《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》弱った男ってかわいいですわ!

話は森の中に戻ります。

ロスの傷はますます酷かった。荷を暗い夜の森の遙か向こうに置いてきてしまったため、ろくな明かりもない。

しとしとと弱雨が降り始め、それがを冷たく濡らした。

暗い森の中では、なるべくかない方がいい。地形が分からないため落としや崖に出くわすことがあるからだ。それでもヴェロニカはロスを抱えて歩き、なんとか見つけた巖に寢かせた。巖窟とも呼べないわずかな隙間であったが、座れるだけの場所はあり、雨をしのげる。

ロスは目を閉じ苦しそうだった。傷口が熱を持っている。意識があるのかないのか、時折辛そうにうめく。

弾丸がのどこまで達しているか分からない。それが臓だったとしたら、彼はまず助からないだろう。

しかし太い管に當たっていないらしいと判斷する。脈であれば、もっとが噴き出すはずだからだ。鍛え上げられた鋼のようなが、即死を防いだのかもしれない。だが、彼の命の危機が去ったわけではなかった。

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手當てといえば、服を破いた布で傷口を縛り上げるだけだった。とにかく止をしなければと、ヴェロニカは迷わず自分の服を破いた。

「死ぬなんて許さないわよ」

彼がうめく度にそっと彼の汗を拭った。

ヴェロニカをそのして守ってくれた。そう思うと、たまらなくこの男が大切な存在であるとじた。

雨は降り続ける。

(神様……)

見ているのかも不明な神に、祈った。

(神様、どうか、彼を死なせないでください。孤獨で痛みを抱えたこの人を、こんな暗い森の中で死なせないでください……)

いつも神は一方的に試練を與え、そしてだんまりだ。ヴェロニカができることは何もない、ただ、祈る以外には。

ロスの手を握るとピクリといた。溫かいの通った、大きくて無骨な男の手だ。それにそっとキスをした。

「わたし、婚約者がいるのよ。アルベルトってかっこよくてすごく優しくて……。だけどおかしいわ。彼とは正反対なのに、わたし多分、あなたも好きよ」

好意を告白してみるが、ロスの顔から苦しさは去らない。呼吸も荒い。

「ねえ、あなたは何を考えているの? 何に苦しんでいるの?」

ロスの手を、自分の頬に當てた。そうしていると、無に悲しくなる。ロスの抱えるものを、ヴェロニカは一つも知らなかった。

「あなたの痛みを、全部わたしに注ぎ込んでもいいのよ? あなたが誰であっても、あなたに壊されるなら、わたしは構わないから」

そしてふふ、と笑った。

「このわたしにここまで言わせるなんて、やっぱりただ者じゃないわね」

ヴェロニカは、ゆっくりとロスの顔に近づけていき、そのれるようなキスをした。ロスの顔に、ヴェロニカの涙が落ちた。

――トモーロス。

それが彼の呼び名の由來なのだとしたら、彼はヴェロニカに本當のことを何一つ言っていないのだ。

神などという存在は信じていない。

だがもしいるなら、それはきっと人が思い描くようなものではありえない。

人に神は必要であるが、神に人は必要ではない。

そうであるはずだが、隣で死に行く男が言った。

――……もしおれが死んだら、心臓を神に捧げてくれ。

だから、そうした。

馬鹿げていると思えたが、そうせずにはいられなかった。

焦りがあった。

何に対してか、せねばならぬと。

取り出した男の心臓は溫かかった。

十字に切るとがあふれた。

を開かれた男は満足そうに死んだ。

夜の森は暗い。

神も、悪魔もいない。

ただ自分と自分以外の全てがあるだけだ。

命に意味はない。

そこにあるだけだ。

そして失ったとしてもやはりそれがなくなるだけだ。

死の神のは余りにも甘で、いとも簡単に骨抜きにされる。

アルテミス。

犬がいない。

俺の犬が。

俺の犬だった。

漆黒の闇の底には月明かりさえ屆かない。

ふいに、手の中に心臓が戻った。

さっき手放したはずのそれは今確かに脈打つ。

目の端に、何かが映る。

先ほどまでいた男の死はない。

だ。

代わりに、がいる。

にはが開いている。

心臓は、俺の手の中だ。

なまめかしくいている。

ちくしょう。

俺はこのを知っている。

なんだってんだ。

俺を睨み付ける。

強い瞳で。

堪らなく憎たらしい。

目の前から消し去ってやりたい。

どうしようもなく……。

生きろというのか。

生きろと。

くそ。

なすべきことが。

まだ。

――――ヴェロニカ。

朝になって、ロスの呼吸は落ち著いてきた。

ヴェロニカは一晩中より添い、彼の顔が良くなってきたことに安心した。そして彼が目を開けたときには、うれしさに涙が浮かんだ。

ロスの目がヴェロニカを捉え、それからかすれる聲で言った。

「夢を、見た、気がする」

何を言うかと思えば、死にかけていた狀況にそぐわず平和的な言葉にヴェロニカはまたほっとした。

「夢を見るなんていいご分だわ! わたしは眠れなかったんだもの!」

言いながら、自分が涙聲なのに気がついた。ロスも気がついただろうか。なら、もはや隠しても無意味だ。この男はヴェロニカにとって必要な人だった。

ヴェロニカはロスの首元に抱きついた。

「よかった……」

く方の手で、ロスはそっと抱き締め返す。普段と違い弱々しいその男に、ヴェロニカはいつになく優しい気持ちになった。

「もうし、眠っていたら?」

ロスは答える代わりに目を閉じた。その規則正しい呼吸音を聞きながら、そっと立ち上がる。片手には、銃を持った。撃たれたアルテミスのことが気がかりだったが、とにかく空腹だった。

(何か食べるを探さなきゃ)

ついに単、狩りに乗り出したのだ。

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