんな……」

その子は傍から見てもとてもしい犬でした。捨てるなんて、考えられません。

そういえば、昔お姉様と一緒に迷子の子犬を保護したことがあります。飼いたかったのですけれど、お父様が認めてくれませんでした。

「いらなくなったら捨てるなんて、どこの場所にも酷い人はいるものですね。はじめは必要だから、側に置いたはずなのに……」

くやしいですわ。

グレイがこちらを見つめているのは気がつきましたが、知らない振りをしました。わたくしの目から出たが、白い皮に落ちました。

いいえ、泣いてなんていませんわ。だって、この子は生きていますもの。

わたくしの立場を重ねたのではないか? いいえ、小さい頃から覚悟していたことですもの。

いつか、わたくしは追放されて、家族はばらばらになって。「悪役は退治され、そして二人は幸せになりました」なんて、當たり前のシナリオです。だから、悲しくなって泣くことなんてあり得ません。

下を向くわたくしの耳に、遠慮がちな聲が聞こえまいた。

「オレは後悔している。あなたがレオン様とミーア嬢に詰め寄られたとき、本當はあなたに罪はないと分かっていた。あなたのことは、いつだって見ていたから。レオン様の命に従い、あなたを捕らえたことは間違っていた。オレがあの時、はっきりと言えばよかったんだ。あなたがミーア嬢に悪さをするなんてある訳がないと」

「どうして……」

どうして、レオン様の口から一番聞きたかったことをあなたが言うんですの?

い頃からずっと一緒だったレオン様には信じてしかった。お互い手を取り合って、無邪気に笑った日々は真実だったと思いたかった。

でも、でも。シナリオなんですから、しかたがないのです。レオン様がわたくしを信じてくれなかったことも、ミーア嬢をしてしまうことも、初めから決まっていたこと、しかたがないことなのです。彼に罪はありません。

好きになっていけないと分かっていつつ、レオン様を好きになってしまったことも、きっとシナリオのせいなんですわ。しかたがないこと。わたくしに罪はありません。

目の前にハンカチが差し出されました。わたくしの顔はすでに涙と鼻水でぐちゃぐちゃでした。

「ありがとうございますわ、グレイ。なにもお禮なんてできませんけれど、そう言ってくださったことで救われましたわ」

グレイがくれたハンカチでチーンと鼻をかみました。彼がしだけ笑ったような気がします。

「禮なんていらない。ただあなたが元気であればそれでいい」

ああ、彼はなんて良い隣人なのでしょう。

翌日、翌々日とその白いわんちゃんは元気を取り戻していきました。を洗って綺麗にしてあげると、それはそれは見事なしい子になりました。

わたくしは犬を飼ったら付けたかった名前である、「ポチ」と名付けました。でもあまり気にっていないみたいで反応は馨しくありません。「ハチ」の方がよかったでしょうか。そんなことをグレイに言うと「そういうことじゃないんじゃないのか」と言われました。

……もしかして、元の名前が気にっているのでしょうか? でもそれを知るよしはありません。

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